第58話 日付の嘘
三日後の夜。司令室には、五人がいた。
俺と、リーゼと、セラ。扉の前には、腕を組んだガイ。
そして、部屋の真ん中に、短弓を背負ったままのノエルが、一人で立っていた。
「……大勢で、囲むつもりかよ」
「囲むつもりなら、第七を全部呼ぶ」
リーゼが、平然と言った。
「ここにいるのは、お前に見せるものに、証人が要るからだ。……それと、お前がこの砦の機密を漏らしたことについては、今夜は不問にする。司令代理の名においてな」
ノエルの肩が、わずかにびくりと動いた。
◇
リーゼは、机の上に、一枚の古びた地図を広げた。
狼の森の奥。リンデ村を焼いた騎兵たちの野営地で、俺とマルタが見つけた地図だ。王都の審問では『S』の手紙ばかりが問題になって、この地図はリーゼがずっと手元に置いていた。
地図の端に、天秤と剣の封蠟。宰相府の紋章。
そして――リンデ村の位置に、赤い丸。その脇に、王国語で、小さく書き込みがある。
『第一班。焼却。少女一名、館へ』
ノエルの息が、止まった。
「……少女、一名……」
「この地図には、日付がある」
リーゼの指が、封蠟の下の小さな数字を指した。
「宰相府の命令書は、必ず日付を入れる。……この地図が作られたのは、補給隊が砦を出る三日前だ」
「……三日前?」
「そうだ」
リーゼは、まっすぐにノエルを見た。
「トーマが補給隊に尾根道を進言したのは、出発の前日だ。……つまり、リンデ村を焼く命令は、トーマが運命を変えるより前に、もう出されていた」
司令室が、しんと静まり返った。
俺自身も、息を呑んでいた。
三日前に、リーゼからこの日付を教えられた時、しばらく立ち上がれなかった。
――俺のせいじゃなかった。
リンデ村は、俺が運命を変えた「歪み」で焼かれたんじゃない。
最初から、焼かれることになっていた。「歪み」に見せかけて、俺に罪を背負わせるために。壁に『シナリオを壊すな』と書くために。
「……うそだ」
ノエルの声が、かすれた。
「うそだ。あの人は、燃える村からリナを助けてくれたんだ。あの人は、あの人は――」
「――助けたんじゃない。連れていったのよ」
静かな声がした。
セラだった。
「あなたの声、三日前に中庭で聞いた時は、二つ混じっていた。……でも今は、一つだけ。あなた自身の声だけが、『うそだ』って叫んでる。……それは、本当は、もう分かっている人の声よ」
ノエルの膝が、崩れた。
短弓が、床に転がる。
「……じゃあ……じゃあ、父ちゃんと母ちゃんは……あの人に……」
それから先は、言葉にならなかった。
――十六の少年が、床にうずくまって、声を上げて泣いていた。
何か月も、泣かないようにしてきた人の泣き方だった。
◇
誰も、何も言わなかった。
やがて、扉の前に立っていたガイが、のっそりと歩いてきて、ノエルの隣にどっかりとあぐらをかいた。
それから、大きな手で、ノエルの背中を、ゆっくりと、何度もさすった。
何も言わずに。
――ガイにも、故郷に妹がいる。
やがて、ノエルの嗚咽が、少しずつ小さくなっていった。
「……トーマ」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、ノエルが俺を見上げた。
「……俺は、あんたを射つつもりだった」
「知ってる」
「あんたのせいだって、ずっと……」
「それも、知ってる。……俺も、ずっとそう思ってたんだ」
俺は、ノエルの前に膝をついた。
「だから、一つだけ約束させてくれ。……リナを、取り戻す。俺も手伝う。『次』じゃなくて、必ず」
ノエルは、長いこと俺を見ていた。
それから、赤いリボンを握った拳で、乱暴に涙を拭った。
「……信じなくていいって、言ったよな」
「言った」
「……信じてやるよ。その代わり、嘘だったら、今度こそ射つからな」




