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3 教練所のじゃれあい、リフ・ボール

 オルテ村はヤズカユルト保護領の東部、主都市エンティルマベタと同じブイミルマン伯爵領にある。


 〈茨の街道〉の道程で、エンティルマベタと隣のアラヤク辺境伯領のケルメスバとの間にキダイ村があり、オルテ村があるのはキダイ村から少し街道から離れた場所だった。

 離れていると言っても、領全体を俯瞰するような縮尺の地図上では、ほぼ同一の場所にある村ではある。そのため、実際に地図上では二つの村は分けては記されず“キダイオルテ”と表記される。


 村とはいえ、主街道上にあるキダイ村には、商店や交易中継拠点などもわずかとはいえ存在し、オルテ村からすればちょっとした町という風情だ。特に隣のケルメスバがリフ・ボールの大会開催地として有名であるため、主都市と行き来する旅人は少なくない。

 そのためキダイ村でも、そしてすぐそばのオルテ村でも、商業意欲と同じくらいにリフ・ボールも盛んだった。



 シルラジネルが採取からいったん自宅に戻り、午前中に作ったラケット持参で教練所にやってくると、すでにペナンジールは今日の指導役のツァイコンタスと、丁々発止の対戦を繰り広げていた。


 大柄なツァイコンタスはほとんど動かずに、対するペナンジールは右に左に細かくステップを踏みながら、お互い自分に向かって飛んでくるボールを《障壁》や《反発盾》で弾き返す。両者の間を《障壁》に当たった時に発する甲高い音を間断なく響かせて、明るい黄色のボールが行き来していた。


 教練所の刈り込まれた草地に足を踏み入れたシルラジネルは、いっそ常軌を逸したともいえるこの対戦を横目に、同様に唖然としている他の実技鍛錬参加者たちの輪に歩み寄った。


 オルテ村は四百人にも満たない人口なこともあり、同年代のエルフは数少ない。そもそも出生率は人間の半分程度で、同年代がいないという者も珍しくないほどだ。

 そんな中、シルラジネルやペナンジールの世代は比較的同年代が多い。五年ほどのスパンの中に十五人がひしめく、ある意味世代的に大所帯だ。年若いエルフに読み書き計算と魔法の基礎を学ばせる教練所も、ここ何年かは賑やかな日々が続いている。


 基礎を充分に学んだ者は、各々必要に応じて法制や会計の知識、あるいは実践として応用的な魔法の技術や周辺の地勢熟知を習得するために、交代で担当に入る教導役の下で鍛錬をする。


 今日の教導役のツァイコンタスは、午前は基礎科目、午後はリフ・ボールを絡めた魔法実技を行うのが専らだった。身体を動かし、競い合うこの教練は、レクリエーションのような趣もあり、年少の子供たちにも人気がある。

 ただし──


「……アル」

「あ、来たね、ラジー」


 シルラジネルの同い年には、ペナンジールの他にこのアルファラウルと女の子が四人いる。女の子たちは女の子でグループを作っており、ペナンジールは熱戦の真っ只中であるため、自然と観戦者の輪の中でいちばん交友が深いアルファラウルに声をかけることになった。


