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2 森での採取、何かの気配

「ったく、母ちゃんたちも人使い荒いよなー」


 ぶつくさ言いながらペナンジールは、月桂樹からローリエの葉を無造作にぶちぶちとちぎっていた。


 昼食時の食堂に一番乗りして、準備されていたメニューを手あたりしだい、とでも言いたくなる勢いで平らげてゆくペナンジールに、調理頭である彼の母が「三人前食うんなら、三人分働いてきな!」と一喝して、早々に食堂から追い出したのだ。


 仕方なく言いつけ通りに、ペナンジールはシルラジネルを伴って、食堂で使う採取物を求めて農林地までやって来ていた。自然の森に隣接する形で造られたこの小さな林には、畑作で大規模に栽培するほどではない、ちょっとした採取物のための樹木が持ち込まれ、植えられている。


「ペナン、あんまり雑に採るなよ? 傷めると持ちが悪くなるんだから」

「へーいへい」


 とばっちりで付き合わされる形になったシルラジネルが諭すのに、ペナンジールは二つ返事で作業を続ける。母親に採取籠を押し付けられて食堂から叩き出される際に「しょーがねーな、おいラジー、行くぜ」と、強引かつ自然に巻き込まれた友人は、諦め顔で雑草よろしく密生したツルムラサキを収穫していた。


「こんなもん入れたって、別に何も変わんねーじゃん。しかも食えねーし……」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、 採取する手の速度は緩めない。さすがにその速度を見咎めて、シルラジネルが待ったをかけた。


「肉の臭み取りで使うだけだから、あまり大量に採らなくてもいいだろ。ローリエばっかりじゃなくて、他のものも集めるぞ」

「ラジー、葉っぱに詳しいな……さすが、じぶん家の料理番ってトコか」

「……まぁ、確かによく料理してるけどさ……そういうペナンだって、食べることに関しては人一倍なんだから、食材に詳しくなってても良さそうなもんだろ?」

「あー、おれ食い専だから、そーゆーのナシで。それより、あとは何を採ってく? 果物か? ナッツか?」

「さすがに今どき採れるナッツは無いから果物かな……ちょっと森に入ったところにヤマモモがあったと思う」

「ヤマモモか。よっしゃー、行こうぜー」


 ローリエ採りよりは明らかに食指の動かされる食材に、いくぶんテンションを回復させたペナンジールは、収穫籠をひょいと担ぎ直してさっさと森へと向かい始めた。提案した側のシルラジネルは、相方の変わり身の早さに慌てて自分の籠に覆い布を被せて、少しまろびつつその後を追う。


 農林地に隣接した森の端は、なわばりの領域としてはドロウ・エルフたちのもの、という認識が、彼ら自身からも、大概の野生動物からも見なされている。

 ただ、深く広がる森という地勢である以上その範囲は曖昧で、明確な境界があるわけではない。そのため迂闊に奥に踏み入れば、他のなわばり持ちの生き物からの手痛い迎撃を受けることもある。


 年若いエルフたちは、年長者から段階的に森での採取物の自生地を目印として教えられ、少しずつ奥地へと踏み入って行く。シルラジネルが言ったヤマモモは、二人の年頃の若者が教えられている目印の中では、やや森の奥寄りの場所にあった。


 また、森のずっと奥の方には、高くそびえるセコイアの巨木があり、森の端からも上へ突き出ているのが見えている。昼間、開けた場所からなら森の中でさえ見ることもできるそれは、目印の代表格だ。


 二人はひとまず、大セコイアの方角へ向けて森へ踏み入った。


「三人分働けったってなー、さすがに籠いっぱい採って来るしかできねーよなー」


 ペナンジールは言いながら、右肩に担いだ籠を揺すってみせた。さすがにローリエの葉だけでは、籠の容量はさほど埋まっていない。その空き具合を覗き込んで、シルラジネルは肩をすくめた。


「……ヤマモモを籠いっぱい採って来るのは、それはそれで大変な気もするけどな」

「三人分ぐらいの仕事だと思うか?」

「実の()り具合によるだろ」


 その作業の面倒さを思い浮かべて、シルラジネルは眉をしかめる。とはいえ、自分で言い出した採取目標でもあるので、不満を口にまでは出さなかった。


 しばらく歩くと、目的の実がなっている木が見えてきた。ヤマモモの木はある程度固まって生えてはいるのだが、どれもこれもかなりの高さにまで伸びている。


「……下の方にはあんまり無いな」


 シルラジネルは、げんなりとため息をついた。ペナンジールはその隣で、あんぐりと口を開けて実のなっている樹上を見上げていたが、「っし」と一声気合を入れるように呟くと、背負っていた籠を地面に下ろした。


