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自分史  作者: 暮葉畏啓
活動希社
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自己ログ倉庫59 「押しかつ」

でもここまで行くと東方は別格の文化ですね。もう笑

基本的になんだろう、遊戯王かな、遊戯王とかは、昔のカード使えるじゃないですか。てか昔のカードめっちゃ高かったりするじゃないですか。そんな感じで、超の作品っていうものはすべて共通してるとは言えないけど、ある程度ね、その昔のものが使えるっていうのがあるんですよね。やっぱり、昔のものが現役で動いてくれてるからこそ、その昔の作品とか昔の同人誌とか同人音楽とかに目がいくいじゃないですか、新しい曲入ってきたりとか。あ、これすごいなんか伝説の動画なんだみたいなのを見て、はへーってなったり。その伝説の動画を見るとやっぱり伝説まで生きてることを実感できるから、それだけなんかね、強い。だからインフラがすごいもの、コンテンツは、やっぱりその新しいものばっかりに目がいくと、じゃあそれが突然終わりましたとなったら、残されたのは、そのやっぱり、インフラがすごいものっていうのは常にその一番すごい状態のものしか注目されてないから、はい、ここで終わりですってなったら、もうその一番最後に出てきてた、一番高い存在にしか目がいかなくて、もう昔のやつに目がいかないから。っていうのがある。もしそのインフラが全くないのであれば、その昔のカードも使いまくれ、ただ、めちゃくて難しいんですよ。そういう作品、コンテンツっていうのは。昔のものが全然利用可能っていうのは、その作る側としては自由度が低い。その原作を作る側としてはすごい大変なんだけど、その昔のものが全然現役で動いてるってなると、みんなそのちゃんと昔に注目するんですよね。やっぱその東方には回顧厨が多いっていうのは僕は思うんですけど、東方が大好きですって言ってる人間で、じゃあここ2年間、2025年から2026年ぐらいに出てきてた同人の音楽とか、なんかゲーム、二次創作ゲームとか、シューティングゲーム、原作のシューティングゲームしかやってませんってやついないんですよね。基本的にじゃあ、紅魔郷やりますかってさ、2002年かなんかの超古い紅魔郷のゲームやったりさ、そんなことさすがにせんでもさ、ちょっとこう、好きなさ、東方のサークルが、古参のサークルが今も全然生きてるところが何個もあるっていうのが重要で、クール&クリエイトの人たちが、なんだろうな、今出してるものとかがあったとしても、じゃあその音楽しか聴かないんじゃなくて、圧倒的にもう色つなNight of Knightsとか、そういうのは聞くいじゃないですか、どうしても。エイジンとか聴いて、あ、こんなんあったんやってなるじゃないですか。で、それがだいたい20年ぐらい前にすでにあるやつじゃないですか。そう思うとなんかもう、その時点でなんだろうな、昔の作品すげえなってなる。で、じゃあもうそのやっぱり年代の幅が広すぎるのがちょっとね、ずるいんですよね、他の作品と比べて。もうその、僕が想像できるようなコンテンツでいうと、その単一のアニメとかで、4期ぐらいありますとか、スラアニメ、天スラとかはさ、確かにそのアニメは長くてやってるんだけど、そのアニメが例えば4期あるんだったら、そのアニメ4期見たらおしまいじゃないですか。曲をちょっと聴きたいするのはわかるけど、それでおしまいじゃないですか。だいたいそのアニメ見たら、あ、見終わった、次のアニメ行こう、これで天スラのAの情熱はすぐ冷めるわけですよ。でも東方ってないじゃないですか、20年ぐらいあるじゃないですか。その4ってことじゃないじゃないですか。まともにすべて吸収しようとしたらもう命、時間足りないじゃないですか。だからいつ続けるんですよ、ハマったら。もし僕がその東方に対しての、東方のコンテンツのすべてもう見終わりましたってなったら、多分もう離れるんですよね。でも離れない。そう。で、それは離れられないんですよね。だって枯渇しないから、絶対。枯渇しないうちは見たいと思うし、その人間の心理上まだそのすべて見終えてないのに、ある程度好きになった作品に対して、もうじゃあお別れです、バイバイ、もう見ませんってならないんだよ。やっぱどっかで見ちゃうんだよね。で、そのビートマリオさんが、ここは帰ってくる場所であったら嬉しいって言ってるんですよね。そのずっと東方にはまり続けなくても、Fateとかエヴァンゲリオンとかハマった後にまた東方に戻ってくれたらいいっていう。で、これね、みんな戻ってくるんですよね。やっぱり忘れられないですよね、東方っていうのは。そう。僕が東方に出会った時に一番驚いたのは、そのファンの方たちの熱量の高さなんですね。その例えば天スラとかさ、だったら、なんかファンとかでもさ、そのこの作品、天スラという作品の第3期のこの話良かったねとか、エンディング良かったねとか、曲この曲いいよねぐらいしかないじゃないですか。基本的に話す内容って。好きなキャラ何なのぐらいじゃないですか。東方ってそんなじゃないじゃないですか。東方で好きなキャラ何ですかって多分最初聞かないですよね。好きなサークルどこですかとか、好きな曲何ですかとか。多分。好きなキャラ何ですかっていうのは、多分ね、あんまり言わない。その好きなキャラクターっていうのが一人じゃないから。で、基本的に、このキャラクターだけが好きなんですっていうのはありえないんだよね、東方では。その天スラとかだったら、なんか5、6人のキャラがそれぞれの役割について物語を進めていて、主人公なら主人公役で動いてるし、脇役なら脇役で動いてるし、ライバルならライバル役で進むから、で、それぞれの属性もちゃんと決められて進んでいるから、見てる時に、あ、この子いいなと思うかもしれない。けれど東方って基本的にその一人の原作者が生み出したもので、そのこのキャラクターはこのキャラクターで見た目が別々であったり、声は関係ありませんが、その見た目とか、あと好きなものとか、名言とかがあるかもしれないけど、基本的にその絡みが常にあって、常になんかこのキャラクターはこの性格しかないっていうものがないんですよね。基本的にだいたい決まってたりするんですけど、そのなぜそら表現の幅が広すぎるし、1個の物語としてしか存在してないわけじゃなくて、もう何百にもその一人一人との創作者の物語が全部あって、それが結集されているので、それ見てるだけでなんか、あ、前の作品ではこの子はなんかこういう、なんだろうな、かっこいい役だったけど、今回は可愛い役の絵柄で想像してるなとかなると、その、なんだろうな、可愛い役だから好きとかそういうのがなくなるんですよ。