自己ログ倉庫146 「幼馴染をブロックした理由と行動できない人間への疑問」
元々恒常的にオタクをバカにしてること。不足した浅い知識でオタク文化や特定のコンテンツに対して単純化をしている前提で我が物顔で語り、馬鹿にしていること。そいつは高校で孤立していて、俺も孤立気味だったから孤立を話題に話していたけど最近故意に返信をしないようになっていること。
俺が会話のキャッチボールをしろ、
俺はオタクだからオタクに仲間と大学で仲良くなるけどお前は趣味ない無キャなんだから一層人間関係の課題大きいのにキャッチボールすら躊躇ってたらどうするんやといったらそいつが「君も僕にそんな大量に送ってきてメンヘラなんやから大概や」みたいな意味不明な論理の通っていない謎返答をしてきたこと。それらがつづいたこと。
大学になってオタクと濃い会話をする俺に、今更そんなオタクを嫌う人間関係の下手な人間はいらないという俺の思いと、
単純に話していても捻くれすぎているのと、社会的価値を優先しすぎている考え方が嫌いで話が噛み合わないこと。
俺はオタさー入ったら絶対友達できるのよ。あいつはどうか知らんけど。
まあ、だからさ、今までさ、前にもちょっと言ったかもしれんけどさ、高校で孤立しました。だから別の高校の元同じ中学だった友達と高校で孤立してるということを話題にし、盛り上がることができたわけよ。いわゆる、ネタにできたわけ。でも俺は、俺は大学になると、その大学で孤立してももう俺は知らんよって話。だって大学で孤立しました。イエーイ、それを話題にするぜっていう相手はもういないんだよ。だって俺はもう孤立しないから。孤立しないし、俺はやりたいことたくさんやるから忙しくなる。そんな時にこんなやつとずっと話してる必要ない。そもそも俺は孤立しない。これは事実。そんなもう当たり前やん、そのさ。俺が行く大学にさ、なんか東方が好きなサークルとか、ソホンのサークルとかさ、オタクのサークルって、まあたくさんあるわけよ。そこ行ってさ、このキャラ好きなんですけど、この歌好きですよって言って、あ、いいですねって言って、一緒に今度こういう場所回りますかみたいなので行けば友達はできるわけだよ。貸し借りしたり、なんかこんなの売ってましたよとか言ったりできるわけだよ。当たり前にそういう話すことができる友達みたいなのもあるわけ。逆にそういう趣味、いわゆる話す土台がない、足場がない人間っていうのはどうするのかというと、自分からある程度アタックする必要もあるし、最初はなんだかんだ仲良くなるってめっちゃむずいんよ。
なんかそいつは高校でも人に話しかけることをできない人間で、話しかけられたらこう答えるぐらいしかしないから結局孤独になったんだよ。で、高校と大学は違うとかそういう感じのことをそいつは考えてるし、孤独は別にそんなに悪くないよとか言ってるんだけど。孤独は別に悪くないよは話をずらしてるだけ、ずらしてるので考えないとして、孤独になるかどうかという点においては多分孤独になるし、孤独になるのが仕方ないみたいな考え方をそいつはもうすでにしてるんだよね。かわいそうだなっていうのは思うよ。それは孤独がかわいそうっていう孤独な人間かわいそうっていう孤独じゃない人間からの想像ではなくて、俺が実際に孤独だったからこそ思ってることで。でもまあその孤独だったからっていうので、全員が全員同じ気持ちっていうわけでもないけれども、そいつ自身は孤独であることを悲しんでたし、つらそうにしてた。それは事実。でもそれが1年2年続くと孤独であることが普通になって逆に居心地が良くなってきてるわけ。つまり自分の環境が変化することが怖い。だから今まで孤独だったんだったら孤独のままの方が精神的には楽だよねって話。でも楽であることと幸せは別なんだよ。エネルギーを過度に消費しない、全然消費しない、そのままずっと行くっていうのは気分が落ち着いてるっていうふうになるんだけれども、その分楽しいっていうのはあんまりないわけだよ。で、人間関係をしないで居心地がいいし、ぬるま湯使ってるっても言えるんだけれども。結局、割とそれはそれで幸せだったりと思えるかもしれないけど。リアルタイムで幸せを感じることはない。孤独で。で、自分のやるべきことがたくさんあって、だから孤独なんですっていう人間もいると思うんだよ。で、俺も割とオタクで好きなものが昔よりだから。そもそも話題が高校という狭い人間関係の中で俺ぐらいのオタクがおらんかったからあんまり話合わなかったんだけど。下に関しては趣味というのがそもそもないわけで。
