11.杉山太一の勘違い
3月も終わりに近づいた。今日も今日とて図書室当番である。
弥生ちゃんに、杉山くんがどう思ってるか聞くって約束しちゃったけど、なかなか二人で話せる機会がなかった。明日は終業式だし、今日の図書室当番が最後のチャンスだ!!
幸いなことに、今日の図書室には図書委員である杉山くんとわたし以外誰もいない。いつも図書室の机で突っ伏している常連客の弥生ちゃんも、あらかじめ杉山くんから話を聞くと決意を伝えておいたからか、今日は来ていないようだ。
「いや~、高校一年生も明日で終わりか~。月日が経つのは早いな~」
わたしや弥生ちゃんの内心を知ってか知らずか、カウンターに座った杉山くんは、おじいちゃんみたいにのんきなことを言いながら返却された本を整理している。
「そういえば、今日は双葉ちゃんと睦美ちゃんとの約束は大丈夫なの?」
まずはジャブ!弥生ちゃんのことを大事に思ってるなら、この二人に気持ちが移っていることもないはず。そこから確認しよう!
「ああ、ごめんね。最近、早上がりが続いて遠峯さんに迷惑かけたよね。それで二人にしっかり話して、図書室当番の日は遠慮してもらうことになったんだ」
「ああ、そうなんだ……って、明日終業式だから、図書室当番は今日が最後なんだけど!さすがに今さら過ぎじゃない?」
「ごめんごめん。そうだよね。じゃあ今日は僕が一人でやっておくから、遠峯さんは早く帰っても大丈夫だよ」
そうかラッキ~!それならお言葉に甘えて……と帰りかけたところで思い出した。今日は弥生ちゃんの話を聞かなきゃいけないんだった。
わたしは涙を飲んで杉山くんの申出を固辞して図書室に残ることにした。
「……ところで、あの二人とはどうするの?もうどっちと付き合うか決めた?」
その時、ギシッと本棚がきしむ音がした。
地震かな?だけど激しく揺れてる感じはしないし、まあ大丈夫だろう。
「付き合うもの何も、あの二人が僕のことを好きなんてあり得ないって。前も言ったじゃん」
杉山くんは相変わらずのポーカーフェイス。口元だけ少し微笑んでるけど、これはいつもの表情。そこから彼の真意は見えない。
「そうかな~?杉山くんが態度をはっきりしたら、どっちでもいけると思うけど……ねえ、もし仮に、あの二人のうち、どっちかを選ぶんだったらどっちを選ぶ?」
杉山くんが少し目を見開く。ちょっと踏み込み過ぎたかな?だけどなかなか本心を見せない杉山くんの真意を知るには、ノンデリのふりしてどんどん踏み込んでいくしかない。
「いや、それはあの二人に失礼だって!僕なんかがあの二人に釣り合うわけないし、考えたこともないよ」
杉山くんの口調はきっぱりとしていて、何の動揺も見られなかった。表情も崩さず、作業の手すら止めない。
なるほど、これくらいの揺さぶりじゃ杉山くんの心のウォールマリアは揺るぎもしないってわけね。じゃあもう少し踏み込んでやろう。
「じゃあさ、他に好きな子がいるとか?」
杉山くんの作業の手がぴたりと止まった。
「べ、別に……そんなことは……」
少し瞳が揺れている。おっ?もしかして効いてるのか?
「あのさ~、わたし見ちゃったんだよね~。先々週の日曜日に、イオンで……」
ここが攻めどころだ。弥生ちゃんのことをぶっこんでやろう。また本棚がギシギシと音を立て始めたけど、地震なんかに構ってる余裕はない。
「ふ、ふ~ん……」
杉山くんの表情は動かない。だけど、これは平静を装っているだけだ。だって手元ではさっきから同じ本をせわしなくいじくり回して、全然作業が進んでないもん。効いてる効いてる……。
「しかも女の子と一緒だったでしょ。あれ、三元弥生ちゃんだよね?」
どうだ~?言うたったぞ~!そんな風にどやって、杉山くんの方を見ると、彼は微動だにせず、ただ慌ただしく視線を惑わせていた。
おっ?双葉ちゃんや睦美ちゃんの話をしても、まったく動じなかったのに弥生ちゃんの話の時だけこの反応。これは有望かもしれないぞ!