「ラジー、おれが上がって実を採るから、下で受け止めてくれ」

「登るのか……? あんまりムチャするなよ?」

「んー……まぁ、行けンだろ、たぶん」


 あまり気負った風もなくそう言うと、ペナンジールは少しだけ後ずさり、ヤマモモの実がたくさんなっている辺りを見定めた。そして──


「よっ──っとッ!」


 数歩の助走から勢いをつけて跳び上がり、跳躍の頂点で虚空に足をかけ、さらに上へと跳び上がる──!


「──っておいっ!?」


 てっきり木の幹をつたってよじ登るものと思っていたシルラジネルは、予想していなかったその挙動に大声を上げかけたが、ペナンジールの上体がバランスを崩したかのように泳いだのを目にして息を呑んだ。


 ペナンジールが足をかけているのは、正しくは虚空ではなく《障壁》と同様に半透明の小さな板だ。だが、普通は《障壁》は自分や対象となったものを覆うように展開するもので、その場に固定して自分の身を預けられるようなものではない。自分の動きに追随して動いてしまうからだ。


 だが、ペナンジールの作った《足場》は彼自身の体重を受けても動かずにその場に留まり、樹上へ至る飛び石となった。


「とッ、とッ、ととッ──とぁッ!?」


 最初の跳躍よりは小刻みに空中を駆け上がるも、上体は次第に不安定さを増してゆく。やや目算からずれたせいか、最後の跳躍は見るからに強引に、身体を投げ出すような体勢で張り出し枝に飛びついた。


 息を詰めて一部始終を見守っていたシルラジネルは、ペナンジールが枝葉の中に飛び込み、身体を樹上に落ち着かせて顔を覗かせたのを見て初めて大きく息を吐き、うなだれて膝に手をついた。


 樹上のペナンジールも息をついたが、こちらはあっけらかんとした調子で笑い声を上げた。


「ふぃー……ははっ、あっぶねー」

「ムチャすんなって言ったろ!? ったく……」

「へーきへーき、ちょっとバランス崩して落ちそうになっただけだって」

「それの何が平気なんだよ。ていうか──」


 シルラジネルは、改めてペナンジールが乗っている張り出し枝と地面を交互に見た。


「《宙の足場》なんか作れるようになってたんだな……早いなぁ……」


 ため息にほんのりと羨望の響きをにじませて、シルラジネルは年齢に似合わない離れ業を披露した友だちを見上げた。発現者本人起点で追随する形で生み出される《障壁》と違い、絶対座標で、しかも空中に固定された足場を発現させるのは、大人でもかなり難しい。

 そんなシルラジネルの感嘆に、ペナンジールはからからと笑った。


「いや、なんかできそうな気がしたからやってみた」

「…………んん?」

「やってみたら、なんかできた」

「……ちょっと待て……初めてやったのか!?」

「おー。けど、歩幅とうまいこと合わせるのが難しくてバランス崩しちまった」

「難しいポイントはそこでいいのか……? 空中に動かない足場を作ること自体じゃなくて……?」


 ペナンジールの言い草に、シルラジネルは呆れ返った。無茶を叱責するのもなんだか馬鹿らしくなり、ただかぶりを振り、それ以上の突っ込みを放棄する。


 そうこうしているうちにペナンジールは枝を伝い、ヤマモモが生っているあたりまで移動して、熟していそうなものを選んで片手でもぎ取った。


「ラジー、いくぞー」

「あ、ああ」


 シルラジネルの返事もそこそこに、ペナンジールは採ったヤマモモを軽く放った。放物線を描いて落ちてくる実の落下点にわたわたと移動したシルラジネルは、両手を捧げるように掲げて、できるだけ柔らかく受け止めようと試みた。が──


「う……かなり熟れてるな」

「どうだー?」

「ちょっと潰れた……もうちょっと若い実はないのか?」

「ここいらのはみんなそんな感じだな。丁度いい、っちゃ丁度いいんだけど──」

「投げて、手で受け止めるには丁度良くないな……それじゃ」


 シルラジネルは自分が背負ってきていた籠を下ろして、身体の前で抱え込んだ。籠の中には、先ほど収穫したツルムラサキがたっぷり入っている。


「これで受け止めて、ペナンの籠に移そう」

「イイな! ンじゃ、じゃんじゃん採ってくぞー」

「いや、ちょっ──」


 宣言するやいなや、ペナンジールは矢継ぎ早にヤマモモを採ると、ひょいひょいとシルラジネルのいるあたりに放り投げる。なかなかのコントロールで、シルラジネルはほとんど移動することなくそれらを受け止めることができたが、熟れて柔らかくなっている実は、その乱暴な扱いに全て耐えられるわけではなかった。