で、孤独になった理由っていうのは自分から話しかけられないとかそういう方向だから、結果的に一人でいること、一人で何かをするっていうのはなくて、一人になりましたっていう方なんだよ。だから一人になった後何するかって言ったらYouTube見て時間つぶすとかしかないんだよ。そいつは趣味がないから。オタクを嫌ってるから、バカにしてるから。だからなんか本当に不毛だなと思って。で今まではそんなやつとも俺は一緒に孤立してるなっていうので笑いながら近くの人間で話してたんだけどもそれもしないから。俺はもうめんどくさくなった。オタクをバカにするやつと話してることでなんか自分、いわゆるオタクがオタクの世界にしか生きてなかったらどっかで威張っちゃったり、オタクであることが普通だっていうふうな価値観になると、これくらい普通だよねみたいなんで、ちょっとずつこう公衆衛生上良くないものみたいなものをもう感覚麻痺していく。それを防ぐために俺はオタクをバカにするやつっていう存在と話をしてたんだけど、それすらも意味がないなと思ったんだ。なぜなら大学でオタクとするのにそんなオタク嫌いなやつと一緒におっても意味がないなっていうのは思った。なんかひねくれちゃったんだ。それがなんかもう遅いというか。もうなんか俺は別にもうそういう変な思考はもういいわって思ってる。正直。なんか子供だなっていうのは感じた。で、付き合うのがめんどくさいし労力かかるしエネルギーもかかって大変。だからもう俺は切ろうと思った。正直、なんだろう。本音を話せる相手っていうのが割と良かったんだけども正直本音を話す必要もないかなって。なぜならそこまで不幸になるし未来が見えないから俺には。大学生活でそこまで高校のようにずっと孤独でみたいな感じにならないから。俺はそのオタクだから孤独になったっていうのはオタクっていうか、今のオタク、今の高校生のオタクとは違うオタクだったから。そりゃ話合わないよね、孤独になりがちだねっていうのもあったからそれで仕方ないと思ってたけど。だからといってだから大丈夫ではなくてちょっと悲しかった。だけど大学ではそれはないと思うから。なくなるから。東方好きなやつとずっと東方のシューティングゲームサークルでしたりとかさ。いろいろ忙しくなってくるから。もうちょっとなんかそういうやつとはもうバイバイかなって思ってる。で、なんかそういう本音を話せる相手っていうのも別に必要ないかなと思ってる。それは別に大学で作ればいいし。作れなかったとしても別に本音を話す必要もないと思うから。
もう普通にかわいそうとかそういう気分もなくなったんだよね。かわいそうだと思っていた時期はあったけど、もう今本当にどうでもいいという思いしかない。なんかね、めんどくさいんだよな。こっちが心配しても何の返答してこないから。何のこっちゃ言ってんだほんと。普通いう思いが一番強かったかな。いや本当バカだよな。どうすんだろうね。ほんと。うん、多分もうこうなる一方なんだろうな。性格上そういうのになるのは仕方ないのかもしれないけどね。あそこまで卑屈でひねくれて、嫉妬深くて、なんかもう閉じこもってさ。自分でさ、年齢制限のあるさコンテンツの商品を買うこともできないねんで。マジなんかなんか驚いたもん、俺。え、お前そんなのもできんのって。いやレジ行くだけやんって。なんでお前来えへんのって。声もあげれてなかった。飲食店行ったときに、あの定員に注文するのも自分でできんかってん。そいつ。俺がパーって鳴らして、すいませんっつって、あのお冷くださいとか言っても、その後にそいつがボソボソ言うか、あの俺が言うか。なんかほんまなんかもうかわいそうになってくるのよ。
なんか。そのかわいそうっていうのはなんだろう、その性格に対してかわいそうだけど、そいつをかわいそうと思ってないんだけど。そんな性格持ってる人間ってかわいそうじゃね、なんかめちゃくちゃ。そいつらなりの幸せはあるかもしれないけどさ、何も行動できてなくてなんかもうええっていう。だからなんかそれでさ、オタクならまだわかるよ。好きなもんあるんだな、自分の世界あるんだな、まだいいやん。自分の世界に入るねんで。何して生きてんのって思うね、マジで。ちょっとほんまになんかそういう人間かわいそうやわ。
