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業火の舟  作者: キロヒカ.オツマ―


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天の印の侵食

 ここ最近、さくらホームには妙な空気が漂っていた。新しい入所者たちの顔ぶれが、どこかおかしい。表情のない老人。真夜中に誰に話すでもなくぶつぶつと何かを呟く者。目を合わせた瞬間、ぎょろりと異様な光を宿した瞳で功二を睨む老婆。


 夜勤のたびに、胸の奥がざわつく。


「天は……我らと共に」


 その言葉を口走った老婆の口から、血の混じった唾液が垂れた。舌の裏には、赤黒い焼印のような刻印が浮かんでいた。

 覇真の教団「天の印」で、信者が刻まれる印だ。


 功二の背中が氷のように冷たくなる。


 それから数日後、認知症の男性入所者、三好豊が突然死亡した。

 朝の見回りで発見されたとき、三好の体は不自然なほど青黒く腫れ上がり、顔中に無数の針跡が残されていた。点滴のチューブには、得体の知れない液体の痕跡。


 警察は「自然死」として片付けた。だが、功二にはわかる。


 殺されたのだ。教団の手で。


 


 その日の夜、功二はホームの屋上で煙草を吸っていた。月は不気味なまでに赤く染まり、まるで血のようだった。


「功二」


 背後から声をかけられる。


 振り返ると、そこにいたのは、かつて鈴鹿一家で兄弟分だった倉持篤志だった。

 今は裏稼業を離れ、名古屋の街で風俗店をいくつも仕切る半グレの情報屋。


「こんなところで腐ってるとはな」


「何の用だ」


「懐かしい名を聞いてな。覇真だ」


 その名を聞いた瞬間、功二は無意識に腰の刃物を握った。


「動きがある。黒川慶次って名前も浮かんできた」


 黒川慶次。国政政党の幹事長、清廉を売りにする表の顔の裏で、暴力団・教団・政界の利権を握る男。功二にとっても名前だけは噂で耳にしていた。


「教団は人体実験を始めてる」


「……ここでか?」


「そうだ。入所者の中に実験体を紛れ込ませてる。薬物と電気ショック、精神操作。あいつらは死人の体を使って魂の移し替えまでやってる。覇真がやりそうなこった」


 


 その翌夜、功二は職員室の机の下に隠された、教団信者の持ち込み帳簿を発見する。

 そこには人体実験の記録が記されていた。

 入所者の名前の横に、薬剤名と施術記録。**「投与実験・対象A、死亡」「意識改変実験・対象B、錯乱発作」**と、まるで生きた人間を玩具のように扱う記述。


 さらにその裏帳簿には、黒川の名前と、巨額の金の流れ。


「……クソが」


 


 功二は過去の裏社会の伝手を使い、元舎弟の早乙女健吾と接触した。

 早乙女は今や、東京の半グレ組織で闇医療ビジネスを仕切る男。


「覇真の人体実験に協力してる病院がある。鶴舞医療センター、表向きは福祉医療だが、裏では教団専用の解剖室を持ってる。生きたままの解剖だ」


「証拠は?」


「これだ」


 差し出されたUSBには、生きた老人の腹を裂き、内臓を摘出する映像が記録されていた。手術台に縛られた老人が意識を保ったまま、腹部を切り開かれ、内臓を弄ばれる。脳波計が激しく上下し、医師の白衣の袖には、あの天の印。


 映像の最後には、覇真の声が響いた。


「これが、魂の浄罪だ。神に捧げよ」


 


 功二は震える手で煙草を咥えた。


「次にやられるのは、俺か。……それとも、さくらホームの誰かか」


 


 同時刻、ホーム内では、麗奈が訪問診療の医師に呼び出され、暗い倉庫部屋に閉じ込められていた。


「麗奈さん、あなたも神の祝福を受けなければ」


 医師の手には注射器。その中には、意識を喪失させ、教団の洗脳プログラムを強制埋め込みする薬剤。


「やめろッ!」


 麗奈はもがくが、医師と信者たちに押さえつけられる。


 功二が駆けつけたとき、そこには白装束の信者たちが血と臓物を撒き散らした儀式を行う直前だった。


「間に合ったか」


 功二は、廃材の鉄パイプで信者の頭を砕き、血しぶきを浴びながら教団の闇のさらに奥へと踏み込んでいく。

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