18 誤解と失敗
それから暫くして、シアーズの一団は、楽々とスペインの中級帆船を手に入れた。中級といっても、立派な海軍将校保有の戦艦だ。中を見て回っていると、クルーに呼びとめられた。
「何かあったか?」
「船長室に箱が置いてあったんですが……開かないんですよ。捨ててしまってもいいですか?」
見れば、頑丈そうな鉄の箱に鍵がかけられている。
「この船、カニバーリェス卿のものだったな」
「ええ」
フェルディナント=カニバーリェス卿――スペインの若い将校で、ローランド卿とは士官学校時代の学友だと聞く。実力も評価されている。
「たしかカニバーリェス卿は、何かの鍵を肌身離さず持っていると聞いたことがあるが……おそらくこれだな。ついでに鍵も奪って、こいつも頂こうか」
シアーズはにやりと笑うと、スペインの港街に出向いていたクルーを呼んだ。
「ああ、カニバーリェス卿ですか。たしか、明日の夜、ランバル公爵邸の舞踏会に出席するらしいと聞きましたよ」
「明日の夜か……」
シアーズは急に悪戯を仕掛ける少年のような顔になった。
翌日、ランバル公爵邸には大勢の人々が集まった。もちろん、この中のどこかにカニバーリェス卿もいる。シアーズは、窓の外から気付かれないように中の様子を窺った。
ふと、一人の娘が目にとまった。貴族の娘にしては質素な化粧だが、それがかえって魅力的に見える。黒いカールした髪を真珠の髪飾りで一つに束ね、左耳を隠すようにいくつか白い花の飾りをつけている。輝くイヤリングはエメラルドのようで、飾りっけのない少し古風な紺色を基調とした夜会服によく似合う。あまり開いていない胸元には、豪華なダイヤと銀のネックレスが輝いている。
見とれていると、一人の男がその娘に話しかけた。明るい茶色のウェーブした長髪で、青い上着で礼装をしている。カニバーリェス卿に間違いない!シアーズは笛を鳴らした。
聞きなれない甲高い音に、窓の近くにいた人々が、何事か、とざわつき始めた。と同時に、ガラスの砕け散る音がした。悲鳴が上がった。クルーには、適当に騒ぎを起こせ、と言ってある。シアーズもガラスを割って入り、何事かときょろきょろしているカニバーリェス卿の後頭部に一撃をくらわせた。カニバーリェス卿がばったり倒れた。あっけない。これでも海軍上級司令官なんだよなあ、と思いつつ懐を探ると、鉄の鍵が出てきた。これに間違いない。
「ありがとよ、カニバーリェス」
人々は会場からすっかり逃げてしまった。用も済んだし、軍が来る前に帰ろうとすると、床に舞い落ちたテーブルクロスの下に腕が出ているのを見つけた。ぎょっとしたが、何だ、と近づき、シルクの布を勢いよくはぎ取った。
シアーズは目が点になった。さっきカニバーリェス卿に話しかけられていた娘だ。転んで気を失いでもしたのだろうか。全く動かない。シアーズは特になにも考えず、ぐったりしたままの娘を抱えると、帰ろうとした。
「あーっ、キャプテン、誘拐は犯罪ですよ!」
クルーが冗談めかして拗ねたように言った。シアーズは顔が熱くなるのが分かった。
「うるせえっ!海賊が今更何言ってんだよ!」
うす暗い船長室に、月明かりが差しこんでいた。シアーズは、窓を背に立っていた。
「う……」
呻き声がして、ランバル公爵邸から拾ってきた、どこかの貴族の娘が目を開けた。
「お目覚めですか、レディ。いや……セニョリータの方が良いのでしょうか……」
シアーズはゆっくりと、何が起こったか理解できずにいる娘に近づいた。そして、言葉をスペイン語に変えて喋った。
「そしてようこそ、キャプテン=シアーズの海賊船へ……」
顎を掴んで上を向かせ、乱暴にキスしようとした。ところが、娘は一瞬怯えたような目をすると、シアーズの顔めがけて頭突きをした。
「へぶっ」
顎に直撃。思わず変な声が出た。あまりの痛みに涙ぐんだ。
「何しやがる、このアマ!」
娘も痛みに涙ぐみながらシアーズをきっと睨みつけた。




