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自分史  作者: 暮葉畏啓
莉里園社
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自己ログ倉庫31 「初期作品の暴走」

第4話「一度出された解は直せない。もう一度問い直すこと以外に解を改めて出すことはできないのだ。」


「勝った。計画通り。」


愉悦に満ちた笑顔で告げる。


この世界に生きるすべての生き物、存在するすべての事象が俺の足元で蠢いているようだった。この世界の唯一神。すべての概念の頂点に君臨し最大級の権能を携し神。それが俺だった。

そんなふうに妄想できるほどに今の俺の状況は俺を崇めし人物による裏工作がなされて生み出された神棚のようであった。端的に人間世界の言語で言うならば、理想的な人員で構成されたクラスと呼べるだろう。


 つまるところ中学生初めてのクラスのメンバーはかなり良い組み合わせだと言うことだ。と言うのも小学生時代親しくしていた友人がこのクラスに4人ほど居て、隣の席にも知り合いが座っていたからだ。


 吉田雄我。


隣の席に座る彼の名前だ。俺の近所に住んでいる彼は共通の将棋という趣味もあったため仲は良いといえた。将棋に関しては彼の方が何枚も上手で駒落ちなしで勝てたことなどほとんどないのだが。


「吉田。よろしくな。」


俺は彼にそう告げた。少し肩をびくつかせ目を見開いてこちらを見つめる彼の顔は、噴水の周りで漂う水滴のように気持ちが良く、見るモノ全てを癒すような表情であった。


「シャーペン貸して。」


彼は俺の本心を窺うような鋭い目を突きつける。その質量感のある目に俺の方はビクビクと震えて気付けば彼に自分の筆箱から壊れたシャーペンを渡していた。壊れたと言っても破損部分を繋ぎ止めるためにガムテープを巻きつけた非常に見栄えの悪い外見をしているだけである。彼の無意識ながらに意志のこもった強い目はこれから先、彼の将来を大きく左右するだろうと感じた。


そんなふうに彼を評価し、俺は教卓に座る見慣れない人影を見据えた。その人影はこの状況と常識から判断するに、このクラスの担任教師であった。彼女は黒板に深雪の下に潜む一昔前に降ったであろう土のついた雪のように少しばかりの灰色がかった白色のチョークでコンコンと言葉を連ねていく。


河南 ユリエダ カワミナミ


彼女はおそらく名前であろう単語を三つほど書き、口を開く。


「私の名前を一発で当てた人はいません。自信のある子は挙手をしてくださいね。」


俺は全思考をフルで働かせた。

おそらく聞いているのは河南,のことだろう。河は、訓読みで、か、かわ、音読みで、コウ。南は訓読みでみなみ、音読みでナンと言ったところか。それら二つの語を合わせて、河南。短直に考えれば、かわみなみ、などであろう。しかし彼女は一度も言い当てられたことがないと言った。ある程度想像のつくものであればすでに言い当てられたことはあるだろう。このクラス四十人全員で当てられない名前の場合、普通の読み方ではないと結論できる。


そして教室に入ってからも慣れた手つきで進行していることや、ある程度年老いている姿から初めて学級を持ったわけではないはずだ。そうなると、以前にも四十人近くいるクラスで同じような質問をしたはず。そして現在まで誰も正解者がいない。ということは、確実に多くの人間に聞いてきたが、それでも当てられない名前、となるのか。


ただの音読みや訓読みで構成された名前ではない、か。これは解きがいがあるな。


俺は深い思考回路の中である感情を見出した。その感情に俺の口角は釣り上がる。難しく奥が深く、未だ誰にも正解を与えてこなかった、そんな問いに。


小学生時代の過去もあり、実力に比べて過度に膨張したプライドを抱えていた俺はこの上なく興味に満ちた顔で黒板の一点を凝視していた。


河南 ユリエダ カワミナミ。


再び彼女の名前の全体像を把握する。河南からそれ以後はカタカナで書かれており、純日本人ではないのだろうか

という疑問を俺の心に植え付けてくる。もしこの下の名前が本来は漢字表記で書くのにわざわざカタカナで書き、ミスリードを狙っているのだとしたら、かなり厄介だ。

ひとまず彼女が純日本人である場合を考える。


 河南 ユリエダ カワミナミ


 河南 百合枝  河南


 と、なるだろうか。しかしこれでは苗字と名前という二つの塊で分けられていない。無理やり繋ぎ止めても河南百合枝 河南 になる。流石にこれはおかしい。


 そして純日本人でこの名前は流石に無理がある。よってこの目の前で俺に難問を悠々と見せつける教師は純日本人ではないようだ。


 再び思考の蜘蛛の巣に体を沈める。限られた情報を蜘蛛のように近づけて集め、それを検品する。令和の蜘蛛男はこの俺だ。外人である場合、河南だけを考えれば良いことになる。


河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南河南。


かわみなみ、かわなみ、こうなん、かなん、かみなみみ、かわな。考えつく名前を脳裏に書き出していく。俺の脳内で開いたメモ帳はすでに容量を超えていた。


 俺が思いつくことは確実に試されている。過去に四十名のクラスで解いたのであれば四十通りの答えが出たであろう。そしてそれら全てが間違っているのであれば、俺が今正解するには少なくとも四十一を超えた解を出さなければならない。あの教師は恐ろしい。そしておぞましい。


