12.いなくなった先生
4月。新学期が始まり、わたしたちは高校2年生になった。
「2年生になったって言っても、ほとんどメンツが変わんないね」
「せやね~。うちの高校はクラス替えないからね~」
クラス替えがないからクラスメートも同じメンバー。親友の武藤美奈と九条良子とも引き続き同じクラス。
今年は新しい出会いがあるのかな?って期待感がないのは少し残念だけど、1年生の時と同じように、二人とこうやって休み時間におしゃべりできるのは嬉しい。
「去年とまったく同じじゃないよ。1人編入してきてるし」
「あ~。そうだよね。また双葉ちゃんのときみたいにクラスに波乱が起きなきゃいいんだけど……」
美奈ちゃんがため息をついた。実は2年生になるタイミングで、一人だけ新しい女子が増えたのだ。体育クラスから編入してきた七瀬樹里ちゃん。これまで部活に力を入れていたけど、怪我をきっかけに進学に方針転換したらしい。
急に編入することになって、ちゃんとクラスに溶け込めるのかな?
このクラスでの女子の単独行動は、若い女が真夜中のスラム街をタンクトップで歩くくらい危険だよ。なにせこのクラスには悪いやつがいるからね……。
心配になって彼女を探してみたけど、どこにもいない。代わりに当の悪いやつ、太一の姿が目に入った。
右手に双葉ちゃん、左手に睦美ちゃんと二人に挟まれ、しかも同時に話し掛けられている。どういうマジックを使っているのかわからないが、太一は、二人それぞれにちゃんと応対して、まるで同時通訳みたいに、それぞれと会話してるように見えるのがすごい。
「彼も相変わらずやね~。今日も美女を両脇に侍らせはって……」
良子ちゃんが頬に手を当て、おっとりした様子で嘆息した。
いや、違う。太一が侍らせているのは二人じゃない。その奥でヘッドフォンをしながら机に突っ伏している弥生ちゃん。彼女は寝たふりをしながら、さっきからじっと太一の一挙手一投足を窺っているはずだ。
つまり、あそこで繰り広げられているのは、双葉ちゃんと睦美ちゃんの一対一の争いではない。弥生ちゃんも含めた三すくみ状態なのだ。まさか、この平和な高校の教室で太一を巡る三国志が繰り広げられるとは……。怖い怖い……。
「そういえば、クラス替えがないのはいいけどさ、担任の先生くらいは替えて欲しいよね」
美奈ちゃんが話題を変えてくれた。太一の話に深入りするのは危険だから好都合だ。わたしはすかさずそれに乗っかる。
「ああ、あの先生だもんね」
わたしたち1組のクラス担任は、白髪でよぼよぼの定年間際のおじいちゃん先生。いつも物静かでHRの時ですら、たまに壁と同化するくらい存在感がない。
「せめて、うづき先生やったらよかったんやけどな~」
良子ちゃんの言葉に、美奈ちゃんとわたしがうなずく。
実は1年生の時の担任は、最初はあのおじいちゃん先生ではなく、吉野うづき先生いう若い、20代半ばくらいの女性の先生だった。
見た目はいかにも真面目そうだったけど、気さくで朗らかな性格でクラスのみんなから親しまれていた。 しかも図書委員会の顧問をしていた縁で、わたしは特にかわいがってもらった記憶がある。本のことならなんでも知ってて、しかも優しく教えてくれて、憧れてたな。
「うづき先生、なんで急に辞めはったんやろ?」
「さあ……プライベートな理由だったはずだけど。急に結婚することになったとか、そんな感じじゃなかった?」
うづき先生が学校を辞めたのは、1年生の二学期の始め。正確には、二学期の始業式の日に、おじいちゃん先生から、うづき先生が学校を辞めたので担任が替わると説明されたので、おそらく夏休み中に退職したのだろう。
学年の途中、しかも挨拶も無しに唐突に学校を辞めたので、この時は少しばかりクラスの中がざわついた。
だけど、ほどなくして、「そういえば、うづき先生ってずっと左手の薬指に指輪してなかった?」「それって婚約指輪じゃん」「じゃあ、結婚退職?」「あるかも。旦那さんが急に海外転勤が決まったとか」「え~っ、憧れるな~」なんて話がクラスで出て、みんなそれで納得し、自然とうづき先生の退職を受け入れていった。
◇◇
この日は始業式だけだから学校も早く終わった。しかも図書委員の活動は明日から。こういう早く帰れる時に早く帰っておこうっと。また変なことに巻き込まれるかもしれないしね。
そう思って終業と同時にダッシュで校門を出て駅へ向かった。そうだ。せっかく時間があるんだし、今日はキリン書店に行こっと!!
そう思い、わたしは電車を途中下車して、馴染みの古書店へ向かった。キリン書店に行けば、いつも意外な掘り出し物が見つかるのだ。楽しみだな~。
そう思いスキップしながら改札を出るや否や、わたしは後ろから声を掛けられた。
「もしかして、遠峯月子さん?」
振り返るとそこには、さっき美奈たちと噂をしていたうづき先生が、柔和に微笑みながら立っていた。




