第36話 白い鎧の団長
全部話した。
大聖堂の地下の黒い柱。『聖なる灯を、灰に捧げよ』という文字。助けに入った仮面の騎士。片翼の鳥の徽章。新月の夜の約束。
話し終えると、リーゼは長いこと黙っていた。
「……帝国の第三王子と、手を組んだと」
「組んだというか、利用し合うだけだそうです」
「同じことだ」
リーゼは、額に手を当てて、深い深い溜め息をついた。
「正気の沙汰ではない。……だが、お前の正気には、もう慣れた」
「……すみません」
「謝るな。……次からは、一番に私に話せ。ガイの口から聞かされるのは、もう嫌だ」
ガイが、部屋の隅で小さくなっていた。
◇
「聖燈孤児院」は、王都の下町の、いちばん奥にあった。
壁が崩れかけた古い小さな建物。その庭で、二十人ほどの子どもたちが、つぎはぎだらけの服で走り回っている。
セラが育った場所だった。
「『祈らないと、孤児院の子たちへの配給を減らす』――セラはそう言ってました」
俺は、ガイと二人で麦の袋を担ぎながら、門をくぐった。買い込んだのは、砦から持ってきた給金の残り全部だ。
「だから、ここに麦があれば、セラは祈らない理由が一つ増える」
「……お前、そういうところだけは賢いな」
「だけって何ですか」
「あ、兵隊さんだ!」
麦の袋を下ろした瞬間、子どもたちがどっと集まってきた。その中に、一人だけ、少し離れたところで俺たちを見ている小さな女の子がいた。
七つか八つ。ぶかぶかの外套。白い花の刺繍の入った、古い布の人形を抱えている。
「……セラお姉ちゃんの、お友達?」
「ああ。えっと……」
「ミア。……お姉ちゃん、元気?」
「……元気になるよ。絶対に」
ミアは、しばらく俺の顔をじっと見ていた。それから、人形を抱いたまま、小さく頷いた。
「……うん。嘘じゃない顔だ」
――ここの子たちは、みんなこうなのか。
◇
騒がしい蹄の音がしたのは、その時だった。
門の外に、白い鎧の騎士が十騎。教会騎士団だ。その先頭で、一頭だけ特別に美しい白馬にまたがっている男がいた。
金髪。白い手袋。鼻の形が、少しだけ曲がっている。
そして――あの、崩れない笑顔。
「やあ。これはこれは、奇遇だな、平民」
香水の匂いが、風に乗って漂ってきた。
ヴィクトル・ダンケル。
黒狼砦の中庭で泥にまみれていた男が、今は真新しい白い鎧に、聖燈教会の紋章を輝かせていた。
「……何で、お前がここにいる」
ガイの声が、地を這うように低かった。
「口の利き方に気をつけたまえ。私は、聖燈教会騎士団の新しい団長だ。……教会は、罪を悔い改めた者に寛大でね」
ヴィクトルは、馬の上から孤児院の庭を見回した。そして、花を撫でるように、ゆっくりと顔をしかめた。
「……美しくない」
「……」
「崩れかけた壁。汚れた服。鼻水を垂らした子ども。……こんなものが、聖女様の心を乱しているとはな。嘆かわしいことだ」
団長は、白い手袋で一枚の書状を掲げた。
「聖燈孤児院は、本日をもって閉院とする。子どもたちは、教会の労役所で、正しく働くことを覚えてもらう」
庭の子どもたちが、静まり返った。
労役所。
ゲームの第二章に、その名前は一度だけ出てくる。入った子どもが、一人も出てこない場所として。
「――フザケるな」
俺より先に、小さな影が飛び出していた。
ミアだった。人形を抱えたまま、白馬の前に立ちはだかっていた。
「ここは、セラお姉ちゃんの家だもん!」
ヴィクトルの笑顔が、少しも崩れないまま――馬上から乗馬鞭が振り下ろされた。
乾いた音がした。
ミアの小さな体が、地面に転がった。白い花の人形が、泥の中に落ちた。
「――てめぇっ!」
ガイが、大剣の柄を握って飛び出した。
俺は、両腕でその背中にしがみついた。写し身も使わずに、体ごと引きずられながら。
「ガイさん! だめです!」
「離せトーマ! あいつ、子どもを――!」
「団長に剣を向けたら、教会への反逆です! 子どもたちまで罪人にされる! それがあいつの狙いです!」
ガイの体から、ゆっくりと力が抜けていった。
その肩が、小刻みに震えていた。
「……ふふ。賢いじゃないか、平民」
ヴィクトルは、乗馬鞭の先で金髪を整えた。
「砦では、お前のせいでずいぶんと美しくない目に遭った。……だが、あの方は寛大でね。こうして新しい役をくださった」
子どもたちを押し分けて、俺はミアを抱き起こした。頬が赤く腫れていた。それでも、ミアは泣いていなかった。泥の中の人形を、じっと探していた。
俺は人形を拾い上げて、その手に握らせた。
「……閉院は、いつですか」
「今日だと言っただろう」
「聖女様には、なんと言うんですか」
ヴィクトルの笑顔が、初めて、ほんのわずかに歪んだ。
聖女の心を乱すために閉めるのなら、本当に閉めてしまっては、人質にならない。孤児院は、ここにあるからこそ使える。
「……ふん。では、新月の夜まで猶予をやろう」
団長は、馬首を巡らせた。
そして、通りすぎざま、俺にだけ聞こえる声で囁いた。
「……古い建物だ。火の元には、せいぜい気をつけることだな」
白い鎧の列が、下町の道の向こうへ消えていった。
香水の匂いだけが、いつまでも庭に残っていた。
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