表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

2. 怪しいのは誰?

メラヴェリー村とその周辺の最近(1912年8月)の出来事はこちらにまとめています。

https://ncode.syosetu.com/n2473mo/1/



「これは由々しき事態ですよ、二人とも」


 <メラヴェリー・マナー>のヴィクトリア朝風の重厚な応接間で、アメリアの向かいの深紅の布張りのアームチェアに座った母ミセス・グレンロスは、フットマンに給仕された紅茶を飲みながら威厳たっぷりに言った。

 まだ午前9時を過ぎたところ——上流階級の貴族たちはようやく朝食をとる時間だ——だというのに、淡いすみれ色の午前用ドレスに身を包み、頭の上に同じ色調のトーク帽を載せているミセス・グレンロスには一分の隙もなかった。


「そのようですね、お義母さん。あんな広告が出てしまっては午後2時には村中がこの屋敷に押し寄せますよ」


 そう言ったのはアルバートだ。

 彼は妻と義母から少し離れたソファに座っていた。


「それにしても、『地元の皆さまは残らずお越しください。お子様大歓迎』なんて、貴族の家が開催する行事の広告を装ったにしては変わった言い回しよね?」


 ミセス・グレンロスの言葉にアメリアもアルバートも首を捻った。

 確かに、普通貴族の家が村で開催する行事の広告を新聞に載せるとしても、時間と場所と主催者を記載するくらいで、余計な言葉を付け加えることはない。

 ただのいたずらでおかしな文句を選んだだけだろうか。

 

 ——それとも、何か目的があるのかしら?


 アメリアは暫し考えたが、当然すぐに結論を出せるはずもなく、ただ短くため息をついた。


「とにかく、準備するしかないわね」


 アメリアが言うと、アルバートもミセス・グレンロスも頷いた。

 メラヴェル男爵家はこの村の領主一家として尊敬されなければならない。

 つまり、村人の期待に応えることが大事だ。

 虚偽とはいえ、村人が屋敷に来たときに「秋祭りなどありません」では皆を失望させてしまう。


「今年は5月に春祭りの代わりに、村人向けに私たちの結婚の祝宴を開催予定だったでしょう?結局中止になってしまったけど……。そのときに準備していたくじ引きや輪投げの設備がそのまま残っているのではないかしら?」


 アメリアはそう言って小さくため息をついた。

 それは今回の急な秋祭り開催に対してのため息でもあるが、5月の結婚の祝宴が中止になったことに向けられたため息でもあった。

 祝宴が中止になったのはもちろん、アメリアとアルバートのせいではない。

 3月に結婚した彼らがハネムーンから帰った直後に起こった悲劇——1912年4月14日から翌15日にかけて発生したタイタニック号の沈没事故——のためだった。

 この悲劇を受けて、英国中が当分は賑やかなイベントを控えることになり、メラヴェル男爵家も当然それに倣った。


「サム、フィリップスに秋祭りに使えそうな設備を準備するよう伝えてもらえるかしら?」


 アメリアが傍らに控えていたフットマンのサムに声を掛けると、彼は控えめに頷いて執事を探しに応接間を出て行った。


「一体ぜんたい誰がこんな虚偽広告を出したのかしら?」


 ミセス・グレンロスが眉を寄せながら言った。

 それに答えたのはアルバートだった。


「今朝、虚偽広告を見つけてすぐにフィリップスに<バークシャー・ポスト>に電話で確認させました。二日前、メラヴェル女男爵を騙った広告掲載依頼の手紙が、広告の原稿と掲載料5シリング分の郵便為替とともに新聞社に届いたそうです。便箋にも封蝋にも当家の紋章が入っていたので、社員は誰も疑わずに、手紙で指定された通り本日掲載してしまったようです」

「便箋の紋章はどの紋章だったのかしら?」


 アメリアは可能性のある紋章を思い浮かべながら尋ねた。

 

 現在、メラヴェル男爵家から出す手紙の便箋に印刷されている可能性がある紋章は三つだ。

 一つ目は、メラヴェル女男爵の正式な紋章。これは結婚を機に新しい紋章になっていて、メラヴェル男爵家からの正式な書状に使われる。

 二つ目は、アメリアが結婚前から使用している簡易版の紋章。今でも主にアメリアの私的な手紙に使う——一昨日、アメリアが警部からの相談に応えて書いた手紙に印刷されていたのもこれだ。