 しかし音読みと訓読みを組み合わせても四十は超えないだろう。おれは彼が純日本人である場合、答えを引き出せないのだ。なら、彼がそうでないことに賭けよう。


 河南 ユリエダ カワミナミ


彼女の名前をもう一度確認した刹那、俺の脳にイナヅマのような速度で威力のある言葉が落ちてきた。激しい閃光に俺の思考に漂う曖昧な解は消え去った。そしてただ一つ、答えを導くためにもっとも有用であるだろう道筋がはっきりと宿った。俺は彼女の名前の捉え方をすでに間違えている。彼女は欺いている。俺たちの思考回路を全て見据えた上で泳がし、掌握していたのだ、と。


 俺は気づいた。

この問いの本当の意味に。言葉同士に開けられた間隔、これは日本語で間ともいう。そして中学には副担任という存在がいる。となれば、この三つの言葉が表しているのは、二人の人名。


 そしてこの無駄に開けられたスペースは間を表している。書かずして間を書いていたのだ。とすれば答えは予想がつく。


河南 まゆり 


江田マカ ミナミ


この二名の名前であろう。確かにこれはわからない。わかるはずがない。しかし俺は今この解という名の目的地についたこの瞬間からこの解は解けない解ではなくなった。俺が最初の理解者。長い思考のせいで頭の中の栄養成分を使い切った俺はそのまま挙手して、あててやろうと息込んだ。


 スパパー。

 点を貫くようにまっすぐで素早いまさに竜の如く力強い挙手がなされた。

 

「や、やられた。」


 竜のように手を挙げたのは、俺でも吉田でもなく、未だ名前も知らない一人の少年であった。俺の隣に座りながらこの俺の意識から完全に抜け出していた男。そしてこの難題に自信を持って挙手をするその姿。天然パーマを宿すその頭には無限の知性と才能が宝石箱のように満ち満ちていた。彼の竜のように強い挙手は世界を覆す一手であった。


 「西澤涼さん。」


 教卓に居座るこの難題の作成者は彼の名前らしき言葉を呼ぶ。

 西澤涼か。やはり竜に相応しい語感だと真っ先に感じた。彼への興味が尽きない中、俺は彼を見やり、心の中で言葉を紡ぎ出す。


「なあ西澤。お前はこの世界を操る難題。どう解いた?」


彼は俺の意も介さず作成者をまっすぐ見つめて口を開ける。本当にいい目だ。この世界を全て自分の目で確かめて自らで一つ一つ判断していきたいというはち切れんばかりの強い意志が感じられた。

彼が紡ぐ声は彼の最終アンサーを表す。


「かわなみ ゆりえだ かわみなみ だと思います。」


な、なんだと。どういうことだ。

わからん。なぜそうなる。その答えで良いのか本当に。

俺の脳は考えることを放棄し思いつくまま単語を羅列する。


「正解です。すごいですね。」


問題の作成者は彼を称賛し、称賛の目を浴びた彼はにこやかな笑顔を返している。

どこで,どこで間違えた。彼女の名前は、


河南 まゆり

江田マカ みなみ

ではないのか!?


俺は彼に向けられた拍手の嵐から逃れようと必死に思考をする。

河南先生、は、最初に、私の名前を言い当てた人はいません、と言った。私の名前、私の名前だと。私たちではないのか。複数ではなく単数!?????


世界は公転し、俺の思考は反転した。


複数ではない。それを前提として河南は問題を出していた。それを見誤ったのは俺だ。それにこの状況。新入生。少し前まで小学生だった俺たちにそんな捻った問題など普通はしない。それに河南の河。これは小学校高学年で習う漢字。彼女が中一しか担当していないのであれば、答えられなかったというのも納得がいく。それに誰おも答えられなかっとというのは、過度に脚色した結果とも考えられる。事実としてし小学生レベルに少し前までいた人に聞くという状況、始めのつかみとして大袈裟に言っている可能性、そして日本語を流暢に話し、関西弁を使う彼女が外人である可能性が高いというのは過ぎた考えであった。


俺が導き出した解はただの妄想だったのだ。

全てを理解したのち俺は再び西澤を見た。

いくばくかの時間が経ち、その事実は室温の変化が教えてくれた。柔らかな風が窓から吹き込んでくる。春の甘い

香りを含んだ優しい風は、敗者の心を癒してくれた。


進行はすでに、クラスメイトによるクラスメイトへの自己紹介に移行していた。

俺は彼を憎き旧友の仇を取るような目つきで睨む。力を込めて睨み続ける。

彼が憎いのではない。彼が全ての状況を理解し、その上で最適解を簡単に出したその能力の高さを細かく分析するために強く見つめていたのかもしれない。もしかするとその高性能を妬んでいたのかもしれない。

真偽は不明だ。彼が導き出した解までの途中式も不明。


この世界は不明が多すぎる。だからこそその不明を改めて既知にしようとする彼の横顔は羨ましく思うくらいには美しかった。


俺はこの時から、こいつ、未来の委員長である彼、西澤涼にライバル意識を生やしていたのかもしれない。

その花が咲くことは、過去も現在も未来も起こり得ないのに。


隣で俺と西澤の横顔を我関せずと上から目線で眺め、ニヤリと不気味な笑いを讃える男がいた。

吉田雄我、世界という盤上を掌握する天下一の策士だ。

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