いや俺はさ、今さ目の前のさ、今日買ってきたさ、ねんどろいどのさ、宮富吉川のさフィギュアを見てさ、ニヤニヤしてるんだけどさ。いや、俺は別に精神的にあの問題もないんだけど。なんかね、そういう辺ってなんか、えー、なんか。なんか俺のさ、理解できないのよ。自分から動かないとかそういう感じが。まあ一応さ、その自称でさ、エスって言ってるんだよ。何事においても。でこれはなんか、その、自分。なんか俺はね、倫理観がないってそいつに言われたんだけど。その何がダメなのか何が良くないのか何をするべきでないのかみたいなのがあんま俺考えたことなくて。それは法律になんか反することやらないようにしてるんだけど。今日だってなんかそのねんどろいど買ったんだけど、その帰り道に踏切があって。でも全然そのなんか通り道。あの踏切じゃなくて鉄道が前に通っててその踏切から遠くにあって見つからなくて。
でも早く帰らないといけないって時にその踏切を越える歩道橋があったんだよね。歩道橋って言ってもあれなんかあの人がその越える橋みたいな。それがあってそれを見つけて。その歩道橋登る階段がその段段の階段しかないわけよ。いわゆるスロープがないから自転車本来は持っていくこと無理なんだけど。俺はその段段のやつ誰でも通らんかったから、自転車ね、1回。ガタガタ言ったけど登って降りた。かなり3階ぐらいの高さがあった歩道橋やってんけど、それ登ったから。別になんか登ろうと思ったら登るっていう感じのタイプの人間なの。これだけでもわかると思うんですけど。そういう人間だからなんか怖がってしないとか意味がわかんなくて。で俺はなんか他にももうめちゃくちゃそういうエピソードあるんだけど。例えばなんかこう、買おうとかやろうと思ったらすぐやるんだよ。だからスルガヤとかの通販でいいもの見つけて、これ買いたいなと思って。でもその購入の方法がなんか現金とかじゃないの。通販やからお金先払わんとあかん。
どうしたらいいんだろうと思ってペイペイかと思って。ペイペイやるかと思ってペイペイアプリ入れて、そのままチャージするんやなと思ってコンビニ行ってローソン行って、ローソンでチャージして3000円入れて購入して、その後届いたとか。なんだろう、ちっちゃいことかもしれないけど。俺は普通に。だから俺はなんかすごいことしようと思ってるわけでもなくて、ただ単に日常的にこれしようと思ったらそれをすぐするみたいなそういう人間なのよ。だからなんかこう、文化祭の時に屋上に入ったらいけなかったんだけど、屋上入ろうかなと思ってちょっと入ってみようと思って入って、ちょっと日向ぼっこしたりとかは普通にしてたし。そういう人間なのよ。なのよ。先生に怒られて、まあそうっすかって感じなのよ。でもそいつは先生に怒られる可能性が1ミリでもあるものはすべてやらないようにしてんのよ。で先生に怒られたらなんか怖がってビビってなんか動けなくなるみたいな。そういう人間なのよ、そいつはね。だからなんか、なんだろうな。これは理解ができない。でそいつに対して理解できないっていうか、そういう人種に対して理解ができない。どういう心理なの、それは。動けないとか意味がわかんないんだけど。それって楽しい。人によって楽しいさ、なんかやつ、定義みたいなの違うかもしれないけどさ。俺は単純になんかつまらないと思うんだよ、そういう生き方。逆にそいつらからしたら俺の生き方はなんか心臓に悪いのかもしれないけど。
例えばさ、俺はさ、興味本位でさ、その、まあなんだろう、ちょっと良くない話になるかもしれないけど、夜の営みとして孤独だから。孤独というか、別に彼女がいるわけでもないから、G行為をしようと思ったわけよ。で、それでそのドールみたいなのがいいなと。俺は直感でってか、ネット見てて、あ、これいいじゃんと思ったわけよ。ドール作りたいなと思ったんだよね。それはなんかすごい直感的な思いだったんだけど、そこからじゃあ髪の毛どうしようかなとか服どうしようかなって思って、百均行ってダイソーとかセリア行って、ウィッグ買ったり、服はねドンキホーテで買ったんだけど、コスプレ用の服を。それを買って、自分の布団の分厚めな布団をうまく使って、で、紐というかゴムのなんかやつで、それをこう、なんだろう、円柱状にして、そこに服着せたりして足もこう作ったりして、で、穴も作ってやったりしてたんだよ。っていう。それを見たときにもしバレたらやばいとか、なんかそれを買うときにどう見られるかわからないとか、それをしている自分って一体とか、やばいかなとか、なんだろう、そういうなんか人に言えないことをするのはダメだみたいな、怖いとかそういう思いが、多分その吉田とかそういう他の俺の幼なじみとか他のやつにはあるのかもしれないけど、俺は単純にやってみたい感にあるんだよ。別にそれをやることでなんか実害を与えるわけでもないし、別に誰かを痛めつけてるわけでもないから、別にいいよねっていう。ある程度の僕は俺の判断基準はあるんだけど、それを満たしてるからやるんだよ。で、その恥をかくかもしれないって、なんかそのさっきなんか飲食店の注文のときに失敗したら恥をかくかもしれないからやめるとか言ってるんだけど、恥をかくってなんなんすか。
