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5 試合の顛末、思い至らない考え

 リフ・ボールが一般的な球技と異なる点はいくつもあるが、最たるものは「対戦相手にボールをぶつけて得点する」ことだろう。


 ボールの重量はさほどではないので、防具をつけてさえいれば当たったところで大ケガするようなことは滅多に起こらない。それでも《反発盾》によって強力に跳ね返されたボールの速度は、当たった対象にかなりの衝撃を及ぼす。


 普通の《障壁》で受けた場合はボールの反発力のみで跳ね返るのだが、《障壁》の強度が足りないと跳ね返らずに《障壁》が破壊される。いくらか勢いは殺されるものの、下手に“受け損なう”とボールは抜けて来るのだ。

 すなわち──


 ──パキャンッ

 ──バツッ


「っとぉ」


 少々加減して生成した《障壁》は抜かれたものの、続けてかざしたラケットでディシトールによる《反発盾》の多角打ちによる打ち込みをいったん上空へ逸らし、ペナンジール短く息を吐いた。


「あの厚みだと抜かれるか。あんま節約できねーな、こりゃ」


 ほぼ真上へ逸らしたボールはペナンジールの自陣、やや後方寄りに落ちてきた。対戦相手を視界に納めながら落下点に入ると、ペナンジールは一度ラケットでトラップしつつ、フォアハンドでディシトール側へ打ち込む。


 打ち込まれたボールはまっすぐディシトールの顔めがけて飛ぶ。しかしディシトールは慌てずに複数の《障壁》を生成してそれを受ける。


 ──ココンッ!


 跳ね返ったボールは、鋭い角度をつけてセンターラインを越え、ペナンジールのテリトリーの外へ飛び出して行こうとする。

 瞬間──


 ──コォンッ。


 ペナンジールの陣のサイドラインを割る直前で、ボールは《障壁》に阻まれ、エリア内に落ちた。


 リフ・ボールは模擬戦闘から生まれた競技である。

 自身の身体に被弾しないようにすることはもちろんだが、“自分の受け持ちエリア”から、ボールを“他の味方の領域”──すなわち、左右や背後に逸らしてしまっても失点となってしまう。敵からの攻撃を味方に及ぼすことなかれ、ということだ。


 ディシトールの今の返球軌道は、明らかにサイドアウト──初めから対戦相手ではなく領域外へボールを出すことを狙ったものであったが、ペナンジールはギリギリで《障壁》を差し込むことに成功した。


「せこいことするなぁ」

「これも戦術だよ」


 まったく悪びれた風もなくうそぶくディシトール。それに対し、ペナンジールは文句の言葉はあれども“戦術”への理解もあるため、大して非難しているようでもなかった。


 草地の上に転がるボールを拾い上げ、ちらりとタイムキーパーのクイハネルラが、得点盤の小さな砂時計をひっくり返しているのを確認する。


「拾ったからには、さくさく行かねーと──なっ、と!」


 再び、ラケットでボールを打ち、ディシトールを狙うペナンジール。


 ボールが自陣に落ちたこと自体にはペナルティは無いが、一定時間内に試合を再開しないと失点となるので、あまり間を取ることはできない。遅滞による失点は累積するため、あまりぐずぐずしていると、エリア・アウト以上の失点となってしまう。


