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自分史  作者: 暮葉畏啓
子供幼社
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143/151

自己ログ倉庫143 「散らない花はフェイクなのだから」

散らない花はフェイクなのだから。っていう言葉を僕は今日情熱大陸というテレビ番組で車いすテニスプレーヤーの生き方をテーマにした情熱大陸の一つのエピソードを見てたんですけど。その人がなんか、がんが過去に2回転移してたりもして。


えっと最初のがんの手術で右足が、左足か、左足が左足の筋肉とか全部取り替えたせいで、その左足の成長が止まって、23歳なんですけど左足の成長が9歳から止まってるっていう人。で、まあそれでもいろいろ練習とかをしてテニス車いすテニスプレーヤーとして今世界ランク1位、ダントツで1位っていう人がいるんですけど。その人が最後に自分の例えば将来寿命とかそういう話の話題を振られたときに、インタビュアーにそういう話題を振られたときにその人がいろいろ答えてたんですけど。


死という概念が自分にはないっていう考えはない。それは自分が何度か死を見たことがあるからなんだと思うけども。だからこそ自分には死はないというふうに思うのではなく、死というものは当たり前にあるもので、でもそれは自分だけではない、みんな同じなんだよっていう考え方をしてた人間だったんです。


で最後にその人が知らない花はフェイクじゃないですか。だから僕は盛大に散らせようと思いますみたいな感じのことを言ってたんですよ。派手に散らすっていう感じの言葉をね。散らない花はフェイクっていうのはなんか僕はすごいグッときて。


散るという動詞と花っていう名詞とフェイク、偽物っていう概念的用語っていうのはそれぞれすべてが人間の死生観とかもっと遠くの抽象的ないろいろな価値観とかそういったものを扱うときに結構大きなテーマになる。テーマとか、大事な要素になる。


花って言ったら花っていう単語だけで、じゃあ咲かえては散るよねっていう無常観、盛者必衰っていう言葉を思わせるし。花っていうのがそこから、ただの花なんだけれどもそれがものすごい美しさを放つ。ものすごい魅力を放つっていう。けれどもそれがしぼんでいく。でもそのしぼんでいくものの人間観っていうのが存在する。


もしくは花というものが植物における美の結晶とか。散るっていう言葉も命が散るっていう言い方はよくするけれども。散るというものは不可逆的な変化であって、そこから無常観を思わせられるし、もっと他のいろんな価値観をね、概念を考えさせられるし。あとフェイク、偽物っていうのはものすごい人間と人形、仮面と顔とか、いろんな分野でフェイクっていうのは使われるし。いろんな言葉でフェイクっていうのは言われるんだけど、それらを一つの文章としてつなぎ止めてる知らない花はフェイクっていう言葉。これに僕は結構すごい意味深いなっていうのが感じた。確かに知らない花はフェイク、造花なんですよ。だから死者はフェイクなんだよ。


僕はこれを見てなんかちょっと情景が浮かんだんだけど。とある旧市街で、まあ不死街やな。もうくたびれた、退廃的な世界観で、少年が、血がまだ通ってる少年が一人、黒い空の下歩いてるわけよ。町の中を、町の路地を。そばにいる通行人たちはみんな顔にフードをかぶっていて、その薄汚れたフードから垣間見えるその額は白くこつばっていて、フードの袖口から見える彼らの指はひどく細く長く、白く、月の光に照らされていて。で、それらがみんな一つの方向に向かってる。その方向というのが大きな聖堂がある場所で。そこで彼らは、そこに彼らは消えていく。


そんな世界を描写していく中で、その少年が彼らの強さ、いわゆる死者と言われる人たちの恐ろしさみたいなのを延々と見る。見て、感じて、恐れていく中で、その少年が一言ボツリとつぶやく。死なない花はフェイクだ。その言葉を言ったときに、物語の雰囲気が一変する。今まで死体として描かれてきた死者たちは常に聖者よりも強く、不死体という言葉からも呼ばれるように、生きている人間よりも兵士としての力も強く、能力も高かった。そしてそんな死者たちで繁栄する栄える町っていうものは、死者というものが聖者よりも優れているということを証明する何よりもの証拠であった。


けれどもその少年はそれらはフェイクだと、偽物だと断定した。そこでその少年が持つ動く心臓と血というものがいかに美しいか、それが感じられ、目の前に広がっている恐ろしさ、恐怖と苦しみと憎しみの世界というのが、それらの恐ろしさというものはすべてフェイクでしかなく、そこに価値を置いて、着眼点を置いて、注目していた読者である我々が愚かであったことを気づかされる。


この少年の言葉、この少年の息遣いこそが本物であるのだと思わされる。てな感じで僕はこの言葉を聞いたときにこういうふうにちょっと思ったんだけど。知らない花はフェイク。造花っていうことですよね。うん、確かになと思った。散らない花はフェイク。うん。この人がこんなことを言うのちょっと変だけどな。


今だって花として、めちゃくちゃこうきらびやかに輝いているのに、散らない花はフェイクですよねっていうことは、散るよっていうことを予言してるようにも思えてしまうわけよ。この人自体が2回がんを経験していて、次がんが来ると、抗生剤、抗生剤じゃなかったっけ、なんかもう対処法がないみたいで。がんの発見が遅れればもう本当にその死ぬしかないっていうことらしいんだから。多分それを予期した上、いわゆる死を理解して、死が身近にあるということを知ったからこそ、散らない花はフェイクっていうのも言えるけれども。僕らから、僕ら、まあその死という概念がそこまで身近に感じられていない僕らからすれば、知散らない花はフェイクだっていうのを今真っ盛りの選手が言うと、ちょっと不安に感じるんだよね。


そういうのも含めて、やっぱり僕らはこの人の思考、経験、それらの前提というものが僕らとは違うんだなっていうのはやっぱり実感した。うん。

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