「ペナン! 続けて投げられたら実と実がぶつかって結局潰れちゃうだろ! ペースを落とせ!」

「えー、たりーなー」


 ペナンジールは口を尖らせて不平を漏らしたものの、収穫物が無駄になってしまうのは本意ではないため、しぶしぶ作業の速度を緩める。


 シルラジネルは、合間合間にペナンジールの持ってきた籠に、受け止めたヤマモモの実を随時移しつつ、やむなく潰れてしまった実に関しては木の根元にそっと転がしておく。


 そうやってしばしの間、二人は採る枝を移動しつつ収穫に(いそ)しんだ。やがてペナンジールの籠をこぼれない程度に一杯にしたところで、シルラジネルは相方に作業の終了を呼びかけた。


「お、案外早く満杯になったなー」

「上の方の実は手つかずになりがちだから、かなり残ってたからな……普通はムチャして採るようなことはしないし」

「それもそっかー」


 シルラジネルの皮肉もさらりと流して、ペナンジールは最初に取り付いた張り出し枝のあたりまで戻っていった。


「んじゃ、降りるぞー」

「飛び降りるのかよ!? けっこう高いぞ?」

「いったん《足場》を経由するから、大したこたないって」

「ああ。まぁ、それなら……」


 自分の感覚で、つい直接地面に飛び降りることを想像していたシルラジネルは、先ほどペナンジールが作ってみせた魔法の足場を思い出す。いちおう納得して、着地点を空けるために籠を持って木から距離をとり、改めて無茶な友人をの方を振り仰いだ。


 その様子を見て、ペナンジールは躊躇したふうもなく、ひょいっ、と宙に身を躍らせた。樹上へ駆け登ったときと同様に、半透明の《足場》を生み出してそこに着地しようとし──


 ──ぱきゃんっ


「おぇ?」

「なッ──!?」


 ペナンジールが自分で作った《足場》に着地して体重がかかったその時、軽い破砕音と共にその半透明の板はあっさりと割れて散じた。


 意図しない形で中途半端に自重を受け止められたことで、ペナンジールはまたも体勢を崩した。それでも何とか足から地面に降り立ったが、勢いを殺しきれずにそのまま背後側へ倒れ込み、ごろんと一回転する。

 シルラジネルは友人の動きが止まるやいなや駆け寄って、安否の確認のために声をかけた。


「ペナン! 大丈夫か!?」

「……おー……強度足んなかったか。やっぱ難しいな、《足場》」

「足、くじいてないか?」

「あー、すぐに転がったし、割れたけど《足場》でいくらか落ちる勢いも殺されてたしな」


 そう言って、ペナンジールは寝転がったまま足を振り上げ、反動で身体を起こした。


「ラジー、さっきのヤマモモのちょっと潰れたヤツ、くれね? ビックリしたら、なんか喉渇いた」

「採りながらつまみ食いとかしなかったのか? 潰れたヤツは木の根元に──」


 シルラジネルは頭をめぐらし、さきほど潰れかけの実を転がした木の根元へ目をやった。

 だが──


「あれ?」

「ん? どした?」

「ない」

「はぇ?」


 意味のわからなかったペナンジールは、間抜けな声を上げてシルラジネルの視線を追った。


 木の根元には、シルラジネルが言う通りなら、収穫物として持ち帰るには適さないと判断されたヤマモモの実がいくばくか転がっていたはずだったが、赤い果実は一つも落ちていない。


「……なんで?」

「いや、なんで、って言われても……何でだ?」


 シルラジネルは呆然とヤマモモの木の周辺を見回した。特に斜面になっているわけでもないし、草深いわけでもない。転がしたヤマモモが消え失せる理由としてほかに考えられることと言えば──