「知らなかった~。学校の外で、弥生ちゃんと二人で会ってるんだ~」
「弥生、メイクとかで学校にいる時とは顔が全然違ったでしょ?すごいよね。よくわかったね。やっぱりおしゃれな子は違うよね~。感心しちゃう。」
「話を逸らさないで!なんで二人で会ってたのかって聞いてるの。学校の外で男女で二人で会うなんて普通ないよね?どうして二人で会ってたの?」
ニマニマと笑いながら杉山くんの目を覗き込む。彼はわたしの厳しい追及にさっと目を逸らした。
「弥生は、同じ中学校だったし……それでたまに一緒に遊びに行くだけで……別に……」
「え~っ?同じ中学だからって、何とも思ってない子と二人きりで一緒に出かけないよね~。わたしはそんなこと一度もないな~」
もう完全に杉山くんは顔を逸らし、作業の手も止まってしまっている。ここが攻めどころ。逃すかっ!
「もしかして、付き合ってるとか?」
「…………」
そのまま黙り込んでしまった。静かな図書室には時計がコチコチと鳴る音と、たまに本棚がギシっときしむ音だけが響く。しまった気を悪くしたかな?
「……弥生には、中2の夏休み前に、急に校舎裏に呼び出されたんだ……」
そろそろ沈黙に耐えがたくなった頃、杉山くんが、ぽつりと話し始めた。
こ、これはこの間、弥生ちゃんから聞いた告白の馴れ初めと同じ話!いよいよ観念して弥生ちゃんとの交際を認めるのか!?
「あっ、いやつまんない話だよ」
「そのシチュエーションでつまんないことあるか!いいから続けて!」
「ああ、うん……その時に、弥生から付き合って欲しいって言われたんだ」
「うおぉ~!!」
とうとう認めた~!あの堅固な杉山くんの心の壁を
陥落させた興奮のあまり、雄たけびを上げてしまった。わたしの興奮が伝わったのか床や天井、本棚もギシギシときしむ。
「えっ?大丈夫?」
急にガッツポーズをして立ち上がった、わたしを杉山くんが心配そうな目で見上げて来る。
「ああ、うん。気にしないで続けて。じゃあそれからずっと弥生ちゃんと付き合ってるんだ?えっ?知らなかった~」
「いや、ずっとっていうか……この時は夏休みに弥生の友達とキャンプに行くのに付き合うって話だったんだよね……」
「ほう……」
初手のデートから泊まりのキャンプとは、なかなかやるじゃないか弥生ちゃん。
「たぶん男手が足りなかったから誘われたんだと思うんだ。それで役に立つって思われたのか、その後も弥生から何度も誘われて、友だちとのカラオケとか、スポッチャとか、プールとかに付き合うことになって……」
「ほうほう……」
なるほど、いかにも青春って感じのデートじゃないか。うらやましい!!
「そのうち、友だちとか関係なく、弥生と二人での買い物とか、映画とかに誘われるようになって、それにも付き合うようになって……」
「ほうほうほう……?」
なんだろう。さっきまで弥生ちゃんに告白されて恋人として付き合い始めたって話をしていたはず。だけど、なんか少しずつ話が食い違ってるような……。
「いずれにしても、弥生ちゃんのことが好きだから付き合ってるってことで間違いないんだよね?」
「うん?まあ……どうなんだろう?色んなとこに誘われて付き合うのは、別に嫌いじゃないけど……」
杉山くんの戸惑った顔と歯切れの悪い回答。不穏な感じがする。
そういえば弥生ちゃん、杉山くんが全然愛情表現をしてくれないって言ってた。しかも弥生ちゃんから誘うばっかりで、杉山くんから何かに誘ってくることもないって……まさか?
わたし頭の中ですべてがつながった!
「杉山くん、もしかして弥生ちゃんから付き合って欲しいって言われたのって、遊びとか買い物とかに付き合って欲しいって意味で、別に男女として……むごっ!!」
杉山くんに、わたしが辿り着いた疑問への答えをぶつけようとしたところで、急に背後から口と目を塞がれた。
「ごめんね!太一くん、ちょっと月子ちゃんを借りてくね」
「弥生?いたんだ!いるんだったら教えてよ。知らずに弥生との話しちゃったよ」
「ごめんごめん。あっ、あたしのことは気にしないで。じゃ、月子ちゃん、行こっか?太一くん、また遊びに付き合ってね。じゃあね~」
「むごご~っ!!」
わたしの抗議の声に耳を貸さず、弥生ちゃんは、わたしをずるずると引きずっていった。
「もういいよ。はっきり聞いて今の関係が壊れるくらいなら、あたしはこのままのあいまいな関係でいい。これで十分。だからこれ以上はっきりさせないで……」
目と口を塞がれたまま連れ去られるわたしの耳に届いた言葉は、少し涙声だった。




