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自分史  作者: 暮葉畏啓
子供幼社
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149/155

自己ログ倉庫149 「ネットでの棲み分けについて。小中学生のネット利用について。」

「1」

今日の題名というか、今回話そうと思っているテーマは、ネットでの住み分け、気づかないアルゴリズムっていう2つのテーマを今回話していきたいと思ってます。


私がこのテーマについて考えようと思ったのは5分前の出来事でした。がきっかけでした。えっと、ティップカップがなんか動画編集サイトみたいなのがありまして、それで僕はちょっと前にYouTubeでなんか動画を出してたりしてたので、それの編集用のアプリを入れてたんですが、そのアプリから通知が来るんですね。


その通知でなんかちょっと興味そそるのが来たので、それをちょっとクリックしたんですよ。で、なんか僕は結構その動画投稿サイトはYouTubeかニコニコ動画ぐらいしか使ってなくて。で、その2つも4つもなんだろう、平成10何年ぐらい前のアニメとかの動画を見たり、声優さんの動画を見たりしてるので。なんかその僕が見ている視聴者層っていうのはだいたいその割と高校生より上とか大学生、さらに20代30代40代ぐらいの年代が多くて、中学生とか小学生がたどり着くような場所ではないんですよね。


個人差あると思いますけど。一般的にはたどり着かない場所。だから僕はその動画投稿サイトとかでは子供、まあその口調が明らかに子供の口調であるみたいなそういうものをあんまり見たことがなかったんですよ。で、LINEの方にもなんか動画を投稿できる機能があったりとか。


「2」


今回のね、動画を編集するサイトにその動画のなんか、なんだろう、投稿する環境みたいなのがあってとかいうのは知識として知ってはいたんですけど、実際見たことはなくて。


で今日それを実際にやってみたら結構驚いたんですよ。コメント欄とかを見てるとやっぱりその完全に明らかに口調が子供なんですよね。で中学生から多分中学生ぐらいだと思うんですけど。ものすごくその、なんだろうな、集合体というものなのかな。集合知の比喩的な言い方でしていう集合体。その彼らの生態系の中ではいわゆる同い年ぐらいの年齢層の人たちが、いわゆる共同体として確立していて。そこにその外部からやってくる人。例えば大人、年長者とかが外部から入ってきた時に。


その人の意見ってだいたい食い違うじゃないですか。それはその人生の経験の量とか、そもそも中学生と大人だったら考えてるものとかの視野の広さとかが全然違いますから、割とその差と差ような言い方をされる人が多いんですよ。そういう環境に入ってくる年上の人っていうのは。それに対してその同い年ぐらいの年齢層の人たちで構成されている共同体っていうのはそれに反発して、 その年上、いわゆる差し対象。例えばよくあるのは動画を投稿してる本人、主さん。


動画の主さんに対してなんか言ってくるから、それに対してコメント欄でその動画投稿主さんの友達みたいな、ネット上のそういう友達みたいな人たちが反対する、反抗するみたいな形が結構なんか2、3個見たんですけど全部そんな感じで。なんかその最近は霊障っていうものが流行ってるのでなんか霊障きついよみたいなこと言ってるんですよね。実際になんかそのめちゃくちゃ批判されました。


助けてくださいみたいなのをなんか別の動画で出してて、その投稿主さん、多分なんか体育大会の鉢巻とか言ってるから多分中学生ぐらいなんですけど。そのなんかめちゃくちゃその批判されましたっていう動画に対してのコメント欄で、同じぐらいの同級生ぐらいの口調の子たちがみんななんか大丈夫?とか言ってるんですよ。で僕もそれ見てたら、なんか普通にアンチとか来たんかなと思ってその元動画を見たら。なんかね、なんか打つコメント、打つ動画みたいな感じで。体育祭がありますと。


で鉢巻を付けないといけないと。なんか足遅いって言われました。髪を切ったら鬼ギリって言われました。その2つでなんか2つに対してもうこれって死ねって言ってるもんじゃないですかみたいなこと言って、なんか落ち込んでるみたいなのがその動画の内容だったんです。


それに対してそのアンチと、その世界でアンチとされている人は鬼ギリって言われたことと足が遅いって言われたことのその2つでどうしてその死ねっていう意味になるんだっていうので笑ってたわけですよ。で僕もそれは思うわけです。 それはなんでそう思うのかっつったら僕たちがそれらを中学校の時の出来事を乗り越えたし、その後に視野が広がって、なんだろうな、人間関係の気分においてそこまで重視しなくなったとか様々な理由があると思うんですけど。


