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自分史  作者: 暮葉畏啓
桃田林社
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自己ログ倉庫17 「厳島偏屈底衆」(いつくしまへんくつていしゅう)名前変える可能性有

草案社の見解として、私は白山比咩神社と厳島神社における認識や概念に明確な区別をしている。


白山比咩神社というのは有名な霊山白山の霊力を受ける神社であるが、われわれの間における認識は別物である。それは「白山比咩神社 吉田天満宮」に位置する。愛知県豊橋市にある社。


なぜこの神社に注目したかは我々の中では当然であろう。

また、天満宮は勉学の神様「菅原道真」を祀っているとされ、受験を目指す高校生である我々にとって深い意味も持つ。


では、今回初めて結ぶ「厳島偏屈底衆」であるが、この七訓が施行されたとしても前の「白山比咩戦略協定」の効力がなくなるわけではない。具体的な七訓をこの底衆は担当する。


厳島は厳島神社の意であり故郷を指す。偏屈は捻くれ者の意であり、偏りのある我々の思考と嗜好も表現している。底衆はどん底の衆を指し、学校での我々を示している。


では七訓の全文をここに記す。


「厳島偏屈底衆」七訓


第一訓 この底衆は皆が一律に平等な権利と公平な権利を持つ。

 底衆内に格差は必要ないため


第二訓 この底衆は定期的に厳島神社での会合を行う。

 底衆の過度な孤立を避けるため


第三訓 この底衆内では偏屈さが重要である。

 偏屈であるからこそ観測できる世界があるため


第四訓 努力義務を発令する。

 逃避は精神を壊すため


第五訓 受験は個人戦であり団体戦でもある。

 孤立者の我々が団体戦を行うために集う必要があった


第六訓 過去を振り返るならば意味を見出せ。

 脳死で振り返るのはただの逃避である


第七訓 お前らしく行けよ

 恩師 武藤の言葉


以上、七訓を結んでここに印を刻む。

我ら天命に背いて己の道を勝ち取ることを望んで


 



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