 気が急いていた、という訳ではなかろうが、打ち込んだボールは外連味(けれんみ)もなく、素直な軌跡でディシトールの顔面へ向かう。


「見え見えッ!」


 顔面に迫りくるボールに臆することもなく、再度ディシトールは複数の《障壁》を出して受け、軌道を変え、今度は先ほどとは逆側のサイド・アウトを狙う。


 さすがに今度は読んでいたのか、ペナンジールも危なげなく《障壁》でボールの進路を遮り、自分の立っている場所に山なりに跳ね返って来させる。


 そしてまた、ラケットによる打ち込み。

 またしても、対戦相手の顔面めがけて。


 何度目かの強襲弾に、ディシトールはわずかに目を細め、ペナンジールの位置を確かめる。


 今度も複数の《障壁》を経由して、ペナンジールの陣の外を狙うか──と見せて、最後の一打に《反発盾》を用い、今度はペナンジール自身に向けて打ち返す。


 低く鋭い足狙いだ。


 左右に返球を振って意識を散らしたところに織り交ぜた逆襲の速球。だが、ボールは「コォンッ」という衝突音を響かせて上空へと舞った。


「やるね」


 ディシトールはにやりと笑って対戦者を賞賛する。

 《障壁》に当たったとき特有の甲高い衝突音が、足狙いで放たれたボールをペナンジールが防いでみせたことを示していた。


 かなりの速度が出ていたボールは上空高くまで昇り、緊迫した打ち合いの中に束の間の空隙を生む。


 誰もがボールの行方を追って見上げる中、ペナンジールはちらちらと上空のボールと対戦相手の様子を交互に観察していた。


「ふむ」


 タイミングを計るように軽くステップを踏み、オーバーハンドの素振りをしたところで、上空のボールはようやく上昇頂点に達して落下を始める。


 かなりの高さから落ちてくるボールを、その加速度も利用して打ち込みに利用すれば、さらなる速度の攻撃に転用できるだろう。


 警戒したディシトールは数歩下がって身構えたが、ペナンジールはボールをそのまま地面に落とした。草地に落ちたボールはほとんど弾むことなくペナンジールの陣内に留まった。


 予想した反撃が来なかったため、拍子抜けしたディシトールはわずかに力を抜いたが、ペナンジールがボールを拾い上げて打撃体制に入ったのを見て、改めて身構える。


 ペナンジールは何度目かになる打球を打ち放った。


 今度も、顔面狙いだった。


          ◇


「なんか、さっきから似たような流ればっかりなんだけど……」


 試合が始まってしばらく経ったところで、ミーネハルマは誰にともなく呟いた。


「ペナンは頭部狙いばっかりで、代表選手くんがそれを受けて、即座に打ち返していろいろ仕掛けて……」

「だけど、それをペナンが止めて、それからまたアタマ狙いで打って……」

「まだ、どっちも得点無いよね……?」


 じれったい展開に、女子組の三人は訝しげに囁き交わす。先刻、ツァイコンタスと猛烈なラリーを繰り広げていた時とのペナンジールの動きの違いに、違和感を覚えているようだった。


「さっきあれだけ打ち合いしてたから、もうあんまり魔力残ってないのかな?」

「必ずラケット使って打ち込んでるもんね。そうかも」

「……それもそうだけど、ねぇ、ラジー」


 女の子たちの考察に、アルファラウルは親しい友人に話を振った。


「なんか、ペナン、一度も即返(ダイレクトリターン)しないよね。必ずトラップを挟んでる」

「あ、確かに」

「言われてみれば……」


 同意の声を上げる女の子たちに対し、シルラジネルはむっつりと黙って友人の戦いぶりを見守っている。


「そのせいで、すごく単調な攻めになってるけど、なのにラケット打ちで頭部狙い一辺倒って、無理筋だよね?」

「わかりやす過ぎだからな」

「わざと、かな?」

「アイツがそこまで考えるか……?」


 シルラジネルの疑問の声に、女の子三人は「ないない」と首を振った。アルファラウルは苦笑気味だ。


「でも、このまま、ってことはないよね?」

「まぁ、なんか無茶なことやらかすだろうな……結果的に相手の意表を突く形になるんだろうけど、別に戦術とかじゃないな」

「いつもの、“なんとなく”だね」

「天才とバカは似たもの同士、ってやつね」

「あー、ネルラちゃんとも意外と会話のテンポが噛みあうんだよね。ボケとツッコミとか」

「グロウ・エルフじゃないんだから……」


 キーオマーヤの寸評に、シルラジネルは疲れたようにため息をついた。なお、グロウ・エルフの会話文化の傾向に関して、シルラジネルは話に聞いたことがあるだけである。実際に見たり会ったりしたことはない。


 そんなやりとりを笑って聞いていたアルファラウルが、面白そうな顔を崩さずにシルラジネルに囁いた。


「さっき試合を言い出したとき、ペナン、珍しい真顔だったね」

「…………」

「何か思うところがあった感じかな?」

「別に……どうでも……いいだろ」

「どうでもよくはなかったんでしょ。ペナンは」


 試合場では、複雑な多角打ちで裏をかこうとするディシトールの攻撃を、ペナンジールはまたも撃墜して仕切り直す。


 そしてまた、打つ。

 淡々と、相手の目の前へ。


「ラケット打ちにこだわるのも、そのへんが理由かな」

「どうせそれも“なんとなく”だろ」

「まぁ、訊けばそう答えるだろね」


 アルファラウルは答えて笑った。


「そろそろ何かやるんじゃない? たぶん本人も飽きてくる頃だろうし」

「違いないな」


 友人たちが好き勝手なことを言っているのも知らず、だが確かに、ペナンジールは次の段階を始めようとしていた。


          ◇


(なんなんだコレ………)


 ディシトールは先ほどから同じ展開が続くこの試合展開に、苛立ちにも似た気持ち悪さを感じていた。


 都市の代表選手であるという自負もあり、どんな対戦相手とも互角以上に打ち合える自信があった。だが今は、打ち込むボールは全て対応され、それなのに対戦相手は単調な攻撃しかしてこない。


 それはまるで──


(練習台にされてるみたいな……ていうかむしろ、“練習相手になってやってる”みたいな……!?)