 三つ目は、アルバートの紋章。彼の私的な手紙用だ——彼が編集者に手紙を送るときにはこれが使われる。

 

「どうも結婚後の女男爵の正式な紋章だったようだよ。フィリップスが電話口で紋章の特徴を確認してくれたんだ。ただ、本物の当家の便箋であれば紋章部分に凹版印刷の凹凸があるのに対して、今回の紋章には凹凸がないそうだから、手書きで偽造されたのだろう。封蝋の方は当然開封時に破られてしまったが、開封した社員は確かにメラヴェル男爵家の紋章入りだったと証言しているらしい」


 アルバートの説明を受けてミセス・グレンロスが更に尋ねた。


「手紙の筆跡や消印はどうだったの?」

「教育のある紳士らしい筆跡に、このメラヴェリー村の消印が押されていたそうです」


 それを聞いてミセス・グレンロスは首を傾げた。


「紳士らしい筆跡ねえ……当家で該当するのは、あなたか男性の上級使用人たちね?でも、メラヴェル男爵家の関係者がこんなおかしなことをするわけないわよね——だって、毎日忙しいのに何が面白くて自分の仕事を増やすの?そうすると、この家の外部の人の仕業ということになるけど、それにしては手が込み過ぎているわ」


 アメリアも同感だった。

 最初は子供のいたずらのような他愛のないものを想像していたが、男爵家からの本物の手紙と見紛うほどの手紙を新聞社に送っていたとなると、何らかの強い意図を感じる。


「あまり村の皆さんを疑いたくはないけれど、メラヴェリー村の消印があったのなら、この村から送られたことにはなるのでしょうね」


 アメリアの呟きに、アルバートとミセス・グレンロスは俯いてそれぞれに考え込んでいるようだった。


「私たちの中で、村の皆さんと一番親しいのはお母様だわ。病院と教会への支援を担ってくださっていますからね。お母様から見て誰か怪しい人はいないのかしら?もしくは、怪しいとまでは言えなくても、普段と違う行動をしている人とか……?」


 アメリアが尋ねると、ミセス・グレンロスは暫し沈黙してから口を開いた。


「そうねえ……強いて言えば、少し気になる人が二人いるわ」


 彼女は少し躊躇ってから話し始めた。


「一人は、ミセス・ブレイク。村の牧師夫人の妹ね。先月から息子のダニーをつれて牧師館に移ってきたのは二人も知っているわよね?」


 アメリアもアルバートも頷いた。

 二人もミセス・グレンロスと同様、毎週日曜日に礼拝のため教会に通っているので、ミセス・ブレイクとその息子を見たことがあった。

 メラヴェリー村の教会での礼拝では、信徒である各村人が座る席が慣習により決まっている。

 特に村の領主であるメラヴェル男爵家が信徒席の右側の最前列に座り、牧師一家が左側の最前列に座るのは、事実上の決まりごとと言っても過言ではない。

 アメリアの記憶では、その母子が何の紹介もなく左側最前列の牧師一家に加わっていたのは、先月8月11日の礼拝においてのことだった。

 その礼拝の後、アメリアがさり気なく牧師に尋ねたところ、母子は牧師夫人の妹とその息子で、これまでロンドンで暮らしていたのだが、彼らの夫であり父であるミスター・ブレイクが家を出ていってしまい、仕方なく姉夫妻のところに身を寄せているのだということだった。


「なんだか彼女には違和感があるのよ。彼女の姉の牧師夫人は、当然、教会のことで村の女性たちと頻繁に交流しているのに、妹であるミセス・ブレイクはもう村に来てひと月経つのにそういう集まりには全く顔を出さないの。息子のダニーもよ。確かもうすぐ5歳になると聞いているけれど……。誰も二人が牧師館か教会以外にいるのを見たことがないし、村の婦人が牧師夫妻にミセス・ブレイク宛てに挨拶の訪問を申し込んだのにかわされてしまったそうよ」


