↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
103/105

第103話 それぞれの道

それから半年が、飛ぶように過ぎた。

◇

王都の下町に、新しい建物ができた。

白い壁と、橙色の屋根。入り口の上には、小さな灯りの形を彫った木の看板が掛かっている。

『灯の家』

孤児たちが暮らし、怪我人や病人が手当てを受け、そして誰でも、祈らない手当てを習うことができる場所。

その中庭で、白い髪の聖女が、子どもたちに包帯の巻き方を教えていた。

「はい、そうです。きつすぎず、ゆるすぎず。巻いている間、ずっと相手の声を聞いてあげてくださいね」

「セラさま、声って、どうやって聞くの?」

「『痛い?』って、聞けばいいんですよ」

セラは笑った。その髪は、春の光の中で、一房の曇りもなく白く輝いていた。

庭の隣では、リタが大鍋でスープを煮ている。その周りを、ミアと教会の小さな聖女たちが、きゃあきゃあと走り回っていた。彼女たちはもう、だれも祈りのために命を削られない。

◇

王都の外れの、教会労役所。

「……なぜ、私が……このような……」

床を磨きながらぶつぶつ言っているのは、かつて白い鎧の騎士たちを率いていたヴィクトルだった。その隣では、かつて大聖堂で権勢を振るったグレゴールが、黙々と桶の水を替えている。

「――後ろ、まだ汚れてますよ。ヴィクトルさん」

入り口から、小さな声がした。

ミアだった。籠いっぱいのパンを抱えている。

「…………何をしに来た」

「セラさまが、労役所の皆さんにもって、って。――焦げてないやつですよ」

ミアは、一番大きなパンを、ヴィクトルの前に置いた。

ヴィクトルは、長いことそれを睨んでいた。

やがて――そっぽを向いたまま、聞こえるか聞こえないかの声で、こう言った。

「…………礼を言う」

ミアは、にこにこと笑って、次の部屋へ走っていった。

◇

国境の、とある村。

焼け跡だった場所に、新しい木の家々が並び始めていた。

その真ん中で、一人の大柄な男が、汗まみれになって柱を担いでいた。

「――ゼノンの旦那、そっちじゃねえ! その柱は井戸の横だ!」

「……すまん」

かつての帝国第一皇子は、大工の親方に怒鳴られ、素直に頭を下げていた。父帝から与えられた償い。それは、自らの手で、国境の村々を建て直すことだった。

村の入り口には、新しい木の看板が立っている。

『リンデ村』

その看板の横で、二つ結びの赤いリボンの少女が、弓を背負った兄の手を引いて、飛び跳ねていた。

「兄ちゃん、あそこ、わたしたちの家があったとこ!」

「ああ。――ちゃんと、覚えてる」

ノエルは、第七中隊の正式な弓兵になった。休みのたびに妹を連れて、この村へ通っている。峡谷からは、半日の距離だ。

そして――村の井戸の前では、黒髪の女が、小さな魔法陣を地面に描いて、井戸の水から灰の毒を抜き取っていた。

「――シオンさま!」

リナが駆け寄る。シオンは一瞬、どんな顔をしていいかわからないというように固まり――それから、小さく笑って、少女の頭を撫でた。

ノエルは、少し離れたところから、それを黙って見ていた。許しはしない。だが、妹の手を引き戻しにも行かなかった。

◇

黒狼砦。

「――槍ってのはね、腕で突くんじゃないよ!」

「腰で突くんだよ!」

裏庭に、二つの声が重なって響いていた。

一つは、砦の大隊長に昇進したのに、「机に座ってたら腰が錆びる」と言って新兵の稽古をやめないマルタさん。

もう一つは、新兵小隊の小隊長になったピートだ。

「……大きいマルタ隊長と小さいマルタ隊長が、同時に怒鳴ってる……」

新兵たちの嘆きは、年が変わっても同じだった。

砦の門の前では、ガイが、王都から来た一台の馬車を出迎えていた。

馬車から降りてきたのは、ガイと同じ茶色の髪の、小柄な少女だった。

「――兄ちゃん!」

「おう。――よく来たな、エマ」

ガイは、大きな手で妹の頭をくしゃくしゃに撫でた。

――帳面の中で自分の名前が消されていた頃から、ガイはずっと、王都にいる妹のことを気にかけていた。「生きて帰ったら、砦に呼んでやるんだ」と、焚き火の前で何度も言っていた。

「……俺も、妹に会えたぞ」

ガイは、照れたように、俺に向かって笑った。

◇

そして――その日の夕方。

司令室で、正式に黒狼砦の司令に任じられたリーゼが、書類から顔を上げた。

「――トーマ卿」

「その呼び方、やめてくださいよ。司令」

「お前こそ、その呼び方をやめろ」

リーゼは、少しだけ視線をそらした。

「……明日の朝、夜明け前。東壁だ。――帳面を持って来い」

「……はい」

俺の心臓は、峡谷の戦いの前夜よりも、ずっとうるさく鳴っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。