「待ってたよ。それじゃ、コレお願い」

「いや、別にわざわざ僕を待たなくても……」


 アルファラウルが差し出した、手のひらほどの径の金属の輪を重ねた魔導具を受け取り、シルラジネルは渋い顔を作った。


「僕にかまわず始めててもいいだろ?」

「ラジーの作ったボールは、なんか反応がいい気がするんだよね。よく弾むような」

「気のせいじゃないか?」

「かもね」


 とりあえず感じの良さそうな理由を一度は口にしたアルファラウルも、実際にはそこまで強くは主張しなかった。シルラジネルはさらに憮然とした。


「まぁ? 僕がボールを作るのに魔力を費やせば、他のみんなはそのぶんの魔力で《障壁》が多く使えるからな?」

「ひがまないでよ。まぁ否定しないけど」


 苦笑しつつ、アルファラウルはシルラジネルを引っ張って、観客の輪から少し離れた競技用のスペースの端に移動した。


 シルラジネルは何とも言えない顔をして大きなため息をつくと、諦めたように肩を落とし、渡された魔導具を両手で水平に持って、輪の中心を睨みつけた。

 ──握る手に、力がこもる。

 ──ぎり、と歯を食いしばる音がする。

 ──喉の奥から呻き声が漏れる。

 しばし間をおいて、ブン、という低い音を伴って、輪の中心に淡い黄色の球体が現れた。

 環状の《ボール生成》の魔導具からぽとりと落ちたリフ・ボール専用の薄黄色の球を確認して、シルラジネルはふぅ、と息をつく。


「何個作ればいいかな?」

「今日の人数だと六個……いちおう予備も込みで七、八個かな」

「対戦相手に困らないのはいいけど、ボール作りをする方からしたら、ひと苦労だ」

「まぁ、“生成”の練習なんだし、回数をこなした方がいいんじゃない?」

「そりゃそうなんだけど……どうしてもスッ、とできないんだよなぁ」


 シルラジネルは手にした魔導具を目の高さに持ち上げた。


「魔熱コンロはわりと簡単に使えるんだけどなぁ……こっちはなんて言うか、途中で詰まるっていうか……流れが悪い感じがする」

「ふーん? 魔熱コンロは使ったことないからわかんないけど、生活用の魔導具なんだから、使いやすい調整がされてるんじゃない?」

「そうかな……母さんは使いにくい、ってぶつくさ言ってあまり使わないんだけどね。新しいもの好きでわざわざレーリア王国の工房から取り寄せたくせにさ」


 やれやれ、と肩をすくめて魔導具を一振りしたシルラジネルは、気を取り直して再びボール作りの作業にとりかかった。


 魔導具を通して物体を生成するプロセスを見て、感じ、《障壁》を生成する感覚を養っていく、らしい。少なくとも、教導役からはそう教えられた。


 じっさい、《障壁》が出せなかった若いエルフもこの作業を経験することで、わりと簡単に生成を習得している例が多いらしい。


 自分より年少のエルフも皆、問題なくこの段階をクリアしているが、シルラジネルはどういうわけか生成が苦手──どころか、まだ《障壁》を発現できたことがない。


「八個、目…………ふぅっ」


 こめかみに青筋を立てて集中した作業を終え、シルラジネルは大きく息を吐いた。


「お疲れー」

「あ、終わった?」

「ボールもらってくねー」

「おーい、こっちにもボールくれー」


 作業の終了を待ち構えたように、先ほどまでペナンジールたちのボールの打ち合いを眺めていた面々が、次々に出来たてのボールを手にしていく。同い年の女の子たちも、連れだって二人のもとにやってきた。


「私らにも二つちょうだい」

「ん。……あれ、クイハネルラは?」


 いつもは四人組の女の子が、一人足りないことに気付いたシルラジネルは、つい周囲を見回した。三人の女の子たち、わけても()()()()()()()が好きなミーネハルマはその仕草を見逃さなかった。ここぞとばかりに、にやにやとした顔を作ってシルラジネルを突く。


「あっれー? ネルラちゃんが気になるー? 心配ぃー?」

「……毎度毎度なんでそうなる……くそ、まずった」


 苦虫を嚙みつぶしたような顔をしてげんなりするシルラジネルを前に、ミーネハルマは品のない笑い声を漏らす。他の二人は苦笑気味だ。


「ネルラちゃんはキダイ村の方から来た商人さんを案内するから工房に行ったよ? 途中で会わなかった?」

「いや……そっか、工房にいたのか──いや別に残念とか寄ってくれば良かったとか思ってないぞ!?」


 つい漏らした独白に、ミーネハルマの笑みがさらに深くなったのを見て、シルラジネルは悲鳴じみた否定の声を上げる。その様子に他の三人は、生温い笑いを浮かべた。


 そこへ、競技場の方から黄色い球が飛んできた。ペナンジールが受け損なった流れ球だ。


「えっ」

「わっ」

「はっ!」


 驚いて身をすくめる面々の前に進み出て、咄嗟に《障壁》を出してボールを防いだのは、女の子のうちの一人、長身のキーオマーヤだ。長く伸ばした髪を翻し、ボールを上方へ弾き逸らしたのち、落ちてきたそれを危なげなくキャッチした。


 ミーネハルマと、小柄な身体をさらに縮こませて涙目になっているもう一人──タシュクハミウは、仁王立ちといった貫禄で競技場の方に体を向けたキーオマーヤの長身を見上げた。