その俺兄弟おるからさ。なんかこう軽い口喧嘩じゃないけどもさ。なんかそういうマウントの取り合いみたいなのあるわけよな。食事中にたまにな。で俺はそういうのなんか経験してるから、まあ普通のことなんだけど本来は。別になんかこうバカにされたりしても、言い返さずに受け止めることができるようになるわけじゃないですか。小さい頃は無理かもしれないけど、高校生くらいになったら多分できるようになるんだよ。できない人もいるけど、できる人も大勢いるわけよ。で俺はそのできる方に入ったのよね。少し前に。でまあ別になんか怒られても、その怒られたこと自体が妥当だったり、妥当じゃなかったとしても、まあ別になんかそういうこともあるよねっていうふうに受け入れてられるようになったんだよ。そもそも自分がなんか恥をかかない人間だと思ってないし、生きてるだけで人に迷惑かけてるし、バカにもされてるし。なんだろうな。この人間ってさ、みんな土壌というか、そもそもさ考え方自体が違うわけじゃんか。好きなものも違うわけじゃんか。
だからさ人によってはさ、めちゃくちゃすごいと思われるような行為をしてる人もでもさ、めちゃくちゃバカにされたりすることもあるわけよ。そんなアイドルがさ、めちゃくちゃさそこで輝いててもさ、政治の討論の場所に行ったらさ、お前何してんのって言われるわけじゃんか。だから政治家から見たらそのアイドル何もわかってないねって言われるし、逆にアイドル好きな人からしたらめちゃくちゃこの人頑張ってるよねって言われるわけよ。逆にアイドルからしたら政治家なんかなんかつまらんそうでなんか大変だなっていうふうに思うわけじゃんか。思うかもしれないじゃんか。だから結果的にそのバカにされたり恥を受けるっていうのは生きてたらあることなんだよね。でそれがないようにすることっていうのはほぼそもそも不可能。ストイックに頑張ってますイコール幸せを享受するのにためらってる人間みたいなそういうふうに受け入れられることもあるわけだから。そんな不可能だよねっていう思考実験を一回でもしたことがあれば、なんか恥を受けるのが怖いとかそういうのを思わないと思うんだけどなと思って。あと俺そもそもその外部の人間に出会ったりする。いわゆる外でなんか歩いててそういう人と会いましたって言っても、そういう人とはあの。その時最初で最後やんか。だってそんななんか通行人とさ、なんか何度も会ったりさ、逆に何度か会ったとしてもさ、なんか言われたりするかっていう話やんか。だから俺なんかかぶちゃ山っていう山を登ってる時に、なんか、ちょっと暗かったんだけど、なんか同級生ぐらいの高校生が3人組で、なんか「りょう」とか俺に言ってきたんだよ。で、その友達もその幼馴染も横におったんだけど、そいつがなんか震えてて、で俺は「りょう」って言ったんだよ。だってりょうって言ってきたからな。そいつらはりょうって言い返されるとは思ってなかったらしくて、うおーとか驚いてたけど。別にそれをなんかして、なんかそいつは幼馴染がめちゃくちゃなんかやめろやめろとか言っとってんけど。いや別にすればいいやんって。それでなんか怒られてなんか殴られたりするかって。いやしないよねっていう。で、まあ殴ったとしても、殺すほどの行為ですらないやん。なんかぶつかったりさ、なんか物盗んだりさ、そいつらなんか悪口を覚え言ったりしたらあれかもしれんけどさ。りょうって言っただけでさ、そんなことならない。まあわかるやん。でそいつらりょうって言ってから俺もりょうって言い返してやろうかなと思ったからやったわけよ。一応その動機はあるわけ。そういうのもなんか怖がるわけよ。無理無理無理みたいな。
一番初めたらレジ行けないことやけどな、そいつが。そうさ、18歳になったんやわ、高3でな。だから年齢制限のあるもの買えるやんか、堂々と。なのにさ、そいつさ、そういう店に行ってさ、合法的なやつ買おうとしたんだけどさ。俺は買ったんだけどさ。そいつがさ、なんかさ、レジに行けなくてさ、一人でなんか怖い。なんかその店員に見られたら怖い、覚えられたら怖い。もしくはなんか何か聞かれたら怖いみたいな。何か言われたら怖いみたいな。結局買えんかったんよ、そいつ。買わなかった。買おう買おう言っとってんよ。そいつ自分で買うって言っとったのに、何度も行こうとしたら行けんかった。ほんまに意味わからんくて。なんか人間としてそもそもなんか違う存在なんだなっていう。