 アメリアは母の話に少し眉を上げた。

 確かにそこまで村人との関わりを避けるのは不自然だ。


「それに何よりあの時代遅れのチョーカーよ。もうヴィクトリア朝もエドワード朝も過ぎ去ったのに、どうしてあんなものを欠かさずつけているのかしら?」


 ミセス・グレンロスは顔を顰めた。

 アメリアが数少ないミセス・ブレイクについての記憶を辿ると、彼女がいつも首に着けている黒いベルベットのチョーカーのことが思い出された。


「彼女はまだせいぜい20代後半でしょう?年老いてもいないのに、流行を意識しない女性には何かあるのよ。夫が出ていったのにも、何か裏があるのかもしれないわ」


 ミセス・グレンロスの言葉に反論したのはアルバートだった。


「お義母さん、ミセス・ブレイクとその息子は動揺の最中(さなか)にいるのですよ。彼らを保護すべき一家の父親が出奔してしまったのですから、同情は寄せても疑いをかけるべき母子には思えませんね。彼女の方が義務を放棄して家を出たというならともかく」

「あらあら、あなたが今どき珍しい本物の紳士なのはわかっていますけどね、アルバート。誰にも彼にも紳士的にすれば良いというものではないのですよ」

「お義母さん、私はあなたのご経験に基づく洞察力は尊敬しています。しかし、今回に限っては——」


 アメリアは微かに顔を顰めて二人の議論を眺めていた。

 アメリアの夫と母は、どちらも彼女の大事な家族だが、何故かいつも意見が合わない。

 貴族の中でも名門侯爵家出身で理想を重んじるアルバートと上流中産階級育ちで現実主義者のミセス・グレンロスでは、価値観が違い過ぎるのだ。

 

 思った通り二人の議論は平行線のまま終わった。


「やれやれ、仕方ない。では、お義母さんが『少し気になっている』もう一人について伺いましょう」


 アルバートが言うと、ミセス・グレンロスは仕切り直すように一つ咳ばらいをしてから切りだした。


「今回の件と関係ないとは思うのだけど、やっぱり、最近のミス・ケリーは落ち込んでいるわね……」


 アメリアとアルバートは同時に「ああ……」と声を漏らした。

 ミス・ケリーというのは、村の外れで姪と共に養豚業を営んでいる30代の女性だった。

 去年、アメリアが成人してそれまで母が担っていた領地経営に多少口出しできるようになったのを機に、耕作頼みの領地経営から脱却すべく、何世帯か誘致した畜産業者のうちの一世帯だ。


「無理もないわね。先月子豚を五匹も盗まれたのですもの」


 アメリアは深いため息をついた。

 春先から近隣の村で活動していた子豚泥棒が遂に先月8月18日にメラヴェリー村にも出てしまったのだ。

 子豚泥棒は、ミス・ケリーの豚舎を破壊し、貴重な子豚を五匹も連れ去った。


「ええ、この前村で見かけた彼女は見るからに落ち込んでいたわ。教会の集まりのときに村の女性たちに聞いてみたのだけど、盗難自体もそうだけど『誰にも気にかけてもらえていない』と思い込んで沈んでいるそうなの」


 そう言ってミセス・グレンロスは首を振った。


「でも、彼女にはあなたがきちんと対応してくださったわよね、アルバート?」

「ああ、そのはずだよ」


 アメリアの問いにアルバートは少し肩を竦めて答えた。

 結婚以来、アルバートは、探偵女男爵としてロンドン警視庁の警部たちからの相談を受けて多忙になってしまったアメリアに代わって、領地経営の実務の大部分を引き受けてくれていた。

 特にこの子豚盗難事件については、メラヴェル女男爵肝いりで誘致したばかりの養豚農家が被害に遭ったため、アルバートが手厚く対応したはずだ。


「事件の翌日には、フィリップスの代筆でメラヴェル男爵家からの正式な見舞い状を送ったし、数日後の8月22日には領地管理人のミスター・マクドゥーガルと私がミス・ケリーを訪ねて現地視察もしたのだが……」


