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自分史  作者: 暮葉畏啓
遊戯ろうろうとして時にむきあえばひね
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自己ログ倉庫161 「子育てについて考えてみた」

今日のお題というのは、子育てとは孤立、孤独だ。孤立ではなく孤独だということに注意してほしい。


子育てとは孤独だ。


これは今日俺が体感はしていないが、観察した内容だ。俺の家の前には新しく引っ越してきた家族がある、家庭がある。今日、子供が騒いでいたので窓から少しその様子を見た。


すると子供が二人走り回っていた。そしてその母親と思われる人物が幼稚園児のカバンを肩にかけてその子供たちと一緒に遊び見守っていた。微笑ましいと俺は感じた。


しかし、ある一つの出来事によってその環境は一変する。その女性のもとにかかってきた電話だ。するとその女性はすぐさまその電話を取り、先ほどまでほからかだった彼女の顔は色つちし目頭を落ちていた。彼女は快口一番に謝罪の言葉を言った。すみません。なぜだろうかと僕は思った。


すると子供たちはそのすみませんという言葉とともに母親の顔をうかがい、そして笑い声と歩く音、走る足音を止めた。母親を観察していた。子供というのは親をよく見るんだとその時俺は観察者として改めて実感した。母親は謝っていた。事の経察はこういうものだ。


母親は自分の息子の幼稚園児のカバンと他の幼児のカバンを取り違えたらしい。だから彼女は子供と一緒に遊び見守っている間、その幼児の幼稚園児のカバンのポケットなどをあさったりしていたのだ。あさるというか探ったりしていたのだ。


彼女はそれを取り違えるためにおそらくだが、その本当の持ち主にそれを返却し本来の自分の息子のカバンを取りに行ってくるのだろうと俺は考えた。そこまで大変ではないと思い俺はよかった。しかし俺が驚いたのはそんな母親を見る子供の寂しげな表情だった。


そして母親は一人で静かに子供たちを見ていた。電話が終わった後、母親は明らかに疲れていた。子供たちは静かにそれを見ていた。母親は子供たちを見ながら少し考えているようだった。そして子供たちに母親を見ながら少し考えているようだった。静かな時間が続いた。


そして母親はそのカバンを渡しに行くことを決め子供たちを家に戻すようにした。その時の言葉に俺は驚いた。兄弟なのだろう。兄らしき子供の名前を彼女は呼び、そして弟らしき子供の名前を呼んだ。兄は弟の面倒を見てあげて、というような抽象的な言葉ではなく兄は弟の手をちゃんと握っておいてね。

彼女はそう言った。


子育てとは孤独だ。


子供がいるから孤独ではないと思うと思うかもしれないが精神的には本当に孤独だ。子供というのはたとえ同じ人間であっても、たとえ人権を尊重する存在、尊重すべき存在であったとしても、自分とは違う。考えるスピードも考える内容も、そもそも立場が違う。


自分は子供たちの監督権がある。守らなければならない。子供たちを自由に過ごしながらその様子を自分が守る。危害から防がなければならない。


その時、同じ立ち位置にいる存在というものはそういない。仕事で夫がいない状況で妻というものは自分以外に子供たちを守る存在がいないと思ってしまう。


たとえ夫がそうではないと思っていても実際にその場にはいなかった。彼女はただ一人だった。子供を守り、子供のことを考え、自分が家に出る、家から出る、その場から離れる際にも子供に細心の注意を払って、そして家を出る。そしてその外では自分と同じ母親であろう人との関わりが待っている。トラブルが待っている。彼女は自分の子供を守るだけでなく、他者との関わりも守り、つなぎ、耐えねばならない。


孤独だ。確かに子育ては大変だ。それは俺が前考えていた、技能や能力、専門的な知識やそういったもので、ものが必要なものが大変であるという考え方を俺はしていたので子育てというのは誰でもできるだろうと思っていた。


別に勉強ができなくても子育てはできるだろうと思ってきた。しかしそれは違うだろう。確かに全員が通らなければならない道という点においてはいや結婚し子供を産んだ人間なら通らなければいけない道なので勉強などの、そもそもできるかどうかなどの技能といった面が必要ではないと言えるがそれでも根気と精神的な強さというのが必要だと思う。


自分一人、なんとか過ごせれば良いというのが子育てをしていない人間の考え方なのかもしれないし。守るべきものを見つけ、そのために自分の身を焦がし、自分の人生の大部分を預ける。


それが子育てなのかもしれない。そして自分が奉仕する相手は自分のことを常には理解していない。そういう精神のもとで尽くしている。


たとえかわいくても、自分の息子がどれだけ魅力的であってもそれだけが自分の孤独を養ってくれるものにはならない。常に自分は孤独である。


母親というものは孤独であり、子育てというのは孤独である。であるならば男として夫として家庭の大黒柱として彼ら彼女らを支える立ち位置に未来なるであろう俺は子育てに対してより深い感謝と妻に対して思いやりを持つべきだと少し感じた。


そして子供たちは予想以上に親の顔をうかがいそして親の真似をして生きているんだということも頭に入れてこれからを過ごしていきたいと思う。とはいえ俺は高校生なんだがな。

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