 どうにも相手から本気さが感じられない。本当なら、必死になって打ち合いをしているはずの対戦相手から──

 あたかも格下の相手をあしらっている、とでもいうように。


(──舐めてんのか!?)


 頭に血が上りそうになるのを、しかし努めて抑えて、相手の余裕を崩そうと様々に打ち方を変えて攻め立てる。

 右へ、左へ、対戦相手へ。時には強く、時にはタイミングをずらし。

 それでも、状況は変わらない。


 ──膠着状態。


 傍から見ればそうかもしれないが、自分が追い込まれているかのような焦燥感。


 そうして、何度目かの相手の打ち込みが送り込まれたとき、違和感ははっきりとした形になって現れた。


 ──コンッ……


「──はっ!?」


 ディシトールがここまでと同様に《障壁》でボールを受けて、反撃に繋げるコンビネーションを組み立てようとしたそのとき、受けたボールが意図しない方向へ──何の攻撃性もなく、ただ素直に真っすぐペナンジールの方へ跳ね返った。


(受け損なった……?)


 集中を切らしていたわけではない。確かに焦りを覚え始めてはいたが、こんな()()をするほど追い詰められていたはずがない。


(何が起こった?)


 自分の側に異変の要因がないならば、原因は一つしかない──


「うし、だいぶ“掴める”ようになってきたな」


 対戦相手のペナンジールが、今度も直接打ち返さず、手にしたラケットの上でボールを弄んでいる。

 何か仕掛けられたのだ。彼に。


「何を──?」


 質問というより、単に口をついて出たひとこと。


 ──何をされたのか、何を掴むというのか、何をやろうとしているのか。


 半ば独り言であったそれに、ペナンジールは律儀に返した。


「ラジーの作ったこのラケット、初打ちだったからな。力の入れ具合を掴むのに時間食っちまった」

「──ペナンジール、遅滞。失点(いち)

「っと、いけね」


 つい手を止めて喋っていたことで、タイムキーパーのクイハネルラから進行遅滞の失点が宣告された。

 ペナンジールはちょっとだけ舌を出して肩をすくめると、ボールを左手にとり、打ち込む構えを取る。


(──あのラケットに何か秘密がある……けど、一体どんな?)


 普通は、手持ちのラケットを使ってボールに対処するより、ノーモーションで複数の、さらには自分から少し離れた場所にでも出せる《障壁》を使う方が対応力は高い。


 《障壁》を意のままに扱えるように修練し、同様の相手と対戦してきたディシトールにとって、ラケットを使う打ち手は未知の存在だった。


「よっ──っと」


 大して気合の乗っていない掛け声とともに、ペナンジールがラケットでボールを打つ。


 ディシトールはその動作から打ち出されるボールの軌跡を注視する。


 ──今度は、はっきりと分かる。


 今回、ペナンジールが打った球は、明らかにディシトールの頭部への直線コースから外れている。だが──


 そのまま見送れば横を通り過ぎるはずのそのボールは、弧を描く軌跡でディシトールに迫る──!


(打球が曲がる──曲げられるだと!?)


 思ってもみなかったその現象に、危うく《障壁》を展開するのが遅れかけたが、ディシトールはかろうじてボールを弾いた。だが、曲がる球の受け方など分からないため、自陣側のエリア外へ逸らさないようにするのが精一杯だ。


 せめて相手の余裕を少しでも削ごうと、できるだけ速いテンポで《反発盾》を差し入れて返球する。しかしあろうことか、ペナンジールは返ってきた球を《障壁》ではなくラケットで受け止めた。


「──くっ」

「もういっちょ!」


 トラップからの、またしても変化する球。


 ディシトールは一歩退いてボールの予測軌道から身体を外し、確実に受け止めることを優先する。


 ──ココッ!


 受けたボールを複数の《障壁》で挟みこむように止める。


 今や、これまで通りのラリーを続けていたのでは、対戦相手を崩せないことは明白だった。よもや《障壁》すら使わずに受けられてしまうとは──


 ──ならば、どうするか。


(あれだけ《障壁》の魔力を節約するってことは、もうあまり長い時間《障壁》を出すことはできないんだろ?)