だって可愛いレイムは好きだったら、かっこいいレイムの漫画読まないじゃないですか。そんなんさ同人誌買った後にさ、このレイム可愛くないからもう見ない、読まないってならないじゃないですか、見るじゃないですか。で、かっこいいレイムも見るじゃないですか。そしたらその、かっこいいレどんなレイムも好きになっちゃうんですよね。で、その、すべてのレイムが好きってなると、その、結局幻想郷自体が好きになっちゃうんですよね。やっぱりこの主人公役のレイムだから僕は好きですとかではなくて、レイムだから好きですっていう。その、どんなレイムでも好きになった経験がある、いいと思った経験があるから、基本的にレイムが好きなんですけれども、そこまでいっちゃうとね、もうそのレイム以外のキャラクターも好きになるというか。すごいこれ説明が難しいんですけど、うん、結局その、同人って何なのかって言ったら、その世界を楽しむっていう。リムルは好きです、だからリムルの同人誌を出しますっていうね。それはわかる。東方にもそういうものはあると思うけど、その、基本的にわちゃわちゃしてる東方は、同人誌は。それぞれの同人誌に物語があって、進んでいって、それを消費して楽しむんだけども、同人誌を読む理由としては、その同人誌の中身の作品、その作品自体が好きなんですよね、基本的には。レイムが好きです、レイムだけが好きですじゃなくて、レイムも好きですなんですよね。一番好きなのはレイムっていうふうに最初言うと結構いると思うんですよ。向こうも一番最初はレイマリしか読まなかったんですよね。レイマリばっかり読んでたんですけど、なんかえいやしこのこのキャラクターもいいじゃんみたいな、どんどん広がっていくんですよね。その、僕が思うに推し活っていうのは年数が少ないんですよ。基本的に限定化、限定されてるから。そのリムルだけが好きですって言ってる人もいると思うんですけど、その後10年ぐらいずっと転スラという作品と関われば、リムルだけが好きとはもう言えなくなると思うんです。他のキャラクターも好きになると思うんですよね。で、その作品って結構その消費の激しい、消費期間が短い作品もあれば、ずっと付き合っていく作品もあるじゃないですか。1クールしかない作品を10年ぐらい好きでいられるはずがないじゃないですか。多分好きでいても1か月なんですよ。もう短い人だったら1日2日でマイクルマイクル違うアニメ見る人とかだったら、それだけで情熱が移り変わるんですけど、そうなってしまうと、その短い期間でその作品のすべてのキャラクターを好きになることはできないんですよ。だからどうしてもその作品の中で一番いいと思ったリムルというキャラクターが好きであるとか、メイプルっていうキャラクターが好きであるとか、ボーフリーですけど、そういうふうになっちゃうんですね。そうなるとその思いがあった中で、じゃあ借金とかに行くと、やっぱりどうしてもそのキャラクターだけを買うんですよね。それがやっぱ推し活文化につながっているんですよ、多分ね。で、そのスミや春日人がもう10年間続いてるじゃないですか。原作が続いてるっていうのはいかがあれですけど、そのネット文化として続いてるじゃないですか。そうなってしまうと、やっぱり春日も好きだけど、今日も好きです、みくるも好きなんですよ。で、小泉も好きだし、昨日の時みんな好きなんですね。ツレさんも好きだし。基本的にその、ある程度長く続きしてるものっていうのは、それだけ自分とその作品の付き合いが長くなればなるほど、やっぱりその最初好きだったキャラクターだけを好きというふうにならない。もうみんな好きになっちゃうんですよね。それはね、あると思うんです。だから東方に関しても、最初一年目とかだったらこのキャラクターだけが好きですか?僕は最初一年、半年ぐらいはレイマリの漫画とかしか読まなかったんですけど、だんだん今でもいろんなキャラクター好きなんですけど、そんな感じでそのやっぱ広がっていくんですよね。付き合う時間が長ければ。で、その、その作品自体が好きですっていうふうになるには、その作品の特徴として、その、消費期間が長いものであるという特徴があるんですよね、やっぱり。だからその、推し活文化が強いコンテンツっていうのは、逆に消費期間が短いものが多い。だからその基本的に1クールアニメとか、超カグヤ姫とかありますけど、ああいう映画系のものはやっぱり推し活文化が高くて、そういった一番くじが一発出て、それでおしまいとかになるんですよね。やっぱ情熱が冷めやすい。その推し活、推しっていうので有名なのでいくと、アイドルマスターとかラブライブとかなんですけど、アイドルマスターでいくと、誰Pですかって、プロデューサーって話なんですけど、そのゲームでそのあるキャラクターを、こう、なんだろうな、成長させていくっていうやつで、やっぱそこに思い入れが強いから、そのキャラクターだけを好きという人もいると思うんですけど、基本的にその誰Pですかって、自分のプロデュースしてるキャラクターじゃない人を言われたとしても、みんな喜ぶんですよね。基本的にはその、なんだろうな、他のキャラクターたちが好きではありませんっていうやついないんだよね。基本的にやっぱみんな好きになっちゃうんですよ、キャラクターっていうのは。だから僕が最初に言ったように、そのどのキャラクターが好きですかっていうのは東方では言わないんですよね。どの曲が好きですかとか、どのサークルが好きですかとかになってきて、もうその、みんな好きなんですよ、すべてのキャラクター。っていうのがもうやっぱ、経済化してるなっていうふうに思いますね。推し活文化というのがオタク文化の中で、すごいこう広がったじゃないですか、波及されたんですけど、それの影響を東方もちょっと受けてるんですけど、どっちかというと東方の根本的起源としては、推し活文化とかではなくて、その、押すというかは、一緒に暮らす的な感じなんですよね。人生を共にするパートナーみたいな感じ。それはやっぱ推し活という上下関係あるじゃないですか、それはちょっと違うのかなっていうふうには思いますね。まあ長く続いてる作品はね、推し活というのが表面的に見えたりもするんですけど、根本のファンとか、推し活ではないんですよね、やっぱり。最近のその流行ってる言葉だから、その、僕もこれは推し活しますとか言うと思うんですけど、多分ある程度理解してる人からすると、推し活という言葉をわざわざこういうふうに使わないようにしてる人も結構おるんじゃないかなと思うんですね。僕も推し活っていうのはあんま使いたくないタイプなんで。