まあその2つだけで死ねというふうにつなげるっていうのは論理が雑だよねっていうのは簡単にわかるわけじゃないですか。でも中学生の時ってそんなわからなかったり、そういうふうに思わない場合もあるじゃないですか。こういう感情の話っていうのは何が正しいっていうのは存在しなくて。だからサトシっていうのもちょっと違うんですよ。だってその当人が本当にそういうふうに思ってるんであったらそれは本当なわけだから。だから僕はそこでなんか死ねって言ってる意味じゃないんじゃない?っていうふうな問いかけ。


いわゆるもう一度そのことについてよく考えてみなよっていう問いかけならいいと思うんですけど。そうじゃないだろっていう断定を外部から持ってこされるとそうじゃないよっていうふうに多分みんなも反発するんだろうなと思って見てたらなんか面白いなと思いました。で、このちょっとした出来事から僕が連想したこととしてアルゴリズムという単語があります。


僕は、かれこれ高校生になってから3年間ネットを使ってたわけですけれども。こういう人、こういうコメント欄の民度に出会ったのはあんまりなくて。直近で言うと今回が初めてというか。それまでの、なんか、過去に数ヶ月間に一回あったかなぐらいなんですよ。で、うんと僕は。僕が使っているYouTubeもニコニコ動画も、これくらいの年代の人が使ってたりはするじゃないですか。


僕はそのTikTokとか、なんかその他そういうLINEのなんか、なんだろう、そういう機能のところとかも一切触ってないんで。見てたこともないのでわかんないんですけれども。そういうアプリっていうのは結構その若年層が使ってる割合が高いじゃないですか。だからそういう若年層はそもそも量として多いよ。そういう人たちのメインだよっていうサイトではないサイトばっかり使ってたからそういうものに出会わなかったのかなっていう点、僕の予想ともう一個、僕がこういう人間に全然出会わなかった理由としてやっぱりアルゴリズムがあるなと思うんですよ。YouTubeにもこういう人たちはいますと。


でなんでこの人たちが僕の周りにはいなかったのかっていうと、僕が好きなもの。いわゆるYouTubeはコメント欄がこうアルゴリズムで来るわけじゃなくて、動画がアルゴリズムで来るわけだから。趣味嗜好っていうのは基本的に動画とか、YouTubeで言ったら動画になりますから。僕が好きな、簡単に言ったら僕が好きな、僕が興味ある動画、コンテンツが僕より下の年代の人がメインのコンテンツではないって話なんですよ。


「3」


簡単に言ったらね。僕が好きな作品。例えば今日古本市場で漫画買ってきたんですけど。買った漫画がストライクウィッチーズの片翼の魔女たちの1巻と魔法少女リリカルなのはのイノセントの漫画1巻と3巻と月姫の第3巻とストライクウィッチーズ2のオープニングのCD1枚買ったんですよ。で、これ購入品から見てもわかる通りストライクウィッチーズっていうのはだいたい10年ちょっと前ぐらいです。で、月姫に関しては2005年ぐらい。漫画が2005年ぐらいだったんでほぼ20年ぐらい前で。


で魔法少女リリカルなのはも2006年2008年とかだからほとんど20年ぐらい前なんですけど。僕の買ったイノセントっていう漫画は魔法少女リリカルなのはの本編ではなくて、なんだろう外伝的な要素かな。一応藤真拓哉さんが書いてるんだけども。そういう感じで2015年ぐらいなんでまだ10年ぐらい前なんです。僕は基本的に2000年代、ゼロゼロ年代とか10年代とかの方が大好きで2020年代の作品でめっちゃ新しいなって。2020年ってめっちゃ新しいやんと思うタイプの人間なんだ。


だから6年前の作品がめっちゃ新しいやんっていう人間のタイプ、人間ですから。そもそもそういうなんか点がちょっと、なんだろう若年層があんまりいないところになるのかなっていうふうに思ったりもするんですよ。ストライクウィッチーズとかリリカルなのはとかっても結構そのファン層がもう40代の人たちが多いそうなんですよ。もうね。だって20年ぐらい前でその時に例えば高校生18歳とかだったら今はもう38歳ほぼ40代。40代で30代後半とかそんな感じですから。


そう思うとやっぱり僕が好きな作品の好きな人たちは僕が見てるそういう作品の動画にコメントするわけですけれども、そのコメントする人たちがみんなだいたい30代とかだからちゃんとした良識ある文章としてまとまった論理の通った文章になるんですよコメントがね。


だから僕はそれ見てて別に普通だなと思うんですけど。こういう年齢層の人たちを見てるとやっぱりなんだろうな、ちょっとこう新鮮だなって感じるし。特にその一番面白いのは、興味深かったのは論理としてただ通っているかよりも、その共同体の中で何が正しいとされてるか、何が正しいと認識されているのかっていう。


