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15.弥生ちゃんの受難

 太一が図書室当番をさぼって、突然帰ってしまったことに一人でプリプリと怒っていると、図書室の扉がからりと開けられ、一人の女子が入って来た。


「月子ちゃん、こんにちは。お邪魔していいかな?」


「ああ、弥生ちゃん。いらっしゃい!」


 入って来たのは三元弥生ちゃんだ。

 彼女も太一に心を寄せる女子の一人。しかもウソ告とはいえ、かつて太一に告白したことがあり、しかも学校外で頻繁に一緒に遊びに行っているという、太一ハーレム軍団の中でも頭一つ抜け出す積極性がある一方で、太一の気持ちをはっきり聞くのが怖いという乙女な一面もある。


「じゃあ、ここ使わせてもらうわね」


 弥生ちゃんは、いつもの定位置である図書カウンターに近いテーブルに通学カバンを置いた。弥生ちゃんは、ここでヘッドフォンをしながら机に突っ伏して寝るのを習慣にしている。


 教室でもいつも机に突っ伏してるし、いったいどんだけ眠いんだ?というか、眠いなら家帰って寝ればいいじゃんか。


 弥生ちゃんはカバンからヘッドフォンを取り出しながら、ふいにわたしの方を見た。


「そういえば今日、太一くんは?図書室当番じゃなかった?」


「ああ、そうなんだよ。だけど、あいつ急に帰っちゃってさ~!!ホントにひどいよね」


「へぇ~、そうなんだ~。あっ、じゃあちょっと眠くなってきたし。今日は帰るね」


 そう言うと弥生ちゃんは取り出したヘッドフォンをカバンに戻した。


 おいっ!お前、さっきまでここで寝ようとしてただろうが!

 どうせまた寝たふりしながら、太一の様子を観察しようとしてただけだろ?

 乙女なところがかわいらしいな、おいっ!!


 心の中でそうツッコミながらも、いつものことだし、今さらわたしに誤魔化さなくていいのにと微笑ましく思っていると、弥生ちゃんがピタリと動きを止めた。


「そういえば、今日はどっちが太一を連れてったの?睦美ちゃん?それとも双葉ちゃん?」


「いや、それがどっちでもないんだよね。うづき先生に会ったって話をしたら急に帰るとか言い出してさ~」


 そうだ、せっかくだし弥生ちゃんに愚痴を聞いてもらおう、そう思った瞬間、弥生ちゃんが急に表情を強張らせたことに気づいた。


「うづき先生って、あれだよね。去年、1学期だけ担任だった……」


「そうだけど、うづき先生と何かあったの?そういえば太一もそんな顔してたし……」


「うん……あれは去年の夏休みのことなんだけどね……」


◇◇


「ちょっと~、もしかして学校の水泳パンツで海行くつもりだったの?信じらんな~い」


「ごめん……海に行くなんて小学生の頃以来だからさ……」


「しょうがないな~。じゃあ、あたしが選んであげるよ。あっ、後であたしの水着も選ぶの付き合ってよね!」


 高校1年生の夏休み、あたしは、例のごとく、友だちと一緒に海に行くのに付き合って欲しいとお願いして、太一くんから海に行く約束を取り付けた。


 それでこの日は、水着を買うためという口実で、イオンでの買い物に付き合ってもらっているわけである。


「これ、どうかな~」


「まあまあ」


「まあまあって何よ!この弥生ちゃんが夏に向けて仕上げたボディを最初に見られた感想がそれなの~?」


「その努力は尊敬に値するけど、それ込みでまあまあ」


「もう~っ!!」


 試着室の前で水着姿を披露して、いちゃつくカップル。太一くんとこういうことするの、ずっと夢だった……。この時のあたしは浮かれていた。


 だけど、そんなあたしの浮かれた気分は、あっという間に暗転した。


「ちょっと、太一くん!!こんなところで何をしてるの?」


 突然向けられた冷や水を浴びせかけるような声に振り返ると、そこには、うづき先生が立っていた。


「えっ……?どうして?ここに?」


 太一くんが目を見開いている。


「他校の、しかも、そんな、いかにも遊んでそうな女の子と二人でお買い物デート?そんなことしてていいと思ってるの?」


 うづき先生が責めるような口調で太一くんに詰め寄っている。なんでそんなに怒ってるの?ここ別に盛り場とかじゃないし。イオンだし、普通に水着買ってるだけじゃん。


 あれかな?あたしがこんなギャルメイクとかしてるせいで誤解されてるのかな?


「先生、あたしです。あたしがお願いして買い物に付き合ってもらってるだけなんです」


 先生は、まじまじとあたしの顔を見つめた後、「えっ?もしかして三元弥生さん?」とつぶやいた。


「そうなんです。誤解させてしまってすみません。太一くんは別に変な人と遊んでるわけじゃありません」


 これで誤解が解けて、いつもの優しい先生に戻ってくれる……そう思っていたのもつかの間、先生は眉間に皺を寄せ、厳しい表情を崩さなかった。


「……太一くん、行きましょう!」


 先生は有無を言わさず太一くんの腕を引っ張った。太一くんは戸惑ったような、申し訳なさそうな顔をあたしの方へ向けて来たけど、そのまま先生に付いて行った。


 あたしは呆然と立ち尽くして、その後姿を見送るしかなかった……。


◇◇


「それで……その後、友だちと海に行く話も中止になっちゃってね。先生がうちの親とかに厳しいクレームを入れたらしくて……。うちの親も最初は『高校生が海に遊びに行くくらいいいじゃないですか』って反論してくれたらしいんだけど、先生は聞く耳を持ってくれなくて、毎日のようにヒステリックな電話がかかってきて、それで……」


 弥生ちゃんの表情はひどく真剣だ。とても嘘を言っているようには思えない。


 だけど、あのうづき先生が?あの朗らかで優しくて、いつも親切だったうづき先生がそんなことをする?


 わたしはまだ信じられない気持ちだったけど、唐突に、昨日のうづき先生の鋭い視線を思い出した。


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