第93話 最後の作戦
皇帝の寝所に、全員が集まっていた。
寝台の上では、一夜にして頬に色を取り戻した皇帝が、セラに支えられて上体を起こしている。その周りに、ルカ、リーゼ、ガイ、ノエル、ドーラ婆さん、ヘルマン。そして――俺。
窓の外は、昼だというのに、夕暮れのような灰色だった。
「――話してくれ、王国の兵士C。君が知っていることを、全部」
皇帝の声は、まだ掠れていたが、芯のある響きを取り戻していた。
俺は、話した。
この世界が、俺の前世で『物語』だったこと。その物語の結末では、黄昏の日に最後の聖女が――セラが、自分の命を全部捧げて、灰の王をもう一度眠らせること。それ以外の結末を、俺もシオンも、一度も見たことがないこと。
セラは、皇帝の背を支えたまま、静かにそれを聞いていた。
「……だから、あの時、私に『祈るな』と言ったんですね」
「……はい」
「やっと、全部繋がりました」
セラは、灰色の薄くなった一房の髪に、そっと触れて微笑んだ。
◇
「だが、峡谷で、物語にないことが起きた」
リーゼが口を開いた。
「誰も死ななかったから、柱は満ちなかった。――そうだな、トーマ」
「はい。それと――エレオノーラさんの手帳です」
俺は、懐から帳面を取り出し、その一番後ろのページを開いた。そこには、伯爵から写しをもらった、手帳の二つの一節が書き留めてある。
『柱は、物語に名を刻まれた者の灰をこそ求める。』
『祈りは、捧げるものではなく、灯すものだった。』
「柱の中には、何百年もの間に捧げられた、聖女たちの命が溜まってる。灰の王は、それを食べて眠る。でも、もし――物語の中で死ぬはずだった者が、一人も死なずに黄昏の日を越えたら」
「……柱は、何も食べられない」
ドーラ婆さんが、俺の言葉を引き取った。
「はい。そして、その代わりに、大勢の人の祈りを灯す。一人の命を捧げるんじゃなくて、たくさんの人が、少しずつ分け合う。大聖堂で、セラと二人で祈った時のように」
あの夜、写し身でセラの祈りを写し、「返し」で分け合った。それだけで、柱から聖女たちの命が少しだけ戻ってきた。
「もし、三本の柱全部で、同じ瞬間にそれができたら――たぶん、柱に溜まった聖女たちの命は、全部還る。そして灰の王は、飢えずに、穏やかに眠る」
部屋の中が、静まり返った。
「……それが、君の言う『真の結末』か」
皇帝が、低く尋ねた。
「確かめた人は、誰もいません。でも――俺は、これに全部賭けます」
◇
「問題は、三つあるね」
ドーラ婆さんが、皺だらけの指を三本立てた。
「一つ。大聖堂と帝都と峡谷、三か所で、同じ瞬間に祈りを灯さなきゃいけない。二つ。峡谷の柱には、あの娘がいる。自分の命を燃やして、灰の王を起こそうとしてる。あの娘が死んだら、それがそのまま、柱を満たす食い物になる」
「……つまり、シオンも生かさなきゃいけない」
「そういうことだ。――そして三つ。あの娘の命の代わりに、峡谷の柱に灯す祈りを、誰が運ぶかだ」
皆の視線が、俺に集まった。
俺は、左腕の袖をまくり上げた。
ひび割れた写し身の刻印が、かすかに光っている。
「――俺がやります。最後の写し身で。何を写すかは、もう決めてあります」
リーゼは、何も言わなかった。ただ、俺の隣に一歩、近づいた。
「……同じ瞬間に、というのはどうする。王都と帝都と峡谷だぞ。鳥を飛ばしても、半日はかかる」
ヘルマンの問いに、皇帝が、ゆっくりと顔を上げた。
「――ルカ。宝物庫の、『三つ子の燭台』を持ってこい」
「三つ子の……父上、あれは建国の時代の……」
「そうだ。三つで一つの燭台だ。一つに火を灯せば、どれほど離れていようと、残りの二つにも同じ火が灯る。建国の王は、それを『離れた友と祈りを分け合うためのもの』と呼んだ」
皇帝は、俺を見て、かすかに笑った。
「――今こそ、その名の通りに使おうではないか」