そちらの方に重きが置かれているっていうふうな現状だったんですけど。それが一番僕は興味深いなと思ったんですね。基本的に成熟していくとっていうのが必ずしも比例してるかどうかわからないんですけども。基本的に成人すると、成人というか大学生ある程度その論理が理解できるようになっていくとコメントとかでも何が正しいのかっていうのが論理的に解釈されて論理的に正しいコメントが正しいよねってなるわけじゃないですか。


何を問題にするのかも何を問題にして何の動画を思ったのかっていうその感想に対しての僕たちの考え方っていうのも基本的に論理的に考えるわけじゃないですか。でも僕が今回見たところでは例えばさっき言ったように鬼ギーって言われた、神の木って鬼ギーって言われたことと走ったら足が遅いって言われるこの二つのことで僕は死ねと言われているっていうふうな解釈をしました。これは論理が雑だよねと。別にそういうこと言ってるわけじゃないよねっていうわけじゃないですか。


言い方はちょっとひどかったかもしれないけれども、そのアンチっていうこの中で言われてる人はその二つが必ずしも死ねと断定できるわけじゃないよって。なんでそれを死ねと思ってるのかよくわかんないねっていうことを言ったわけじゃないですか。論理としては通ってるし僕が、僕というかコメント欄がもし30代ぐらいの人たちがメインだったとするならば心配をされる方は多いと思うけれどもこのアンチと言われてる人に対して論理としておかしいよとか言ったりするやついないじゃないですか。


言ってることは正しいけど言い方に気をつけようねとか。そのコメントというか動画の主に対して心配する意見は多分多いと思うんですよ。コメント欄が30代ぐらいの場合。でも今回の場合は実際に30代ではなくて、おそらく中学生、高校生、いたらちょっと怖い。逆に怖いな。僕高校生の時にはあんな話し方してないから。会っても中学生だったらいいなと僕は思う、希望的観測するんですけど。


小中高生がメインのコメント欄だったら、それに対してどういう反応が起きたかというと、論理が雑とか、論理としてどうかとか、論理的にどうなのかとか、そういった論理というものをそもそもコメントで話題に出さなくて。何を言ったかというと、否定されている言動、否定している言動、今何がどんな状況になっているのかっていうその状態に対してすごいみんな関心があったんですよ。


言葉の中身よりかは、言葉の外装として、その言葉がどういう言葉なのか。今回でいうとアンチっていう言葉ですよね。アンチっていう存在だったと。そのアンチという存在に対して、アンチだから対抗しようっていう言い方になってるんですよ、みんな。だから、なんかその言葉に対して冷笑とか、適当に今流行ってる言い方でラベリングして、そのラベル、ラベリングのそのラベル自体が否否されるものというふうな定義があるから、それを使って冷笑するなとか、冷笑痛いぞとか言うわけだよね。


で、なんかその定型文というか、基本的にその不毛な、論理としても通ってないし、感情としてもいいものでもなんでもない、ほぼ罵造語。僕からしたらもう動物の鳴き声みたいな感じの言葉を報酬し合うわけじゃないですか。ちょっとそういうのを見てると、ほとんど動物的反応だなと思うわけですよ。で、それに対して動画主がなんかゴミクズみたいなこと言ってたりもするんですね。


まだそれくらいの年齢だったら、例えば自分が動画投稿させて、ちょっと落ち込んでるツイートとか動画投稿。今回だったら動画ですけれども。動画を投稿した時に、アンチみたいな。アンチとして自分が解釈したのかどうか分からないですけれども。否定するような、自分の感情を否定するような。論理としてどうかっていうのではなく、自分の感情を否定するような言葉が来たときに、自分が不快な気持ちになった。


自分が不快な気持ちになったっていうのは、相手が加害者で自分が被害者であるっていう精神的な話に帰着させて、それで周りの人に助けを求めて、コメント欄で同じような考え方のステージの人間が、そのアンチという定義された、ラベリングされた人に対して反発すると。


そこに論理があるかどうか関係がない。ほとんど関係がない。本当に論理があったとしても、その論理、むき出しの論理で渡すんじゃなくて、その論理を、その言い方が優しかったりしたのであれば、多分コメント欄もアンチではないというふうに返答されるんだと思うんですけど。


言い方が強かったらその時点でアンチになってしまうっていう。これがちょっと面白いなと思ったんですよね。で、論理を関係なしに彼らが、なんだろう、反応するっていうところがちょっと面白いかもしれないけれども。彼らが反応するっていう状況。これを見たときに僕は、やっぱりそうだよねと思ったんですよ。


「5」


正直、中学生で論理的に日々の生活でそういうことを考えられる人間っていうのはどれだけいるのかっていう。ほとんどいないですよねっていうね。で、中学生ぐらいだったら、憲法とか法律とかいうでっかい、聞いたことあるから知っていて。今回著作権がこうだからとか。


