表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十字架を架ける 【蒼碧の鎖-2-】  作者: 沖津 奏
第4章 薔薇の嘲笑
18/23

18 誤解と失敗

 それから暫くして、シアーズの一団は、楽々とスペインの中級帆船を手に入れた。中級といっても、立派な海軍将校保有の戦艦だ。中を見て回っていると、クルーに呼びとめられた。

「何かあったか?」

「船長室に箱が置いてあったんですが……開かないんですよ。捨ててしまってもいいですか?」

 見れば、頑丈そうな鉄の箱に鍵がかけられている。

「この船、カニバーリェス卿のものだったな」

「ええ」

 フェルディナント=カニバーリェス卿――スペインの若い将校で、ローランド卿とは士官学校時代の学友だと聞く。実力も評価されている。

「たしかカニバーリェス卿は、何かの鍵を肌身離さず持っていると聞いたことがあるが……おそらくこれだな。ついでに鍵も奪って、こいつも頂こうか」

 シアーズはにやりと笑うと、スペインの港街に出向いていたクルーを呼んだ。

「ああ、カニバーリェス卿ですか。たしか、明日の夜、ランバル公爵邸の舞踏会に出席するらしいと聞きましたよ」

「明日の夜か……」

 シアーズは急に悪戯を仕掛ける少年のような顔になった。


 翌日、ランバル公爵邸には大勢の人々が集まった。もちろん、この中のどこかにカニバーリェス卿もいる。シアーズは、窓の外から気付かれないように中の様子を窺った。

 ふと、一人の娘が目にとまった。貴族の娘にしては質素な化粧だが、それがかえって魅力的に見える。黒いカールした髪を真珠の髪飾りで一つに束ね、左耳を隠すようにいくつか白い花の飾りをつけている。輝くイヤリングはエメラルドのようで、飾りっけのない少し古風な紺色を基調とした夜会服によく似合う。あまり開いていない胸元には、豪華なダイヤと銀のネックレスが輝いている。

 見とれていると、一人の男がその娘に話しかけた。明るい茶色のウェーブした長髪で、青い上着で礼装をしている。カニバーリェス卿に間違いない!シアーズは笛を鳴らした。

 聞きなれない甲高い音に、窓の近くにいた人々が、何事か、とざわつき始めた。と同時に、ガラスの砕け散る音がした。悲鳴が上がった。クルーには、適当に騒ぎを起こせ、と言ってある。シアーズもガラスを割って入り、何事かときょろきょろしているカニバーリェス卿の後頭部に一撃をくらわせた。カニバーリェス卿がばったり倒れた。あっけない。これでも海軍上級司令官なんだよなあ、と思いつつ懐を探ると、鉄の鍵が出てきた。これに間違いない。

「ありがとよ、カニバーリェス」

 人々は会場からすっかり逃げてしまった。用も済んだし、軍が来る前に帰ろうとすると、床に舞い落ちたテーブルクロスの下に腕が出ているのを見つけた。ぎょっとしたが、何だ、と近づき、シルクの布を勢いよくはぎ取った。

 シアーズは目が点になった。さっきカニバーリェス卿に話しかけられていた娘だ。転んで気を失いでもしたのだろうか。全く動かない。シアーズは特になにも考えず、ぐったりしたままの娘を抱えると、帰ろうとした。

「あーっ、キャプテン、誘拐は犯罪ですよ!」

 クルーが冗談めかして拗ねたように言った。シアーズは顔が熱くなるのが分かった。

「うるせえっ!海賊が今更何言ってんだよ!」


 うす暗い船長室に、月明かりが差しこんでいた。シアーズは、窓を背に立っていた。

「う……」

 呻き声がして、ランバル公爵邸から拾ってきた、どこかの貴族の娘が目を開けた。

「お目覚めですか、レディ。いや……セニョリータの方が良いのでしょうか……」

 シアーズはゆっくりと、何が起こったか理解できずにいる娘に近づいた。そして、言葉をスペイン語に変えて喋った。

「そしてようこそ、キャプテン=シアーズの海賊船へ……」

 顎を掴んで上を向かせ、乱暴にキスしようとした。ところが、娘は一瞬怯えたような目をすると、シアーズの顔めがけて頭突きをした。

「へぶっ」

 顎に直撃。思わず変な声が出た。あまりの痛みに涙ぐんだ。

「何しやがる、このアマ!」

 娘も痛みに涙ぐみながらシアーズをきっと睨みつけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