だからなんかちょっとなんかね驚いたよね、そういうところに関しては。確かに俺はその行動力という、すべてが良い行動力ではないと思うんだよね。それを俺も自分で実感してて。その、ちょっと俺はなんか無鉄砲に過ぎるところはあるよなっていうところは思ってるんだけれども。それにしてもそいつは本当に動けないからかわいそうだなって。俺は自分がしたくないことを絶対しないのよ。そういう人間だから結果的に個人としては幸せに生きれてるんだけど。そいつはなんか自分がしたくないことはしないのではなく、社会がしてほしくないことはたとえどんなに自分がしたいことでもしないっていうそっち側の人間だから。社会にとっては嬉しいのかもしれないけど個人にとって楽しくないよねっていう人間なんだと俺は勝手に考えてるけど。
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まあ今の話聞いてて、そいつね、あの昔からね、自分で完璧主義っていうことを自称してるんだけど。だからそのなんかさっき言ってた完璧主義の可能性もありますみたいなの言ってたんだけど。それ繋がってるなっていうふうに思った。で、3の失敗そのものより失敗した自分に耐えられないっていう感性っていうのは確かにそいつにあったような気がする。なんか耐えられないみたいな言葉を結構使ってるんだよな。なんで耐えられないのっていう。何が耐えられないのっていうのがよくわかんなくて。失敗そのものより失敗した自分に耐えられないっていうのは誰が耐えられないの。自分。でもね、たぶんね、耐えられないと言いつつもたぶん耐えられるんだよね。って言って自分なんだからさ。なんか、何、どういう、例えばさ、なんだろうな。口の中に20リットルの水を飲めって言っても無理じゃん。耐えられません、僕の口耐えられません。でも人間関係、感情面、目に見えないものに関して耐えられませんは意味がわかんないんだよね。耐えれるじゃん。耐えたくない。たぶんね、失敗そのものより失敗した自分に耐えたくない。失敗そのものより失敗した自分に対して考えたくないとか、そういった方向なんだと思うんだけど。だからさ、もうそこがそもそもよくわかんない。で、この負のサイクル。やりたいことができる。でも行動したときの不安を想像して行動をやめる。その結果不安が一時的に消えて、だから次もいわゆる避けるようになる。行動しなくても不安を解消できるから回避というのが習慣化するよねっていう。これがたぶんなんか理由になって、それがより進化さなることで強固になるのかなって思うんだけど。うーんっていう。まずさ、この判断基準のところさ、俺と比べてくれてるんだけどさ。そもそも俺は自分が何をしたいか。で相手は行動して問題が起きないかっていうのを考えてるわけじゃんか。俺は確かにその何の俺はしたいのかってところで動いてる感じをするとか、すごいなんか動物的な本能。
で、恥をかく可能性っていうのはどうでもいいというか。自分が恥をかいたところで何なんですかって。たぶんこれな、なんかよくわかんないんだけどね。うん。難しいな。なんででも俺、恥かくのどうでもいいのかなって思うのかなって思ってたんだけど。俺ね、あのね、高校なるまではね、めちゃくちゃ頭良かったんだよ。で高校になるとそのめちゃくちゃ頭いい人たちが集まってる高校で生活するから。なんだろうな、勉強できるということがすごい自分のなんかすごいメリット、利点とかではなくなっちゃったんだよね。で逆に俺より頭いいやついるよねって。そしたら勉強面で恥をかくことが生まれるよね。そんな側面が生まれるよねってなったら。なんか俺が一番得意だったことが、まあそれ当たり前にできないよねっていうことを知ったから。なんか恥をかくことって別に怖くないよねというか。普通だよねっていうふうに思い始めた。だから逆にそういう失敗とかを普段からせずに、なんか生きてきた人間は恥をかくという行為をものすごく恐れるのかもしれないけど。正直どうでもいいことではある。だって全部自分の問題だからさ。問題への対処。で俺はまあ手段を探して即実行なんだけど。まず問題が起こりそうだったら避けるっていうのが彼らの習性なのかもしれないよねって話なんだけど。問題対処する。問題っていうか、問題とすら捉えてないんだよね、俺は。買いたいね。どこにある。あ、ここか。はい買いましょうや。今日もだって俺さ、エイラっていうさ、エイラ・イルマタル・ユーティライネンっていうキャラクターがストライクウィッチーズに登場するんだけど。そのキャラクターのフィグマのフィギュアを、可動できるフィギュアを買おうとして。でもその通販で1320円で通信販売手数料240円なんだよ。1320円の買い物に通信販売手数料240円、ちょっと高いなと思って、いろいろ困ってたんだけど。それなら実店舗で買う方がいいかなと思って、持ってるお金3000円使って大阪に行って買おうかなと思って。今日それを10時ぐらいに思いついて、10時半ぐらいに普通に靴下履いて外出ようとしたんだよ。
