第102話 裁き
シオンの裁きは、灰の峡谷の入り口に建てられた、仮の法廷で開かれた。
王国の地でも、帝国の地でもない場所。条約で「両国が共に守る」と定められた、この峡谷で。
裁き手は、三人。王国の王。帝国の皇太子ルカ。そして、王国の監察官エーリヒ。
「――宮廷魔導師シオン。罪状を読み上げる」
エーリヒの声が、峡谷の風に乗って響いた。
王国宰相オズワルドを操り、王を病に伏せさせたこと。ローデン卿をそそのかし、片翼の鳥の呪印で死に至らしめたこと。リンデ村を焼かせ、少女を連れ去ったこと。第一皇子ゼノンをそそのかし、両国の兵を峡谷で滅ぼさんとしたこと。皇帝に呪いをかけたこと。そして――灰の王を目覚めさせ、黄昏の日を招いたこと。
長い、長い罪状だった。
その間、シオンは、法廷の真ん中に立ち、まっすぐに前を向いたまま、一度も目をそらさなかった。
「――申し開きはあるか」
「ありません。全部、わたしがやりました」
シオンは、静かに答えた。
◇
「――証言をさせてください」
傍聴席から立ち上がったのは、ノエルだった。
その手には、何十枚もの紙の束が握られている。
「俺は、リンデ村のノエルです。この人に、村を焼かれた。父ちゃんも、母ちゃんも、もういない。――俺は、この人を許してない。たぶん、一生許さないと思います」
シオンは、黙ってそれを聞いていた。
「でも――」
ノエルは、紙の束を掲げた。
「これは、妹のリナが、この人の館で書いた手紙です。字を教えたのは、この人です。毎日、俺に会える日のために、一枚ずつ」
ノエルの声が、少しだけ震えた。
「リナは、一年半、一度もひどい目にあわなかった。――それだけは、本当です。それだけは、言っておきたかった」
ノエルは、それだけ言うと席に戻った。その隣で、二つ結びの赤いリボンの少女が、兄の袖をそっと掴んだ。
シオンの唇が、小さく震えたのが見えた。
続いて、ルカが、皇帝からの書状を読み上げた。
『――余は、この娘に命を吸われた。だが、この娘は最後に、余の命を返し、自らの命だけを賭けた。そして毎晩、余の寝所の前で泣いていた。――余は、この娘の死を望まない。』
峡谷に、静けさが落ちた。
◇
「――判決を言い渡す」
王が、立ち上がった。
「宮廷魔導師シオン。汝を、生涯、灰の峡谷の『守り人』とする」
シオンが、息を呑んだ。
「汝はこの峡谷に住まい、灰の守り手の眠りを見守る。そして――その魔導の知識のすべてを、灰の疫病に苦しむ両国の民のために使うこと。汝が焼かせたリンデ村をはじめ、国境の村々の再建に、生涯を捧げること。それをもって、汝の償いとする」
「…………」
「死をもって償うことは、許さぬ。――この戦いは、誰も死なせないことで勝ったのだからな」
王は、俺のほうをちらりと見て、小さく笑った。
シオンは、しばらく立ち尽くしていた。それから、ゆっくりと、深く、頭を下げた。
「……謹んで、お受けします」
◇
法廷が閉じたあと、シオンは峡谷の縁に立ち、灰の守り手を見下ろしていた。
俺は、その隣に並んだ。
「……重い罰だね。一生かかりそう」
「おばあちゃんになるまで、ですよね」
「……うん」
シオンは、少しだけ笑った。それから、日本語で、こう言った。
「――トーマくんの、前の名前。冬馬くん、だったよね」
「……はい」
「ありがとう、冬馬くん。――あの崖の上で、君が違うって言ってくれなかったら、わたしはたぶん、今もあの絵の前で泣いてた」
久しぶりに、その名前で呼ばれた。前世の、画面の前に座っていた、あの自分の名前で。
「……どういたしまして。――シオンさん」
「あ、それ。その名前も、本当はこっちの世界の名前なんだけどね。前の名前は――」
シオンは、一瞬だけ言いかけて、それから首を振った。
「……ううん。いいや。こっちで生きていくんだから、シオンでいい」
彼女は、晴れやかに笑った。
「それで――冬馬くん。あの帳面、もう全部線を引いたの?」
「まだです。あと三つだけ。――引く場所は、決めてあるんです」
「そっか」
シオンは、俺の肩を、とんと叩いた。
「その後で言うことも、決めてあるんでしょう。――がんばれ、兵士C」
峡谷の風が、彼女の黒髪を、やさしく揺らした。




