第8話 全滅するはずの補給隊
結局、俺はあの夜、セラの問いに答えられなかった。
嘘をつけばばれる。本当のことを言えば、十六歳の女の子に「あなたは一年後に死にます」と告げることになる。俺は、黙ることしかできなかった。
セラはしばらく俺を見ていて、それから小さく息を吐いた。
「……答えは、次に会うときに聞く。それまでに、ましな嘘を考えておいて」
翌朝、聖女の馬車は王都へ帰っていった。約束どおり、残りの十六人に祈りを捧げてから。
――彼女の「寿命ゲージ」が、また少し減った。
◇
それから、二か月が過ぎた。
黒狼砦は、拍子抜けするほど静かだった。ゲームではこの時期、砦はもう帝国のものだ。俺は「砦が落ちなかった世界」の日常という、攻略本にも載っていない時間を過ごしていた。
変わったことは三つある。
一つ。ベルント准騎士が王都へ呼び戻された。
二つ。代わりに、砦の副司令としてリーゼ・アーベントが着任した。「一月後に戻る」という言葉は、本当だったのだ。
三つ。俺の噂が、もう手に負えなくなっていた。
「予言者の末裔」は、いつの間にか「千年に一人の予言者の生まれ変わり」になっていた。砦の外の村から、子供の名前を付けてほしいと頼みに来た夫婦までいた。
俺の家は、麦を作っている。
◇
「補給隊の護衛を、第七歩兵隊に命じる」
副司令室で、リーゼはそう告げた。机の上には、砦と南の町を結ぶ地図が広げられている。
「荷馬車十二台、御者と人夫を合わせて四十名。冬を越すための麦と塩を運ぶ。私も同行する」
――来た。
『死亡予定リスト』の二行目。補給隊四十名。二か月後、鴉の谷。
ゲームでは、この補給隊は砦には向かわない。砦はもう落ちているからだ。王国軍の前線へ向かう途中、鴉の谷で帝国の騎兵に待ち伏せされ、一人残らず殺される。そしてその冬、王国軍は飢えに苦しむ。
行き先が変わっても、通る道は同じだ。
「……アーベント様。鴉の谷は、通らないでください」
部屋にいた全員が俺を見た。
リーゼだけが、まるでその言葉を待っていたかのように、口元だけで笑った。
「夢で見たか」
「……見ました。谷の両側の崖に、帝国の騎兵が伏せています。地図のこの尾根道を通れば、谷を見下ろしながら迂回できます」
「冗談じゃない!」
声を上げたのは、補給官のハンスだった。商人上がりの小太りの男で、荷の計算では砦で右に出る者がいない。
「尾根道は坂だらけで、馬車じゃ半日は余分にかかる。道も狭い。車輪が一つ外れたら、荷ごと崖の下だぞ。新兵の夢で、冬の麦を危うくされてたまるか!」
まっとうな意見だった。だからこそ、ゲームの補給隊は谷を通ったんだろう。
リーゼは地図に指を置いた。谷と、尾根。
「ハンス補給官。あなたの言うことは正しい」
「でしたら、――」
「だが、この男の夢は、一度砦を救っている。尾根道を行く。遅れた半日の責任は、私が持つ」
その一言で、決まった。
◇
尾根道は、ハンスの言ったとおりの地獄だった。
坂を上るたびに馬が嘶き、車輪が砂利に取られる。そのたびに、第七の連中が馬車の後ろに回って押し上げた。とくにガイは、一人で馬一頭分は働いていた。
「トーマ、これで谷に何もいなかったら、俺たちみんなに酒を奢れよな」
「……いなかったら、喜んで奢るよ」
本心だった。いない方がいいに決まっている。
でも、いる。
夕方。尾根道が最も谷に近づく地点で、俺はリーゼとハンスを崖の縁に引っ張っていった。
「……あそこです」
遠く、谷底を走る街道。その両側の岩場の陰で、夕日を受けて、何かがちかりと光った。
一つではない。二つ、三つ、十、二十――。
槍の穂先だ。馬の鼻息が、白く立ち上っている。
ハンスの顔から、血の気が引いていった。
「……谷を通っていたら……」
その先を、彼は言わなかった。俺も、続きを知っている。
リーゼは黙ったまま、俺の横顔を見ていた。その視線には、もう疑いはなかった。代わりに、もっと厳しい何かがあった。
「……トーマ。お前の夢は、どこまで先が見えているんだ」
答える前に、先頭の馬車から叫び声が上がった。
「前方に人影! 道を塞いでいます!」
駆けつけると、尾根道の先、岩と岩に挟まれた狭い場所に、十騎ほどの騎馬が並んでいた。黒い外套。帝国の紋章。
その先頭に、一人。
銀の仮面で顔を覆った騎士が、手綱を握ってこちらを見ていた。
俺の頭の中が、真っ白になった。
知らない。
二万時間遊んだこのゲームのどこにも、こんな場面はなかった。