で、もうふと考えてみて。今の小遣い3000円で大阪に行っても大したものは買えないよねと。それなら来月まで待ってプラス3000円を小遣いが来て6000円になったときに買いに行った方がたくさん買えるよねと。交通費はお金1000円ぐらいかかるんだけども。俺はピタパを母親からもらってて、そのピタパがだいたい1000円ぐらいしかもう入ってないから日本橋に自分のお金を使わずに行けるのはあと1回なんだよねっていうことを考えると今3000円の買い物のためだけに行く必要はないよねっていうのを考えて、俺は来月に回して今日はリサイクルショップ回ろうと思ってリサイクルショップ行って回ったら、ちょうど宮藤芳佳のねんどろいどが安くで売られてるのを気づいて。セカンドストリートっていうお店であったんだけど、そこで500円クーポンが使えるからめちゃくちゃ安くで買えましたと。3分の2で買えましたよと。でそこにたまたまサーニャっていう子がストライクウィッチーズのフィギュアでフィグマのフィギュアがあって。でフィグマシリーズだから俺が欲しいと思って、エイラもこんな感じなんだろうなっていうのでストームスクーグのサーニャのやつ見たんだけど。なんかちょっと思ったより小さくて。フィグマっていうのは可動式だから小さくなりがちなんだけど、想像以上に小さくて手乗りじゃねえかと思って。ねんどろいどぐらいだったんだよ、正直。なんか思ったよりちっちゃいな。これならいいかと思ってちょっとエイラの方は可動じゃない方買おうかなと思ってたりもするんだよ。そういう感じの人間だから。そういう感じの人間。何を俺は言おうとしてたんか忘れちゃったけど。なんだろうが、やりたいことやればいいじゃん。であとね、そのね。俺やっぱりさっきみたいに勉強できてたけど、勉強できる人間が多すぎて、勉強できるというのが強みじゃなくなったとか。オタクっていうのがそもそもバカにされる要素でもあるし。俺の友達、高校での友達、オタクの友達が同じクラスの普通のやつに自転車のなんか嫌がらせを受けてて。なんかね、なんかカゴになんか入れられてたんかな。それでそいつが言ったんだけど、矢野が言ったんだけど。オタクはバカにされるって言ったんだよ、そいつがそのとき。俺に向かって。そのときこれは、なんだろうな。自分が今からになろうとしてるオタクっていうものは、バカにされるもんなんだなっていうのは知ったわけだよ。本当にその時は美少女オタクになり始めた。まあいわゆる美少女オタクになる時に、まあ全部教えてくれた先輩みたいなもんだから、もう同じ学年なんだけど。そいつはね、ヤノっていうんだけど。
だからなんか、俺は勉強もだし、オタクに関してもだし、社会的評価が低いものに関して、まあ抵抗がないというか。多分その時、オタクはバカにされるんだよっていう。もし幼馴染のやつが言われた場合、多分幼馴染は俺とは違って、その道をやめると思うんだよね。バカにされるのが嫌だから。いわゆる恥だからね。俺は逆に、あの、バカにされる嫌でも、面白いんだからやろうぜっていう。違法じゃないからやろうよっていう。まあ違法じゃないからやろうよはちょっと気持ちあるんだけど。なんだろう。違法やったらさすがにやめるべきだけど、別に違法でもなんでもないし。要は趣味の問題で、でそれでバカにされるっていうのは仕方ないんじゃないのって。でも自分がやりたいんだったらそれやればいいんじゃないのっていう考え方だったから。あとはね、あのレゴとか俺めっちゃちっちゃい頃からやってて。レゴって、まあ俺オリジナルの城をめっちゃ作ってたんだけど。じゃあ自分が作りたい思い描いてる城がありますと。お城をそれを作るためにじゃあどうすればいいか、どのパーツを使えばいいか、どういうふうに組み合わせをすればいいか、どういうふうなものを調達すればいいかって考えてるから、直後に、このプロセスとして直後に問題解決があるわけだよ。カードゲームをやってたんだけど、カードゲームもどうやってやれば相手を倒すことができるか、相手のゲージを減らすことができるかっていうのを考えるから。問題解決がそのままあって、負けたら怖いからやらないとか、作れなかったら怖いし、時間を失うのが怖いからやらないとか、そういう話がそもそもなかったから。そういうところももしかしたら関係してるのかもしれないけど、これはちょっと想像、妄想の域に入ってるかもしれないねという話ですね。そいつは一人っ子なんだよ。で俺は三人兄弟の次男だから。ちょうど真ん中なんだけど。