「びっくりした……マーヤちゃん、ありがとー」

「なんのなんの──ちょっとペナン! 危ないでしょ!」


 タシュクハミウの感謝は鷹揚に流して一転、小走りで近寄ってきたペナンジールに対して、キーオマーヤはまなじりを吊り上げて文句を言った。


「こんな逸らし方したら明らかに失点じゃない」

「わりーわりー、ツァイせんせー、やっぱ強ぇーや」


 特に悪びれた様子も見せず、ペナンジールはキーオマーヤから軽く投げられたボールを片手で受け止めた。


 そのペナンジールの後ろから、のっしのっしと巨体のエルフも近寄って来た。教導役のツァイコンタスだ。


「おう、ナイスガードだったな、キーオマーヤ」

「先生も何ていうか……やりすぎでしょ。どこのリフ・ボール代表選手か、って勢いだったし」

「ペナンジールは、バカでもこっちの腕前は一端(いっぱし)だからな。得意分野は伸ばしてやるのが俺の主義だ」

「……ノリノリで楽しんでたようにしか見えなかったけど……?」

「そりゃそうだ。どうせやるなら俺も楽しむに決まってる」

「やんちゃ小僧か。二人して」


 キーオマーヤの評に、ペナンジールとツァイコンタスは肩を組んで楽しげに笑う。体格が違い過ぎて体勢が傾いでいるのはご愛敬だ。


「お、それラジーが作ったボールか? ちょうどいいや、ツァイせんせー、コレ使ってもう一戦しよーぜ」

「よしやるか。ボコボコにしてやるぞ」

「“伸ばしてやる”の意味が変わってる気が」


 ぼそりと呟いたシルラジネルに「ボコボコにされる」ペナンジールは楽しそうに持っていたボールを差し出した。


「じゃ、そっちのボールくれ」

「……別にどっちでも変わんないだろ?」

「いやー、ラジーのボールはなんかよく飛ぶんだよ」

「……気のせいじゃないのか?」

「マジマジ──たぶん」


 既視感のあるやりとりに釈然としない顔をしながらも、シルラジネルはペナンジールからボールを受け取って、自分が作ったものと交換した。


 ペナンジールとツァイコンタスは、新しいボールを携えて再び競技場の真ん中に陣取り、ボールの調子を確かめるようにゆっくり打ち合いを始めた。もっとも、ゆっくりなのは最初だけで、ほどなく打ち合いは加速し、さきほどと同じような激しさを見せ始めている。


「……二人とも、防具も付けずによくやるよ」

「ま、バカだしね。ペナンは」


 呆れを含んだシルラジネルの言葉に、五割増しぐらいの呆れ具合を上乗せしてミーネハルマが同調した。周囲の面々はそんな彼女を横目でちらりと見たが、特に何も言わずに、同じく同調したように頷くにとどめた。


「とりあえずどうしよっか? ネルラちゃんが来るまでは三人でボール回ししてる?」

「二個使って?」

「え、わたし二個は自信ない……」

「まぁまぁ、とりあえず試しにやってみよ?」

「えぇぇ……」


 かしましく連れだって空きスペースへ移動していく女の子たちを見送って、シルラジネルとアルファラウルは視線を交わした。


「じゃ、こっちはラジーの発現練習かな?」

「悪いけど頼む」

「防具使う?」

「……いちおう付ける。スピード上がると受けられないかもしれないし」


 自作のラケットを示して見せると、シルラジネルは競技場の片隅のベンチに腰かけた。ベンチの端には、教練所備品のリフ・ボール用の練習用防具が積み上げられているが、そもそも教練所の鍛錬でボールのぶつけ合いをするほどの熱戦を繰り広げることは普通はない。そして、数少ない例外であるところのツァイコンタスとペナンジールは、たいてい面倒くさがって防具を使わない。

 なので備品の防具は、シルラジネルのような《障壁》の発現に不安があるか、まだ使いこなせない初心者のためのもの、という認識になっている。


「練習でそんなにスピード出さないでしょ」

「そっちは《反発盾》の練習とかしないのか?」

「いや、僕は別に大会目指してるわけじゃないし、自衛ぶんの《障壁》だけ使えればじゅうぶんだから」

「あー、それはまぁ……でも、こっちの練習を手伝ってもらうばっかり、ってのも──」

「ちゃんと自分の鍛錬もやるよ。最小限の大きさで《障壁》出して的確に打ち返す、って課題(やつ)


 アルファラウルはそう言って、ボールをつまみ上げて自分の頭上にひょいっと放った。そうして落ちてきたところに、ボールとほとんど同じくらいの面積の《障壁》を出して、座っているシルラジネルに向けて跳ね返してみせる。