【2】

なんだろうね、東方が存え化した理由が、他のメジャー作品と違うからなんですよね。東方ってその原作者に対して一極集中という消費が、集中したわけじゃなくて、その原作も売れるし、そのキャラクターを使った小説や同人誌も売れていく。で、その中で、その、トミが一極集中しなかったんですよね。だから、なんかどこかが、どれか1個がすごい権力を持つっていうのが、そこまでないんですよ。確かに音楽サークルでいくと、もう大手がすごいなんか牛耳ってる感じはありますけど、やっぱりその、そのじゃあ大手が東方の中で権力あるのかというと、結局やっぱ原作者、二。でもだからといって原作者が全て独り占めしてるわけでもなくて。その巨大IPとして、その、他のコンテンツをやっぱり企業化してるので、消費したらその富がやっぱその企業にいくんですよね、基本的には。アニメとかいくとちょっとあれですけど、ゲーム会社とか、さっきでいうブルーアーカイブとかでいくと、やっぱりその集中するので、その富が集中した結果、それでより良いコンテンツを集中的に作ることもできるんですけれども、富が集中すると、やっぱりね、その公式からの供給を待つようになるんです。だからそこがね、やっぱ違うんですよね。巨大になった理由がその、みんなが集中してそのいわゆる対象を買って、それで集中して富が流れていって、それでその循環が生まれるっていうのになると、やっぱ消費者と作る側、作る側って公式になるんですけど、やっぱり富が流れるっていうのが一つじゃなくて、基本的にどこへでも流れる。東方という文化圏で循環しまくるから。そう考えるとその文化になりやすいんですよね。一方方向からの供給しかないものって文化じゃないんですよね。その中でもうぐるぐる回ってるっていうのはやっぱ文化になるんですよね。東方っていうのはもう多分僕文化だと思うんですよね、ちょっとね、もう。だから地元では笑い話で宗教って呼んでる人もいますけど、それもあながち間違ってないのかなと思いますね、わらわら。

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