そいつは完全に後者で、何か失敗した時に自分はダメだ、もうやりたくないって思いに向かうタイプでした。これはもう証明できるレベルで、何回も聞いたことですね。うーん、まあ確かに。俺自身はただの衝動が改良してるつもりはない。でね、恥に関してなんだけど。まあ、もともとなんかね、アニメとかもそうなんだけどさ。自分が見たことないアニメのさ、キャラクターとか全くわかんないじゃんか。全くわかんないんだけど、1話でも見れば、その物語とかだいたいわかるんだよね。これこういう話だよねっていう。自分の世界が広がっていく。だから、オタクになった頃なんかさ、古屋田のフリ家のコーナーに行ってもさ、全然知らんフィギュアばっかりじゃんか。でも今はさ、もうほぼすべてわかるんだよ。ほぼすべて何のやつかわかるし。半分ぐらい自分が見た作品のやつなんだよ。そこまでくるとさ、なんか、あ、アニメ見たからこんだけわかるようになったんだなって実感できるし。俺最近ブログ書いてるんだけど、購入品のブログをね、紹介するブログを。そこでなんかこう4コマ漫画交流雑誌があるとかいうのをその、例えばその4コマ漫画を紹介するときに、その4コマ漫画がどこで出版されてどこで連載してるのかみたいなのを調べると、あ、これは4コマのナノエースっていうレーベルでやってるんだみたいな。じゃあそれって何なのって言ったら、どんどん調べていくみたいなのをやっていくと、どんどんなんか詳しくなっていって。書いたり調べることっていうのがすごいそのなんだろう、自分の見えてる世界を変えるんだなっていうのをよく実感してるから。で別になんかそういうさ、ネンドロイドのその会社をさ、なんか知ってますみたいなの言ってさ、怒られたり別にしないじゃんか。だから行動するじゃんか。ね。全部そのなんだろう、自分で調べてそれをブログに書いてっていうのをやり続けてる人間だから。
自分にとっても得してるし、それで不都合があったこともないから。余計になんか自分がやりたいことは自分で叶えようっていう。自分のやりたいことを叶える存在は自分しかいないからさ。だからなんかそういう考え方が元にあるのかな。勝手にあるのかもしれないね。はい。正直さ、なんか多分本来はさ、そのどっちの人間もいるからさ。片方が幸せで片方が不幸だっていうのはさ、死語が大きすぎるからさ。良くないと思うんだけどさ。これだけ見るとさ。これだけというか、俺みたいな性格の人間をAさんっていう名前にして、友人みたいな性格のやつをBさんって名前にしたとき、AさんとBさんどっちが幸せですかって言ったらAさんなんだよな。まあAさんが幸せそうに見えるからBさんは絶対不幸せで、そういう思考を持つ人は全員不幸せだって言いたくはないんだけど。AさんとBさんに限って言えばAさんの方が幸せだと俺は思うよ。
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なんか話聞いてて思ったんだけどさ。その友人みたいな人間のさ、そのなんか心の中身みたいなのでさ。えっと失敗とは場合によっては自分自身がダメな人間であることを示す証拠になってしまうとか。失敗することを自分の価値と結びつけてしまう。だから未知のものに挑戦することが自分の価値を傷つける危険に感じられるのかもしれないとか。なんなんすか。その自分の価値とか。なんか、え? 自分自身がダメな人間になることを示す証拠になってしまうことが嫌だみたいなとか。何それ。自分を何と思ってんの。自分は失敗しないよね、自分は間違えないよね、自分は他よりもすごいよねみたいなことを考えてるの。でもそれさ、改めてそういう問題とか話題にしたときさ、なんか自分ではおかしいって思わへんのかな。間違えはあるよね。自分の価値って何なんですか。ないよな。誰が決めてるのかすらわからないし。その一般人一般男性がなんかそいつになんか自分に対してなんかお前ダメだって言ったとしても、それはそいつの干渉でしかなくて。じゃあそいつが、その知らんやつが自分の価値を決めてるのっていう話になるやんか。ちゃんと考えてみたらその考えがなんか変なことに気づくはずやねんけど。それは俺がおかしいだけなんか。多分俺の論理が雑でなんか飛び飛びに言ってるから論理飛躍してるかもしれないけどさ。自分を好きすぎない?
