↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
36/105

第36話 白い鎧の団長

全部話した。

大聖堂の地下の黒い柱。『聖なる灯を、灰に捧げよ』という文字。助けに入った仮面の騎士。片翼の鳥の徽章。新月の夜の約束。

話し終えると、リーゼは長いこと黙っていた。

「……帝国の第三王子と、手を組んだと」

「組んだというか、利用し合うだけだそうです」

「同じことだ」

リーゼは、額に手を当てて、深い深い溜め息をついた。

「正気の沙汰ではない。……だが、お前の正気には、もう慣れた」

「……すみません」

「謝るな。……次からは、一番に私に話せ。ガイの口から聞かされるのは、もう嫌だ」

ガイが、部屋の隅で小さくなっていた。

◇

「聖燈孤児院」は、王都の下町の、いちばん奥にあった。

壁が崩れかけた古い小さな建物。その庭で、二十人ほどの子どもたちが、つぎはぎだらけの服で走り回っている。

セラが育った場所だった。

「『祈らないと、孤児院の子たちへの配給を減らす』――セラはそう言ってました」

俺は、ガイと二人で麦の袋を担ぎながら、門をくぐった。買い込んだのは、砦から持ってきた給金の残り全部だ。

「だから、ここに麦があれば、セラは祈らない理由が一つ増える」

「……お前、そういうところだけは賢いな」

「だけって何ですか」

「あ、兵隊さんだ!」

麦の袋を下ろした瞬間、子どもたちがどっと集まってきた。その中に、一人だけ、少し離れたところで俺たちを見ている小さな女の子がいた。

七つか八つ。ぶかぶかの外套。白い花の刺繍の入った、古い布の人形を抱えている。

「……セラお姉ちゃんの、お友達?」

「ああ。えっと……」

「ミア。……お姉ちゃん、元気?」

「……元気になるよ。絶対に」

ミアは、しばらく俺の顔をじっと見ていた。それから、人形を抱いたまま、小さく頷いた。

「……うん。嘘じゃない顔だ」

――ここの子たちは、みんなこうなのか。

◇

騒がしい蹄の音がしたのは、その時だった。

門の外に、白い鎧の騎士が十騎。教会騎士団だ。その先頭で、一頭だけ特別に美しい白馬にまたがっている男がいた。

金髪。白い手袋。鼻の形が、少しだけ曲がっている。

そして――あの、崩れない笑顔。

「やあ。これはこれは、奇遇だな、平民」

香水の匂いが、風に乗って漂ってきた。

ヴィクトル・ダンケル。

黒狼砦の中庭で泥にまみれていた男が、今は真新しい白い鎧に、聖燈教会の紋章を輝かせていた。

「……何で、お前がここにいる」

ガイの声が、地を這うように低かった。

「口の利き方に気をつけたまえ。私は、聖燈教会騎士団の新しい団長だ。……教会は、罪を悔い改めた者に寛大でね」

ヴィクトルは、馬の上から孤児院の庭を見回した。そして、花を撫でるように、ゆっくりと顔をしかめた。

「……美しくない」

「……」

「崩れかけた壁。汚れた服。鼻水を垂らした子ども。……こんなものが、聖女様の心を乱しているとはな。嘆かわしいことだ」

団長は、白い手袋で一枚の書状を掲げた。

「聖燈孤児院は、本日をもって閉院とする。子どもたちは、教会の労役所で、正しく働くことを覚えてもらう」

庭の子どもたちが、静まり返った。

労役所。

ゲームの第二章に、その名前は一度だけ出てくる。入った子どもが、一人も出てこない場所として。

「――フザケるな」

俺より先に、小さな影が飛び出していた。

ミアだった。人形を抱えたまま、白馬の前に立ちはだかっていた。

「ここは、セラお姉ちゃんの家だもん!」

ヴィクトルの笑顔が、少しも崩れないまま――馬上から乗馬鞭が振り下ろされた。

乾いた音がした。

ミアの小さな体が、地面に転がった。白い花の人形が、泥の中に落ちた。

「――てめぇっ!」

ガイが、大剣の柄を握って飛び出した。

俺は、両腕でその背中にしがみついた。写し身も使わずに、体ごと引きずられながら。

「ガイさん! だめです!」

「離せトーマ! あいつ、子どもを――!」

「団長に剣を向けたら、教会への反逆です! 子どもたちまで罪人にされる! それがあいつの狙いです!」

ガイの体から、ゆっくりと力が抜けていった。

その肩が、小刻みに震えていた。

「……ふふ。賢いじゃないか、平民」

ヴィクトルは、乗馬鞭の先で金髪を整えた。

「砦では、お前のせいでずいぶんと美しくない目に遭った。……だが、あの方は寛大でね。こうして新しい役をくださった」

子どもたちを押し分けて、俺はミアを抱き起こした。頬が赤く腫れていた。それでも、ミアは泣いていなかった。泥の中の人形を、じっと探していた。

俺は人形を拾い上げて、その手に握らせた。

「……閉院は、いつですか」

「今日だと言っただろう」

「聖女様には、なんと言うんですか」

ヴィクトルの笑顔が、初めて、ほんのわずかに歪んだ。

聖女の心を乱すために閉めるのなら、本当に閉めてしまっては、人質にならない。孤児院は、ここにあるからこそ使える。

「……ふん。では、新月の夜まで猶予をやろう」

団長は、馬首を巡らせた。

そして、通りすぎざま、俺にだけ聞こえる声で囁いた。

「……古い建物だ。火の元には、せいぜい気をつけることだな」

白い鎧の列が、下町の道の向こうへ消えていった。

香水の匂いだけが、いつまでも庭に残っていた。

いいね、スタンプ、感想いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。