 ディシトールは視界の端で、タイムキーパーが小砂時計をひっくり返すのを確認すると、体の正面に二つの小さな《反発盾》を向かい合わせで生み出した。


(めいっぱい速度を上げて打ち込む!)


 二つの《反発盾》の間に放たれたボールは、盾の表面に当たるたびに加速して跳ね返され、やがて視認できないほどの速度を持って行き来する黄色い線となる。


 もはや往復の際に発せられるボールの衝突音は、一続きの音にしか聞こえない。


 ディシトールはペナンジールを睨みつけ、手の間にあるボールを解き放つタイミングを計る。


 ペナンジールはやはり最小の力で受けるつもりなのか、《障壁》を出し続けることなく自然体で佇んでいる。


 ──このまま放ったのでは、おそらくどんな速い球でも受けられてしまう。


 牽制のためにわずかに肘を動かしたり、視線を動かしたりして相手の隙を誘う。だが、タイムキーパーの遅滞カウントいっぱいまで引っ張ってしまってはタイミングを教えてしまうようなものだ。


 打ち気を見せて、身体をびくり、と動かす。ペナンジールがわずかに息を詰める。


 ──まだ打たない。


 ペナンジールが小さく呼吸を──


(今っ!)


 手の中の《反発盾》から解き放たれたボールは右手側へ飛び出す。

 刹那の先、ボールの進路の五(フートル)ほどの位置に出現させた《反発盾》が、必勝の意思をもってボールを送り出す。


 狙いは──ペナンジールの大腿部。

 完全に当てに行くコース。

 しかし──


 ──コオォォンッ……


(あの速度も反応するのか……)


 受けられた。

 ボールはペナンジールの《障壁》に当たり、今回も上空へ打ち上げられた。


(けど、試合時間も残り少ないはずだ。仕方ないけどこのまま凌いで逃げ切り──)


 ディシトールの思考が、タイムアップ狙いへシフトしかけたその時──


「──んっ!」


 ペナンジールがバックステップし、直後、その身体が上空高く舞い上がった。

 打ち上げられたボールを追うように。


(は────!?)


 ──理解が追いつかない。


 単にジャンプしただけで、建物の屋根より高く飛び上がることなどできるはずがない。


 だが、見上げた先に、ボールとペナンジールの姿がある以上、対応せねばならない。

 ペナンジールはすでに空中でラケットを振りかぶっている──明らかな打ち下ろしのモーション。


(そんな奇策なんか──)


 ボールの位置も、打撃タイミングもはっきりわかる。いかにボールの軌道が変化するといっても、視界内にある以上は防御できないということはない。


(──力の無駄づかいだろ!)


 一瞬の、視線の交錯。


 自分を見上げている対戦相手を確認し、ペナンジールは視線を落として、目標に向けてラケットを振り抜いた。


 思考の一本道に引き込まれたディシトールは、その意味に気付けない。

 ふり仰いだ体勢のまま、大きめの《障壁》を張り──


 ──コッ!


「へぶっ!?」


 ()()()()()()()()()()()()にまともに顎を打ち抜かれ──


 ペナンジールが地面に降り立つのとほとんど同時に、ディシトールはのけぞってその場に倒れた。


「──頭部への致命打により、勝負あり」


 審判のツァイコンタスが淡々と試合終了の宣言をした。



〇いいわけ──きっと不完全なルール


 予定外に生えたシーン、そのさん。

 即席ででっちあげた競技の場面ですが、まぁ、ツッコミどころは色々あるんじゃないかと思います。

 大陸の、ごく一部の地域だけで行われているマイナースポーツということで、たぶんルールは安定していないんじゃないかな、と……(いいわけいいわけ)

 というか……もう、どうしてこんな競技になったのか、自分でもよく覚えていないぞ……? ええと……


 ラケットを使う

     ↓

 ボールの打ち合いをする

     ↓

 魔法の障壁で防ぐ

     ↓

 相手にぶつけることで得点(?)


 ──で、なんでぶつけるのか、ってことから、元は射撃攻撃を防御することが起源で、訓練を重ねているうちに競技になっていった、みたいな思考の流れ、だったかな、たぶん……。

 競技として成立するかもだいぶ怪しい気もしますが……まぁ、しょせん一人のアタマの中から捻り出したアイデア、穴だらけなのもむべなるかな……。


 次回の投稿は、6月16日の予定です。

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― 新着の感想 ―
グロウエルフは大阪的な文化圏、ということですね
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