「アライグマか何かが持ってったか?」

「さすがにそんなのが来てたら、僕でも気付いたと思うけどな……」

「じゃ、ドラコリスとか」

「……なんで普通のリスじゃなくてそっちなんだよ」

「前にいっぺんだけ見かけたから」

「……そりゃ、アライグマより小さいなら気付かないかもだけどさ……」


 シルラジネルは自分が転がしたはずのヤマモモの数を思い返した。ドラコリスはリスとしてはやや大きいとはいえ、一匹で全てを持ち去ったとは考えにくい。


「一匹や二匹じゃないなら、あんまり出くわしたくないぞ。けっこう獰猛だろ、アレ」

「そだな。まぁ、こんだけ採れたんだし、こっちからいただくわ」


 ペナンジールは、ヤマモモが詰まった自分の籠から三つの実を取り出すと、一つを口にくわえながら籠を背負い、村に向かって歩き出した。

 シルラジネルも改めて自分の籠を背負い、ペナンジールと並んで歩き出す。


「ん」

「うん? ああ──」


 一つ目のヤマモモを頬張りながら、ペナンジールは実のひとつをシルラジネルに差し出した。シルラジネルを少し考えてからそれを受け取り、ペナンジールと同じく口に放り込んだ。採取作業で思いのほか喉が渇いていたようで、充分に熟れた実の汁気は心地よい潤いをもたらしてくれる。


 二つ目のヤマモモを咀嚼して種を地面に吹き出すと、ペナンジールは隣を歩くシルラジネルに顔を向けた。


「ラジー、このあと午後の実技鍛錬、来るだろ?」

「うん、まぁ……行くけどさ」


 シルラジネルの応えは歯切れが悪かったが、ペナンジールはそれを気にした風もなくニカッと笑って手を打ち合わせた。


「そんじゃさ、さっき作ってたラケットも持って来いよ。実際に使って試してみよーぜ」

「あー…………うん、そう……だな」

「よっしゃ! じゃ、さっさと行こうぜ!」


 さらに歯切れの悪いいらえながらも、気の置けない友人の同意を引き出したペナンジールは足を速めた。手を引かれたわけではないが、シルラジネルもつられたように足を速める。


 実技鍛錬を避けたいわけではないし、身体を動かすことも嫌いというほどではない。だが、急かされるように早まる足と裏腹に、シルラジネルは心が重くなっていくのを感じていた。


 ──シルラジネルは魔法を使えない。


 魔導具は扱えるから、正しく言うなら「単独で魔法を発動することができない」ということになる。もっとも塗魔法に長けたドロウ・エルフでも、補助具の介在なしではそれほど目立った効果のある魔法を顕すことはできない。

 それでも──


(僕だけがずっと遅れている……みんなは《障壁》なんてとっくに使いこなしてるのに)


 友人たちはそれでも馬鹿にすることなく、シルラジネルの練習につきあってくれる。時に口が悪くても、扱いが雑になったりしても、大事な友だちだ。


 両親は息子の遅れを寛容に見守っている。村の中でも特に《糸》の扱いに秀でた母と、《石材》の扱いに長けた父は、だらしない一面があっても誇らしい事に変わりない。


 でも、だからこそ。

 シルラジネルは劣等感を抱かずにいられない。


 焦りや不満を外にぶちまければ、一時は楽になるのかもしれない。だが、そんなことをして空気を悪くしてしまえば、今以上に居心地の悪い状況にしかならないであろうことはわかっている。


 だから、劣等感も、焦燥も、大事なものと一緒に抱え込んで行く。

 日々、重くなっている諸々を、こぼさないように。


「おおい、ラジー!」


 先を征くペナンジールは、振り返って足踏みしている。荷の重さを感じさせない、軽い足取り。


「──そんなに急かすなよ、もう……」


 シルラジネルは小走りでそれを追う。荷の重さに、少しふらつきながら。


 二人の若いエルフは、連れだって村へ帰って行く。

 いつもの日常、変わらない居場所へ──




〇 いいわけ──ぼちぼち


 この回はまぁまぁ予定通りに進んだと思います。

 採取物の選択はだいぶ迷いましたが、これ以上悩んでも仕方ないのでこの線で。いや、名前が地球のものと同一でも、必ずしもまったく同じ植物とは限りませんし。異世界だから。

 だから、ヤマモモの木に飛び移って実を採るなんて本当にできるのか? とか思っても、そこはそういうもの、とスルーしてください。

 そもそも異世界なのに、植物が地球と同じってどうなのよ? と言われると……えーと……この世界は“汎用植生パック”とかのプラグインを使ってて、いろんな世界と同じような方向に進化するような感じにデザインされてるんですよ、きっと!(←てきとー)

 じっさい、同じような環境下で、同じ構成のアミノ酸からは、似たような進化をたどるんじゃないかなぁ……と思ったりもします。だいぶ乱暴ですけどね。


 次回は5月1日投稿予定です。


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