13.吉野うづきが知りたいこと
「月子ちゃん、何でも頼んでいいよ」
「じゃあ、コーヒーをお願いします!!ブラックで」
駅前で声を掛けてきた方は1年生の1学期だけ担任だった吉野うづき先生。
懐かしさのあまり飛びつくようにして話し掛けると、立ち話もなんなので、ということで、駅前のレトロな喫茶店に誘われた。
その喫茶店では、静かにクラシック音楽が流れ、端の方の席では老紳士が文庫本を読みふけっている。高校生のわたしが一人で入るには場違いだけど、文学少女として、こういう落ち着いた雰囲気のカフェで、ブラックコーヒーを飲みながら読書する姿には憧れる。
さすがうづき先生!!
「ねえ、月子ちゃん。最近、学校の様子はどう?」
落ち着きなくキョロキョロとあたりを見回すわたしとは対照的に、うづき先生は慣れた様子で、コーヒーカップを静かに受け皿に戻した。
「はい。今日から始業式でした。クラスはもちろん同じメンバーで……あっ、そうだ。美奈のこと覚えてます?1年のときクラス委員だった武藤美奈。彼女、リーダーシップが凄くて、文化祭も体育祭もぐいぐい引っ張ってくれて。それで2年でもクラス委員に選ばれたんです。本人は気が進まなかったみたいですけど、わたしたちとしては、もう美奈以外には考えられないって感じで……」
「そうなんだ。男子の方はどうなの?」
うづき先生が目を細めながらコーヒーカップに口を付けた。美奈ちゃんが頑張ってる話、もうちょっとしたかったけどな。だけど、先生としては、女子だけじゃなくて男子の話も聞きたいよね。
「男子のクラス委員は、田辺くんです。ハンドボール部の。1年の時は目立たなかったんですけど、自分を変えたい~とか言って立候補して、それで……」
「ふ~ん、それで図書委員は誰なの?」
「……えっと」
また話を遮られちゃった。そうか。先生は図書委員会の顧問だったし、図書委員の活動も気になるよね。
「わたしは図書委員を続けてるんですけど、川浦先輩って覚えてます?今年3年生の女子で赤い眼鏡掛けてる方で、すごく頼りがいのある。でも、川浦先輩が委員長になってから厳し過ぎて、去年は委員が減っちゃったんです。だから今年は勧誘頑張らないとってみんなで話してて。そういえば、うちの中学の後輩で有望な子がいるんで声を掛けようかと……」
「同じクラスの彼は図書委員続けてるの?」
ぴしゃりとわたしの話を遮るような口調だった。しかも目を細めて微笑んでるけど、さっきより眼光が鋭くなった気がする。いや、気のせいかな?
「あっ、はい。続けてます。えっと……杉山太一くんですよね……」
「ああ、気にしないで。ほら、太一くんって、ちょっとおっとりしてるところがあるじゃない?だけど陸上部にも所属してるし、家庭の方も色々大変だから、大丈夫かなって心配してて……」
「ちゃんと図書委員は続けてくれてますよ。あっ、そうだ、心配するほどのことではないですけど……」
「なにかしら?彼に何かあったの?」
うづき先生はコーヒーカップを受け皿に置き、両手で頬杖をつきながら身を乗り出した。
「杉山くんに何かあったというか、わたしが困ってる話なんですけど、実は……」
わたしは、今年の一月以来、杉山くんが図書室当番の時、いつも双葉ちゃんや睦美ちゃんに連れ出されてしまう話をした。
「……それで、その後はわたしが一人で図書室当番をやらなきゃいけなくなって。まあ、杉山くんから二人に話して、改善するとは言ってくれてるんですけど……」
「その双葉ちゃんって子、知らないわ」
うづき先生はまた、わたしの話を遮るようにして、ぐいっと身を乗り出した。
「去年の12月に転校して来た子です。なかなか友だちができなかったので、杉山くんと仲良くなったみたいで」
「そうなのね。それに睦美ちゃんが太一くんの幼馴染みなんて初めて聞いたわよ」
「ああ、それはわたしもびっくりしてて、なんか家がお向かいらしいですよ」
「へぇ~、そうなんだ~」
「……」
圧を感じて言葉に詰まってしまった。わたしをじっと見つめる瞳がなぜか恐ろしく感じた。まるで小さな頃、いたずらをしてお母さんに問い詰められた時のような感じがする。
「それで、他にはいないの?」
「えっ?えっと……?」
「太一くんにちょっかい出す女は他にはいないのって聞いてるの!」
さっきよりも少し大きな声だった。喫茶店の隅の老紳士が少し驚いたような顔でこっちを見ている。
「あっ、えっと……別に……」
迷ったけど、弥生ちゃんのことは黙っておくことにした。なにか言ってはいけないことのような気がする。
うづき先生は数秒間、じっとわたしを見つめた後。また目を細めてニッコリと微笑んだ。
「ありがとう。よくわかったわ」
ほっとして緊張が緩んだ。というか、わたし、緊張してたんだ。そう思いながらすっかり冷めてしまったコーヒーに手を伸ばした。
「ねえ、月子ちゃん、連絡先交換しない?また色々とクラスのことを聞かせて欲しいし」
「はい。わかりました」
カバンからスマホを取り出し連絡先を交換すると、うづき先生はにっこりと微笑んだ。
「今度は、あの子の話も聞かせてくれる?三元弥生ちゃんの話……」
どうしてそれを?驚いてうづき先生の顔を見つめると、笑っているのは口元だけで、その目はまったく笑っていなかった。




