第52話 焼けた村の少年
帰還から三週間後。砦に、新兵が三十人やってきた。
峡谷の戦に備えて、王国中から集められた若者たちだ。中庭に並んだ顔は、半年前の俺と同じように、どれも不安と緊張で強張っていた。
「――いいかい、よく聞きな!」
台の上で、マルタが大声を張り上げた。
「この砦には、三つの掟がある。一つ、夜番で居眠りをするな。二つ、仲間を見捨てるな。三つ、あっちにいるトーマって新入りの夢の話は、笑わずに聞け」
新兵たちの視線が、一斉に俺に集まった。
……三つ目は、いらない。
「あれが……未来を読む新兵……?」
「王都で、宰相を倒したって……」
「灯守の徽章もらったって……」
ひそひそ声が、中庭に広がっていく。ピートが、俺の隣で、なぜか得意げに胸を張っていた。
「……ピート、お前だろ。王都中に噂を撒き散らしたの」
「撒き散らしてねえよ。酒場で、ちょっとだけだよ」
「ちょっとが、王都中だよ」
だが――
その中で、一人だけ、まったく違う目で俺を見ている少年がいた。
列の一番端。そばかすの浮いた、痩せた少年。俺より一つか二つ年下だろう。背中には、使い込まれた短弓を背負っている。
その目には、尊敬も、好奇心もなかった。
あるのは、冷たく燃える、何かだけだった。
◇
「……あいつ、ノエルっていうらしいぞ」
その日の弓の訓練の後。ガイが、俺の隣でいつもの仏頂面のまま言った。
的を見ると、うなずけるしかなかった。五十歩先の的に、矢が十本。十本とも、真ん中の黒い丸の中に立っている。
「……すごいですね」
「狩人の息子だったそうだ。……村は、もうないらしいけどな」
胸の奥が、小さく軋んだ。
「……どこの村ですか」
ガイは、答えなかった。
答えないことが、答えだった。
◇
その夜。東壁の夜番に立っていると、背後に足音がした。
静かな、狩人の足音だった。
「……あんたが、未来を読む新兵か」
振り返ると、ノエルが立っていた。短弓は背中にある。けれど、その手は、弓のすぐこばにあった。
「……そう呼ばれてるらしい。俺は、ただの兵士だけど」
「ふうん」
ノエルは、俺の顔をじっと見つめた。それから、夜の向こうの、南の方角を見た。
「……リンデ村って、知ってるか」
息が、止まった。
知らないはずがない。
補給隊を救ったその夜、原作にはなかった襲撃で焼かれた村。十七人が死んだ村。焼け跡の壁に、日本語で『シナリオを壊すな』と書かれていた村。
「……知ってる」
「そうか。……俺は、そこの生まれだ」
ノエルの声は、水のように平らだった。
「父ちゃんと、母ちゃんと、妹がいた。……あの夜、俺は山で狩りをしてて、帰ったら、全部灰になってた。……妹だけは、骨も見つからなかったけどな」
「……」
「ある人が、教えてくれたんだよ」
ノエルは、初めて少しだけ笑った。笑いというには、あまりにも冷たい形だった。
「『あの夜、尾根道で運命をいじった者がいる。そのせいで、本当なら死ななかった君の家族が死んだ』って。……『その者は、黒狼砦のトーマという新兵だ』って」
夜風が、東壁を吹き抜けていった。
俺は、何も言えなかった。
――違う、とは言えなかった。
リンデ村の焚き火の前で、「俺のせいだ」とリーゼに打ち明けたのは、俺自身だ。
「……信じてなかったんだけどな。未来を読むとか、運命をいじるとか」
ノエルは、俺に背を向けた。
「でも、今のあんたの顔見て、分かったよ。……本当なんだな」
静かな足音が、闇の奥へ消えていった。
俺は、東壁の胸壁に手をついた。
石が、ひどく冷たかった。
――運命を変えた代償。
原作の設定資料集にも、攻略サイトにも、どこにも書いていなかったものが、今、弓を背負って俺の前に立っていた。




