第3話 死ぬはずだった親友
親友が死ぬ場面を、俺は十回以上見ている。
プロローグは飛ばせない仕様だったから。新しいデータで始めるたびに、俺は彼が死ぬのを見た。
鉄格子の隙間から赤い光が膨らむ。「大きな背中の兵士」が振り向く。画面が白く飛ぶ。――そして次の一枚絵では、もう彼は倒れている。
だから、振り向かせちゃいけない。
「ガイ、伏せろぉぉっ!」
叫んだのと走り出したのは、ほとんど同時だった。
ガイは俺の声に、振り向こうとした。やめろ。こっちを見るな。体ごとぶつかって、その巨体を石畳に押し倒す。
頭の上を、熱が通り過ぎた。
ごうっ、という音。砂利の焼ける臭い。さっきまでガイが立っていた場所の石壁に、人の頭ほどの焦げ跡ができていた。
「……は、……?」
俺の下で、ガイが目を丸くしている。生きている。彼が生きているのは、俺が知るかぎり、この世界で初めてのことだった。
でも、喜んでいる暇はない。
開ききった鉄格子の向こうから、黒い影が次々と水路に上がってくる。顔を煤で塗った革鎧の兵士たち。その後ろ、手のひらに紅い刻印を光らせた男が一人。
帝国の先遣隊。ゲームの数字どおりなら、十五人。そうして、砦の中に入り込んだら食糧庫に火を放つ。背中の壺には油が詰まっている。
「第七、槍衾! 水路の出口を塞げ!」
背後からマルタの怒声が飛んだ。十二本の槍が、一斉に石の口へ向く。
水路は狭い。一度に出てこられるのは三人がやっとだ。出口を槍で塞げば、数の差は意味をなくす。ただし――
「刻印兵がいるぞ! 火を撃たれたら槍衾ごと焼かれる!」
古参の一人が叫んだ。そのとおりだ。さっきの火球を、もう一発、二発と撃たれたら、平民兵の槍衾なんて藁の壁と変わらない。
俺は必死に記憶を探った。
アシュレクには、マップ上の物を「調べる」コマンドがあった。二万時間も遊んだ俺は、砦中のあらゆるものを調べ尽くした。その中に、一つだけ意味もなく記憶に残っている文章がある。
『古い堰の巻き上げ機だ。今は使われていないようだ』
水門の、真上。
見上げると、そこにあった。錆びついた鉄の車輪と、太い鎖。川の上流側には、水をせき止める分厚い板。
ゲームでは、ただの背景だった。でもここは現実だ。堰を上げれば、せき止められた川の水が、全部この水路に流れ込む。
「ガイ! あれを回すぞ!」
「あ、あれ?」
「水門の上の車輪だ、面倒だから詳しいことは後で言う!」
俺とガイは石段を駆け上がり、巻き上げ機の取っ手に飛びついた。
動かない。何十年分の錆が、車輪を地面に縫い付けている。
「……トーマ、どいてろ」
ガイが両手で取っ手をつかんだ。外套の上からでも分かるほど、肩と背中の筋肉が盛り上がる。
ぎ、ぎぎ……と、鉄が悲鳴を上げた。
「うおおおおおおっ!」
車輪が回る。鎖が巻き取られ、上流の堰板が少しずつ持ち上がっていく。
下では、刻印兵が二発目の火球を練り上げていた。紅い光が、槍衾の先頭に立つマルタに向けられる。
その瞬間。
どうっ――と、地鳴りのような音を立てて、黒い水が水路になだれ込んだ。
火球は消えた。油壺も、帝国兵の半分も、濁流にさらわれて川へ押し戻されていく。運よく水路の縁にしがみついた者たちには、第七の槍が待っていた。
「……鐘を鳴らせ! 北だ! 敵は北から来たぞ!」
マルタの声が、夜の砦に響き渡った。
◇
そこから先のことは、よく覚えていない。
警鐘が鳴り、東壁に集まっていた兵が北へ駆けつけた。丘の松明はいつの間にか消えていた。厨房にいた新入りの料理番が、生き残った帝国兵と一緒に縛られていた。たぶん、あいつが格子を削った間者だ。
気がつくと、空が白んでいた。
俺は水門の横の石畳に、大の字になって寝転がっていた。
砦は、落ちなかった。
「……なあ、トーマ」
隣で同じように寝転がっていたガイが、空を見たまま口を開いた。
「お前、なんで分かったんだ。水路のことも、あの車輪のことも」
答えようがなかった。だから俺は、半分だけ本当のことを言った。
「……夢で、見たんだ」
何度も。何十度も。お前が死ぬ夢を。
ガイはしばらく黙っていた。それから、大きな手で、俺の頭を乱暴にかき回した。
「そっか。……じゃあ、夢に礼を言わなきゃな」
その声が少し震えていたことには、気づかないふりをした。
◇
その日の夕方。
砦の正門に、王都からの騎馬隊が到着した。砦が夜襲を受けたという知らせに、近くの駐屯地から駆けつけた視察の一隊だという。
当直明けの俺たちは、中庭の端でそれを眺めていた。
先頭の馬から、一人の騎士が降り立つ。
夕日を受けて燃えるような赤い髪。白銀の胸甲。細身の剣を下げた、若い女だった。
俺は、この女を知っている。
タイトル画面で、二万時間分、俺を見つめ返してきた女だ。
『アッシュ・レクイエム』の主人公。
女騎士リーゼ・アーベント。
一年後に、灰の峡谷で燃え尽きる女だ。