 軽い「コン」という音を立てて跳ね返されたボールは、シルラジネルのだいぶ前にぽとりと落ちた。胴当てを付け、籠手を嵌め、頭部保護具まで装備したシルラジネルは立ち上がり、そのボールを拾い上げて黙り込む。


「……」

「ほ、ほら、だから練習が要るでしょ?」

「うん……あのさ」

「何?」

「せっかく防具付けたんだから、ぶつけるつもりで飛ばしてくれないと、むしろ僕が恥ずかしいんだけど……」


 リフ・ボール用の軽装とはいえ、完全防備といった風情のところへ今のような勢いでは、必要以上に臆しているように見えるかもしれない。その光景を思い浮かべて、シルラジネルは始める前から顔を赤らめた。


「今のは練習──いや、これからやるのも練習だけど、ちゃんと飛ばすよ! ぶつけるよ!」

「あーうん、そう力いっぱいぶつける宣言されるのもアレだけど……お手柔らかに?」


 シルラジネルは競技場全体を見回して、鍛錬中の各人の居場所を確認した。他の参加者は試合形式で打ち合いを行っているため、左右にボールを“振る”動きもする。だが、自分たちは単にお互いに向かって、まっすぐボールを飛ばすだけだ。さほど場所を取る必要もない。


 他の打ち合いの邪魔にならないと踏んで、ベンチそばの競技場の外縁をラケットで指し示し、アルファラウルを誘う。アルファラウルも頷いてそちらへ向かい、二人は三十フートル(およそ十五メートル)ほどの距離をとって対峙した。


「それじゃ、行くぞ」

「いいよー」


 アルファラウルの返事を受け、シルラジネルは軽く放ったボールをすくい上げるようにラケットで打った。

 ボールはやや山なりの軌道でアルファラウルの正面に飛ぶ。アルファラウルは少し前かがみになり、目をすがめて自分に向かってくるボールを見据えた。

 確実を期してか、先ほど発現して見せたものよりふた回りほど大きい《障壁》を生み出す。ボールは《障壁》のほぼ真ん中に当たり、コォン、という音を響かせてシルラジネルの方へ戻っていく。


 リフ・ボール用のボールは、魔力由来の物体に当たると独特の甲高い衝突音を上げ、そうでないものと当たった時に比べて強く跳ね返るように作られている。これはもちろんリフ・ボールを球技として成り立たせるための工夫の一つであり、現実にはそのような性質を持った物体は基本的には存在しない。


 緩く自分の方に戻ってくる黄色いボールを正面に捉えて、シルラジネルは自分の体を守る、と意識して板状の障壁を生み出すイメージを練り上げる。


 ──体の中を巡る力、魔熱コンロを点けるとき、ボール作りの環を起動するときに何度も感じた、自分の中のエネルギー経路に外部への接続パスを開く感覚──左手の掌をボールに向ける。


 ──自分の体から、流れる魔力を接続パスから瞬間的に押し出し、飛ばした魔力を前方で板状に物質化──他のエルフたちが生み出すのを何度も見ている。半透明で、形は四角、厚さは……


 ──……出……ない!


「──くっ!」


 目前に迫ったボールを払いのけるように、シルラジネルは右手のラケットを振りぬいた。魔力によって表面処理されていないラケットに当たったボールは、バシッ、という鈍い音を立てて競技場の外へ飛んで行き──


「うわわっ!?」


 誰かが上げた叫び声に続き、コォンッ、というボールの衝突音が高らかに鳴り響いた。



〇 いいわけ──ぞろぞろ


 予定外に生えたシーンそのいち。

 さらに予定外にキャラも生えました。

 最初はアルファラウルひとりぐらいぐらいの予定だったのが(それも名無しモブ)、会話が進むごとに出るわ出るわ……いや、君らのこと知らんで? めっちゃフレームインするやん……?

 名前も決めなあかんのん?

 むう……出るからには、便利に使い倒すかんな? でも、あんまり暴れ回んなや?

 と──なんだか賑やかなことに。

 会話成分が少なかったので、補完する意味合いでは助かったとも言えますが、そのぶん脱線しないように気を遣いました。

 いや、それでもシーンの長さが4倍くらいに膨れ上がったし、じゅうぶん脱線してるな、コレ……?


 次回投稿は、5月16日の予定です。

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