↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
92/105

第92話 灰の王の目覚め

宝物庫の奥の石の扉は、ルカが掌を当てると、音もなく開いた。

その先には、螺旋階段がどこまでも下へ伸びていた。壁には、古い帝国の文字がびっしりと刻まれている。

俺とルカとリーゼ、ガイとノエル。五人で、その階段を駆け下りた。

下るほどに、焦げた紙の匂いが濃くなっていく。足元を、灰色の霧がゆっくりと流れていく。

「……皇家の者は、代々ここを『帝国の心臓』と呼んできた。それが、本当に何かの心臓だったとはな」

ルカの声が、石の壁に反響した。

◇

階段の底は、巨大な洞窟だった。

その中央に、黒い柱がそびえていた。

大聖堂の地下で見たものよりも、ずっと太い。峡谷の底で見たものよりも、ずっと黒い。黒曜石のような表面に、無数の光の筋が脈打つように走っている。

その柱の根元に、一人の女が立っていた。

黒い外套。肩までの黒髪。その片手を、そっと柱に当てている。

そして――その首筋から頬にかけて、黒い片翼の紋様が、じわじわと広がっていた。

皇帝の胸から消えた翼と、対になる、もう片方の翼。

「……シオンさん」

俺の声に、彼女はゆっくりと振り向いた。

その顔は、穏やかに笑っていた。

「来ちゃったんだ。――手紙に、『止めないでね』って書いたのに」

「書き直すか迷ったって、書いてありましたよ」

「……そうだったね」

シオンは、少しだけ困ったように笑った。

◇

「シオンさん。その翼は、あなたの命を吸ってる。このままじゃ――」

「うん。灰の王が完全に目を覚ますころには、わたしは、もういないと思う」

あっさりと、彼女は言った。

「でも、それでいいの。灰の王が目を覚ましたら、死んだ人が還ってくる。わたしがいなくなっても、湊が帰ってくるなら、それでいい」

「湊くんが――それを望むと思いますか」

シオンの笑顔が、ほんの少しだけ揺らいだ。

「……わからないよ。だから、会って聞くの」

「――シオンさん!」

俺の後ろから、ノエルが叫んだ。

シオンの視線が、ノエルに向いた。その弓の弦に、もうリボンがないことに、彼女は気づいたようだった。

「……リナちゃんに、会えたんだね」

「リナが言ってました。『シオンさまを助けてあげて』って。『きっと今も、一人で泣いてるから』って」

シオンの唇が、小さく震えた。

「……いい子に、育ったね」

「あんたが育てたんだろうが!」

ノエルの叫びが、洞窟に響き渡った。

「字も、絵も、お茶のいれ方も! あんたが教えたんだろうが! ――だったら、勝手にいなくなるなよ! リナが、また泣くだろうが!」

シオンは、何も言わなかった。

ただ、その頬を、一筋だけ、何かが伝った。

「……ごめんね」

彼女は、柱に当てた手に、力を込めた。

「でも――もう、始めちゃったから」

◇

柱が、光った。

無数の光の筋が、一斉に上へと駆け上がる。洞窟の天井を突き抜け、皇宮を突き抜け、そのまま天へと。

地鳴りがした。いや、地鳴りではない。

遠いどこかで、何か巨大なものが、息を吸い込んだような音。

「――大聖堂の柱と、峡谷の柱も、今、共鳴した」

シオンが、静かに言った。

「黄昏の日が、始まるよ。――今から三日、帝国にも王国にも、日は昇らない。そして三日目の黄昏時に、灰の王は完全に目を覚ます」

彼女の足元から、青い光が立ち昇った。

「待て!」

リーゼの指先から炎が走る。だがそれは、青い光の膜に弾かれて消えた。

「灰の峡谷で待ってる。灰の王の心臓の、一番深いところで」

シオンは、俺をまっすぐに見た。

「――止めたいなら、来て」

青い光が弾けた。

そこにはもう、誰もいなかった。

◇

螺旋階段を駆け上がり、皇宮の中庭へ飛び出した。

そして――俺たちは、空を見上げて立ち尽くした。

夜明けが近いはずの時刻だった。東の空は、白み始めていなければならない。

だが、空は――一面の灰色だった。

雲ではない。霧でもない。空そのものが、灰の色に染まっている。地平線の彼方まで、どこまでも。

「……これが」

リーゼが、小さく呟いた。

「はい」

二万時間、画面の向こうで見続けた空だった。

「――黄昏の日です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。