今回のそのコメントでついてた憲法をなんか紐付けた、中高生ぐらいの人のコメントが一つあったんですけど。それはなんか。なんか侮辱したら訴えるぞだっけな。なんかそんな感じの言葉だったような気もするんだけども。憲法でなんかこれはダメだと言われてるから、お前はダメなんだ、憲法も知らないのかみたいなこと言ってたわけです。憲法と法律っていうのは別のものですよねと。


で今回のその言葉っていうのも憲法に書かれていることなのか法律に書かれていることなのかってまた別の話じゃないですか。そもそも民法なのかとか。そこら辺に関しては僕も全然文系じゃないので全然わかんないんですけれども。中学生の人たちがそんなわかってるわけじゃなくて、聞いたことを言ってるわけじゃないですか。だから多分そういう年代の人たちが憲法とかをそういうふうに扱うってことは、ある程度自分の中で憲法について理解をしてるというつもりで言ってるわけじゃないですか。


いわゆる自信がそこにあるわけじゃないですか。自分からその話題を持ち出すってことはね。でもその実情は全然合ってないじゃないですか。そうなると多くの場合、知らなかった罪を背負うことになると思うんですよ。つまり僕は憲法を知ってるって思ってる。知ってると思い込んでる人間っていうのが一番法律を間違った解釈をしてしまって、それで罪に問われるわけじゃないですか。


僕は法律についてよくわかんないってそういう自覚があるなら、何か思い切った行動をするときにちょっと確認したりするじゃないですか。でも自分が誤った知識を持ちながら自分は法律についてちゃんと詳しいんだと思ってたら、その確認という行為を取らないことが多いじゃないですか。絶対とは言わないけれども取らないことが多い。だから結果的に知らなかったとか勘違いしてたっていう理由で捕まったりするわけじゃないですか。捕まるっていうか起訴されてするわけじゃないですか。


今回の場合もそれとちょっと関係してるように思えて、中高生の人たちっていうのは教科書とか社会の授業とかで法律っていうもの事について軽く学ぶわけじゃないですか。でもその時はその中高生が理解しやすいようにちょっと事実をねじ曲げてわかりやすく構造をわかりやすく伝えてたりするわけじゃないですか。抜粋して伝えてるわけじゃないですか。だからそれでちょっとこう僕は知ってるんだって勘違いするじゃないですか。



基本的に全員勘違いするんですよね。で、その後高校でもうちょっと詳しい内容を学びますと。法律について、そのあと大学生ぐらいになって理系の人とかは法律に触れないから大人になってから僕結構忘れてるから読み返そうというふうになるわけじゃないですか。


僕そんなに覚えてない、理解してない。でも文系の人は法律ちゃんと学ぶわけじゃないですか。大学生になっていくとやっぱりその法律とかに対して自分がどれくらい知ってるのかっていうのをある程度論理的に考えることができるじゃないですか。僕は理系で文系の人が法律を詳しく学んでるのであれば、僕が知ってる法律の知識ってのはすべてではないんだって自覚できるし、法律ちゃんと学んでる人間からすると実際に触れてるわけだから、どれぐらいの全体像があるかっていうのを具体的に掴めてるわけじゃないですか。


でも小学生の間っていうのはそういうものを知らないから勘違いしやすい年齢なんですよ。でも社会に出る年齢としては、大学生以降じゃないですか。基本的には。だから小学校の時にたとえ勘違いしていても、今までの社会体制であれば社会に出るというのはだいたい大学生以降だから、それまでに勘違いだったっていうことを自覚できて、法律に対して謙虚な視点で、捉えられるじゃないですか。


だから基本的にちゃんと物事は進むんですけど、今の世の中はネットというものがあるから、小中高生でも社会というものに接続できてしまうんですよ。だから勘違いしているステージっていうのは正常な成長なのに、その成長の正常な成長といえど、まだ成長しきっていない状態で社会に一時的に出てしまうと、やっぱりその未熟さっていうのが一気に叩きのめされるわけじゃないですか。



「6」


ドラゴンクエストでいうとレベル1でスライムのなんかこう村みたいなのでスライム戦ってる時に急にその魔王が来て自分とぶつかって打ちのめされたら、そんなんもう最悪じゃないですか。もうめっちゃ嫌な気分になるじゃないですか。なんなんこれって思うじゃないですか。


本来は地道にレベルアップしてって人倒せるようになるのに、そんな急にでっかい強いやつが来たらもう意味わかんないっていうわけじゃないですか。だから基本的に魔王がもしそんな村に出てきたら、同じ初心者の人たちが集まって守ろうとする。倒そうというか守ろうとする、防衛意識がある。この時に自分と同じ立場の人っていうのが強い仲間意識が生まれたわけじゃないですか。


これが今回のこのインターネット中高生が使っている環境内、中高生がメインのコンテンツで見られる特徴なのかなと僕は少し考えたりもしました。

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