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第5話 ハズレ刻印「写し身」

アシュレクの攻略サイトには、「ネタ装備」という項目があった。

その一番上に載っていたのが、これだ。

『写し身の刻印石 ―― 味方一人の技を、一戦だけ写し取る。装備条件:階級・二等兵以下』

プレイヤーが操るキャラは、全員が騎士や士官だ。二等兵なんて一人もいない。つまり、誰にも装備できない。開発の入れ忘れだとか、いやいや隠し要素だとか、掲示板ではさんざん議論された。

その石が今、俺の目の前の木箱に転がっている。

「……ただの灰色の石じゃないか」

ガイが指でつつく。

帝国の先遣隊から奪った戦利品の仕分け。それが今日の第七歩兵隊の仕事だった。剣や甲冑はもう貴族様が持っていった。残っているのは、壊れた靴や古い地図、それに誰も欲しがらない刻印石がいくつか。

「隊長。この石、もらってもいいですか」

マルタは帳簿から目も上げずに答えた。

「そんなガラクタ欲しけりゃ持ってけ。ただし刻印は彫らなきゃ使えないよ。砦に刻印師なんていない」

「いますよ。軍医のドーラ婆さんは、若い頃に王都で刻印師をしていたはずです」

マルタの筆が止まった。

「……それも夢かい」

「……夢です」

この言い訳、便利すぎて怖い。

◇

「痛いよ。泣いてもいいが、動くんじゃないよ」

軍医のドーラ婆さんは、細い銀の針を火で炙りながらそう言った。

刻印を彫るとは、砂にした刻印石を混ぜた墨を、針で皮膚の下に入れていくことだ。貴族は何日もかけて、痛み止めの薬を飲みながらやる。平民の俺には、一晩と、口にくわえる布切れしかない。

左の前腕に、最初の一針が刺さった。

――前世の俺。この痛みを知っていたら、「ネタ装備」とか笑ってなかったぞ。

夜が明ける頃、前腕には美しいとは言いがたい灰色の紋様が浮かんでいた。重なり合う二つの人影。

ドーラ婆さんは、針を拭いながら低く笑った。

「写し身だなんて、四十年ぶりに見たよ。昔はね、貴族の代わりに戦う影武者に刻むもんだった。だから、身分の低い者にしか馴染まないようにできてる。……そんなものを、よく知ってたねぇ」

あ、そういう設定だったのか。二万時間やって、初めて知った。

◇

「……で、俺は何をすればいいんだ」

訓練場。ガイが不安そうに右手を差し出している。

「握るだけでいい。それでお前の『力』を写せるはずだ」

ドーラ婆さんに聞いた使い方はこうだ。相手の手に触れ、写したい技を思い浮かべる。そして、その技を「自分のものじゃない」と分かった上で、借りる。

ガイの手を握る。ごつごつして、温かい。

この手で、あいつは錆びついた車輪を回した。砦を救ったのは、本当は俺じゃなくてこいつの力だ。

「……借りるぞ、ガイ」

左腕の刻印が、じわりと熱を帯びた。

腕に、肩に、背中に、ありえない重さが流れ込んでくる。俺は訓練場の端にあった水樽に手をかけた。大人二人がかりで運ぶ、水が満杯の樽だ。

持ち上がった。

「……おいおいおい」

「……俺もそう思う」

どよめきが広がる。第七の連中が、口を開けて俺を見ていた。

そのときだった。

「――面白いことをしているな」

振り向くと、赤い髪が風に揺れていた。

リーゼ・アーベント。視察のため、あと数日は砦に留まると聞いていた。

彼女は訓練用の木剣を二本拾い、一本を俺に放った。

「夢見の新兵。手合わせ願おう」

「いや、あの……俺は、新兵で……」

「刻印は使わない。剣だけだ。……それとも、夢で自分の負けを見たか?」

そう言って笑う顔は、二万時間見たどの一枚絵よりも負けず嫌いだった。

◇

結論から言うと、俺は、一本も彼女に当てられなかった。

速い。とにかく速い。右かと思えば左、上かと思えば足。ガイの力を借りても、当たらなければ意味がない。

でも、不思議と、彼女の剣も俺には当たらなかった。

知っているのだ。この剣筋を。

リーゼの通常攻撃は三連撃。三撃目の前に、必ず一瞬だけ右肩が下がる。二万時間、そのモーションを見続けた。体は追いつかなくても、目は覚えている。

三撃目を、ガイの力で正面から受け止める。木剣同士が震え、二人の動きが止まった。

そのまま、何度それを繰り返しただろう。

「そこまで!」

マルタの声で、我に返った。いつの間にか、訓練場の周りは人だかりになっていた。

「……引き分けだ」

リーゼは木剣を下ろし、息を整えながら俺を見つめた。

「力は、あの大男のものだな。だが受け方は……まるで、私の剣を何年も見てきたようだった」

何年どころじゃないんです。二万時間です。

もちろん、言えるわけがない。

写し身が切れた瞬間、全身の筋肉が一斉に悲鳴を上げ、俺はその場に崩れ落ちた。借りた力には、ちゃんと利息がつくらしい。

ガイに担がれて兵舎に戻る途中、後ろから話し声が聞こえた。

「聞いたか? 第七の新兵が、アーベント卿と互角だってよ」

「砦を救ったあいつだろ。夢で未来が見えるんだとさ」

「いや、俺が聞いたのは――」

噂は、俺が寝台にたどり着くよりも速く、砦中を駆け巡っていった。

書き溜めてあるので、毎日5話ずつ更新していきます

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