そいつらはなんか。で、あと自分ができると思い込んですぎない。楽しいかそれ。自分は神様ですっていうのをさ最初から思ってる人間ってさ。なんだろう。あ、でもそうか。自分は神様ですと思ってる人間が何か行動しても、神様以上のことをできることはないから。結局その、あうまくできなかったっていうのが降り積もる。結果、その自信が薄れていくから。じゃあそもそも行動しないことで、その神様じゃないと思うような行動を減らすことができるから。それでなんか気分はいいのかもしれない。でも俺はそれでそんなの幸せじゃないよねって言ったかもしれないけど、そいつらにとっては自分は神様であるっていうのが一つ大きな自信になってて、それを想像するのが楽しいのかもしれない。神様っていうのは過剰な表現だけど、自分はできる人間だとか、自分は頭がいいんだっていう、そういうなんか自分へのプラスの思いみたいなのが自分を支えてるものになってるのかもしれないね。確かにそれはあるかもしれない。で俺は自分を支えるものとしては自分が好きなものだから自分ではないものになってるんだけれども。多分自分を支えるものが多分違うのかもしれない。もしかしたら。わかんないけどね。
7
確かに自分のことをすけすぎるというよりかは、自分のことを気にしすぎているというのが彼らには合ってるのかもしれない。なんかそういう結論も出た気がするね。自分のことを気にしすぎて、俺らから自分のことあんま気にしてないもんだって。だってさ、え。すごいとは思ってないよ。でもさ去年ドロイド買いに行ったときさ、歩道橋自転車で通ったりしたのはさ、無理やり通って俺すげえなって自分で思ってたしさ。ネンドロイド買いに行きながらさ、なんだろうな、済ました顔でさ、かわいいさフィギュアをさ。セカンドストリートってさオタク向けのショップじゃないからさ普通のなんか主婦みたいな人とかさ、チェーン店のなんかおしゃれ系なさ大学生なんだよ。そんなやつらにさこう見せてさ買うの俺すげえな、こんなん買えるんかと思ったりもするし。そういうのはあるから別に俺は自分のことを全く考えてないとかではないんだけど。そこまで自分を気にしすぎているわけでもなくて。自分これ好きだよねみたいなのもあるし。俺はもう多分30万文字ぐらい自分史っていう自分のこういう考えとかをまとめてる小説があるんだけども、ネットで掲載してるというか連載してる。そういうのもあるからなんだろうな。自分のことはよくわかってるつもりなんだけど。
自分のことをよくわかってるのと自分のことを気にしすぎてることは別物で。で俺はそこまで気にしてないんだけど、彼らは気にしすぎてるのかなっていうのはちょっと感じた。いい意味でも悪い意味でも気にしすぎてるのかなっていうのはちょっと感じて。なんか好きなものを見つけたらいいんじゃないのっていうふうに思った。自分に対して対象を向けるんじゃなくて、なんか好きなものできたらそっちに対象を向かうと思うから、心の対象がね。それでなんか楽しめばいいんじゃないの。なんかさ、好きなものに一生線の人間は視野が狭いよね、バカだよねっていうふうに見る人間がいるんだよね。で、その好きなものとかはなくて。で、その自分の生き方みたいなのを客観的に見てる人間。そういう人間は偉いんだ、すごいんだって考えてる人間がいるんだよ。なんかまあそのさ、その考え方からもすでに見れるんだけど。そういうことをしてる自分は偉いんだ、偉いんだ、すごいんだ、ダメなんだっていう。それ何がダメで、すごくて偉いのって。その死語は何なのって考えたときに。人間なんだよね、それって。その行動してる主体者がどうであるかっていうふうな言い方になってくるんだよね。
でもその人が偉いって誰かに言われたり、すごいってなんだろう、論理的に言うことができたり、バカっていうふうに考えることができたりしたとしても、何か急に変わるわけではないじゃん。その結果でしかなくて。その人が行動した結果、そういうふうに言われましたって話でしかなくて。その行動しているときの感情っていうのはまた別のもので。だからなんか、あまりにもそういうことを言う人とかは、すでにその自分がどうであるかにすごい興味を持ってる人たちなんだなっていうところで自分のことを気にしてるなとは思う。はい。だからまあ普通に好きなことをして視野狭くしていっとけばいいんじゃないのって思うよ。その視野が狭いっていうのも、その趣味とかがあるかないか。で趣味をしていって自分のことを考えてないかどうかみたいな側面でしか考えてないから、その側面の中で、じゃあこの人たちは趣味に一辺倒してて自分のことを考えてないから視野が狭くなってるよねっていう言い方ができるんだけど。実際好きなものがある人はその好きなものに対してどういうふうに接するかっていうめちゃくちゃ体度にあるわけで。俺は考えながら過ごしてたの事実だから。それで視野は狭いのかっていうとまた別のものになってくる。
切り出す断面っていうものが球体であったら、どこ切るかによって半径が違う円がいくらでも取れるわけですよ。だから、ちょっとね、あのね、何か誰かにこう言われました。結果論としてこう言われました。結果論としてこう言われたというかは、結果としてこう言われた。結果に対してこう言われた。行動に対しての結果としてこういうふうに断定された、認識されたみたいなものに関しては、どこの断片を取ってそう言ってるのかっていうのを明確にした方が納得できやすいんじゃないかなと思うよ。あとそっちの方が直すところがあれば直せると思うし。直したくない、直すところでもないんだったら直さなくてもいいよねっていうのがわかりやすいのかなと思ってます。はい。結論はなんか好きなものを見つけろっていうのが多分あるのかな。どうなんだろうね。




