第7話 聖女は嘘を見抜く
聖女セラは、空から降りてきたように砦の正門をくぐった。
もちろん比喩だ。実際には、白い馬車から付き人の手を借りて降りてきた。だが、整列した兵士たちの何人かは、本当に膝をついて拝んでいた。
白銀に近い淡い髪。小柄な体。十六歳にしては大人びた、感情の読めない顔。
ゲームの立ち絵と、同じだ。
ただしゲームでは、この顔は章を追うごとに白くなっていく。最後の立ち絵では、唇にまで色がなかった。
「……おいトーマ、顔が怖いぞ」
ガイに脇を小突かれて、我に返った。
聖女の隣には、恰幅のいい中年の司祭が付き従っていた。グレゴール司教補。こちらもゲームで見た顔だ。「聖女様の御力を、より多くの民に」という口癖と、第二章でプレイヤーに心底嫌われる顔。
◇
救護室には、先日の夜襲で傷を負った兵が二十人ほど寝かされていた。第七のピートも、左足を折ってここにいる。
俺たち第七は、救護室の警護役だ。壁際に並んで、聖女の祈りを見守る。
セラは最初の寝台の前に膝をつき、負傷兵の胸に手をかざした。
淡い金色の光が、部屋を満たす。
「……おお……」
どよめきが上がる。膨れ上がっていた火傷が、みるみるうちに淀んだ色を失い、新しい皮膚に変わっていく。
奇跡だ。誰もがそう思っている。
俺だけが、彼女の指先を見ていた。
祈りを終えたセラの指が、わずかに震えている。
アシュレクのファンの間では、有名な話がある。ゲームのデータを解析した誰かが、聖女にだけ隠しパラメータがあることを見つけた。祈りを使うたびに減り、決して回復しない数値。
ファンはそれを「寿命ゲージ」と呼んだ。
「さあ聖女様、次の者を」
グレゴールが穏やかに促す。
二人目。三人目。祈りが終わるたびに、セラの顔から血の気が引いていく。それでも彼女は、表情一つ変えない。
四人目は、ピートだった。
折れた足に光が当たり、ピートが「うわ、うわ、痛くないっす!」と半泣きで叫ぶ。
その直後、セラの体が、わずかに傾いた。
床についた手で、彼女はすぐに体を支えた。たぶん、気づいたのは俺だけだ。
「聖女様、まだ十六名おります。砦の兵たちに、より多くの御力を」
グレゴールの声。
――あと十六人。
この体で。
「……もう、いいです」
気づいたら、壁際の列から一歩前に出ていた。
救護室中の視線が、俺に集まる。
「残りの傷は、命には障りません。軍医のドーラさんがいれば治ります。だから……もう、祈らなくていいです」
静寂。
それを破ったのは、グレゴールの冷たい声だった。
「……一介の兵が、聖女様の御業に口を挟むと。この砦の規律は、どうなっているのかな」
まずい。当たり前だ。聖女の祈りを一兵卒が止めるなど、教会への侮辱と取られてもおかしくない。
「申し訳ございません、司教補様」
俺の前に立ったのは、マルタだった。
「こいつは田舎者でして。聖女様の御身を案じるあまり、礼儀を忘れたようです。ご覚になってのとおり、残りは掛け尽くです。後は、砦の軍医に任せてくださいませんか」
「しかし――」
「――司教補様」
小さな声だった。それでも、部屋中に響いた。
セラが、立ち上がっていた。
「……少し、疲れました。続きは、明日にします」
一瞬だけ、彼女の灰色の瞳が俺を見た。
◇
その夜。
砦の小さな礼拝堂の前で、当番に立っていた俺の前に、小さな人影が現れた。
「……聖女様?」
「そう呼ばないで。一日中そう呼ばれて、もう飽きたの」
セラは、昼間とは別人のような、不機嫌そうな声で言った。
ああ、そうだ。この子はこういう子だった。人前では完璧な聖女を演じて、主人公の前でだけ毒舌になる。その差で、何万人ものプレイヤーが落ちた。
「あなた、今日の兵士でしょう。どうして止めたの」
「……顔色が、悪かったので」
セラは、少しだけ首をかしげた。
「……嘘じゃない。でも、全部でもない」
背筋が、ひやりとした。
「私ね、嘘が分かるの。嘘をつく人の声は、少しだけ濁って聞こえる。司教補様の声は、いつも泥水みたい」
知っている。それもゲームの設定だ。知っていたのに、俺は彼女の前で、一番やってはいけないことをした。
セラが、一歩近づいた。
月明かりの下で、灰色の瞳が、俺の顔をまっすぐに覗き込む。
「それに――あなた、今日ずっと、そういう顔をしてた」
「……どういう顔ですか」
「私が死ぬのを、知っている顔」




