14.先生との思い出
「それでは新学年になってから最初の図書委員会を始めます」
始業式の翌日の放課後、図書委員会の会合に出席しながらも、わたしはうわのそらだった。
昨日会ったうづき先生、どこかおかしかった。わたしが知ってるうづき先生は、いつも朗らかで、優しくて、それでいて頼りになる素敵なお姉さんみたいに思ってた。
昨日のうづき先生も同じように優しく微笑んでいた。だけど前とは雰囲気がちょっと違う。時折見せる鋭い視線。あんな怖そうな顔をする人だっただろうか……。
「遠峯さん!聞いてましたか?」
議長席から、委員長の川浦先輩が眼鏡越しにわたしを睨みつけている。
「す、すみません。考えごとをしてました……」
「そんなんじゃ困りますよ!!昨年、委員がたくさん辞めてしまったせいで、このままでは図書委員会の仕事も立ち行かなくなるという話をしていました!」
「すみません…‥‥」
川浦先輩は、赤い眼鏡におさげという、昭和時代の女学生みたいな見た目だ。
だけど、そんな可愛らしい見た目に反して、性格は獰猛。特に仕事ができない人への態度が厳しい。はっきり言って、図書委員の数が減っちゃったのは、川浦先輩のパワハラのせいだと思う。
「そういえば、今日は太一くんがいませんが、どうしたんですか?」
「さぁ~?」
「遠峯さんは同じクラスですよね?ちゃんと責任もって委員会に連れてきてください!そんなんじゃ困りますよ!!」
「はい。すみません」
あ~あ、怒られちゃった……。しかも太一の件は、わたし関係なくない?釈然としないけど、言い返すと火に油を注ぎそうだ。ここはじっと頭を下げて耐えよう。
そういえば川浦先輩には去年もよく怒られたな。もっとも近くに避雷針がいたから、今ほどではなかったけど……。
◇
「ふぃ~っ、やっと終わったぜ~。それにしても川浦先輩、今日も機嫌悪かったな~」
図書委員会の会合が終わり、わたしはのびをしながら川浦先輩からの圧で凝り固まった体をほぐしつつ、図書室当番のため一人図書室へ残った。
すると、わたしが一人になったのを狙いすましたかのように図書室の扉が開いた。
「あっ、月子ちゃんだけ?もう図書委員会終わっちゃった?」
のんきな顔してやって来たのは太一だ。口元に微笑みまで浮かべて、なんか憎らしい。
「当たり前でしょ?というか、遅すぎない?」
「陸上部の練習があったからさ」
わたしが不機嫌な口調で責めたのに、太一は意に介さず、ごめんごめんと手で手刀を切りながら、図書カウンターに入って来た。
「去年は、陸上部の練習なんか全然出てなかったじゃん」
「いや、今年は事情があってさ……」
「どうだか。どうせ川浦先輩が怖くて会いたくないから委員会に来なかっただけでしょ?」
ジトっとした目で睨むと、太一は「へへへっ……」と照れたように笑って頭をかいた。やっぱり図星だったか。
去年1年生だったわたしたちの学年で、川浦先輩に最も目を付けられ、集中攻撃されていたのが、太一だ。 太一は、不器用だからか、図書委員の仕事を覚えるのが遅く、1年生の最初の頃は必ずなにかしらのミスをした。
特に、本にカバーフィルムを掛けるのが大の苦手で、川浦先輩から、仕事が雑だの、資源の無駄遣いだの、まったく使えないだの、さんざんな言われようだった。太一も、川浦先輩のパワハラは耐えがたかったようで、涙をこぼしている様子すら見たことある。
そういえば、涙ぐむ太一に対して、うづき先生が優しくカバーフィルムの掛け方を教えていたような気がする。その甲斐あって、太一も、今ではちゃんとひと通りの仕事ができるようになったんだけど。
そうか、うづき先生は二学期には学校を辞めちゃったから、あの情けない頃の太一しか知らないのか。だったら太一を心配する気持ちもわかる……。
「そういえばさ。昨日懐かしい人に会ったんだ」
「えっ誰?」
「うづき先生」
わたしがそう言った瞬間、太一の顔がみるみる青くなった。しかも目を大きく見開き、口も開けて……。
「どうしたのその顔芸。おっかし~。ムンクの叫びみたいになってるじゃん!!」
「いや、そんなことよりも、うづき先生とどこで会ったの?」
「どこって、青山駅の前よ。ここから二駅ぐらい行った。あっ、そうだ。あそこにキリン書店っていう掘り出し物がある古書店があるんだけど、もしよかったら……」
「そんなのとんでもない!!」
太一が焦ったような口調でわたしの話を遮った。そんなにわたしと出かけるのがいやなのか?
「あっ、いやそうじゃないんだ……」
少しムッとしたら、それに気づいたのか太一は慌てて手を振った。
「じゃあ、どうして青山駅にそんな過剰反応するの?」
「いや、青山駅じゃなくて、うづき先生の方で……いや、うん。なんでもない。大丈夫」
ただ、太一くんは、そわそわと落ち着きがなくなり、顎に手を当てながら図書室の中をせわしなく行ったり来たりし始めた。全然なんでもないという様子じゃない。
「ごめん。今日、もう帰っていいかな?」
「え~っ?またわたしが一人で図書室当番?双葉ちゃんと睦美ちゃんにはちゃんと話して、これからはちゃんと当番やるって言ったでしょ?」
「ごめん。今度必ず埋め合わせするから。今日は早く帰らせて欲しい。先生が姿を現したとなると、父さんに相談しないと……」
わたしの抗議の声に構わず、太一は態度だけは慇懃にペコペコと頭を下げて、転げるように図書室から出て行った。
なんなんだ、いったい?もう!!
だけど、うづき先生の話をした時の太一のあの顔。とても恩師の話を聞いた時の顔じゃなかった。
どういうことだ?