 アルバートは首を捻りながら、何か自分の対応に不足があったか考えているようだった。

 そこでミセス・グレンロスがため息交じりに言った。


「そういう形式的なことじゃないのよ、アルバート。ミス・ケリーには心からの思いやりを示してくれる人が必要なのですよ」

「『心からの思いやり』?なるほど。確かに、私が連れ去られた五匹の子豚を思ってソネットを作ったりしたら滑稽さのあまりミス・ケリーの憂鬱は晴れるでしょう。しかし、私の尊厳は犠牲になりますね」


 アルバートが皮肉めいたことを言ったので、アメリアはひやりとした。

 彼に悪気はないのだが、母はこういう皮肉を不謹慎と捉えがちだ。

 アメリアがそっと母の顔を見ると、やはり彼女は思い切り顔を顰めていた。

 ミセス・グレンロスは呆れたように言った。


「ミス・ケリーだって、まさかメラヴェル女男爵の夫からの『心からの思いやり』を期待してなどいないでしょう。もっと身近な人から思いやってもらいたいのですよ、きっと」

「まあ、そうでしょうね」


 アルバートは少し眉を上げてから頷いた。

 

「それにね、アルバート。あなたにはもっと『心から思いやる』べきことがあるでしょう?」

「何のことでしょう?」


 アメリアは会話の雲行きが怪しくなってきたことを察して、思わずブラウスの襟を一度撫でた。


「『この家』のことですよ。あなたが我が娘を助けて領地を豊かにしようとしてくれているのは有難いのですけどね。もっと『この家』を豊かにすることも考えてもらいたいものだわ」


 そう言ってミセス・グレンロスが目を細めてアルバートを見たので、アメリアはなんとなくティーカップに手を伸ばした。

 一方のアルバートの灰色の瞳には少しの揺れも映らなかった。


「やれやれ、私はそちらにも熱心に取り組んでいますよ、お義母さん」

「本当かしら?」


 アメリアは二人の方を見ないようにしながら、持ち上げたティーカップに口をつけた。

 さすがに既婚女性になったアメリアは、二人が何のことを言っているのか、わかった。

 メラヴェル女男爵であるアメリアとその夫アルバートの目下の最大の義務——後継者についてだ。

 今やアメリア以外に存命の子孫がいなくなってしまったメラヴェル男爵家には、どうしても後継者が必要なのだが、まだ喜ばしい知らせはなかった。

 母は時々この話題を持ち出して、アルバートが義務と責任を自覚していることを確認しようとするきらいがある。


 ——お母様はいつも彼にばかり言うけれど、これはどちらかというとやっぱり私の義務と責任じゃないのかしら……。 

 ——でも、先日の悲劇のことを思うと、お母様が心配になるのも仕方ないのかもしれないわ。


 アメリアはタイタニック号の事故のことに思いを馳せた。

 この事故には英国の上流階級の人々も大勢巻き込まれ、乗船客の中にはアメリアとアルバートの友人も含まれていた。

 特に事件から数日後にアルバートのプレップスクール時代からの友人で、アメリアも以前から面識のあるセッティンガム男爵の名を新聞の安否不明者名簿に見つけたときには、夫婦ともに衝撃を受けた。

 いつも冷静なアルバートでさえ「スタンリー(というのが男爵の姓だ)は……泳げない」と言ったきり、新聞を折り畳み、その日は必要な応答以外一言も言葉を発しなかった。

 結局、数週間後に男爵を含めて直接の友人たちは全員無事であることが確認できたものの、家族や親戚を亡くした友人は多くいた。

 彼らの悲しみを思うと、あれから半年近く経った今でもアメリアの心はひどく痛む。

 そして、誰しもいつどうなるかわからないからこそ、メラヴェル男爵家の当主として家と領地を継いでいくことの責任の重さを改めて痛感するのだった。


「——お義母さん、私は『この家』の繁栄を盤石にするためには、まずは土台を固めることが重要だと申し上げているのですよ」

「あらあら、土台だけに集中していて、レンガを積み上げるのを忘れていたなんてことにはならないでしょうね?」

「ご心配には及びません。私たちはきちんと——」


 物思いに耽りながら紅茶を飲んでいたアメリアは咽そうになった。

 別のことを考えている間に、夫と母の議論が若干行き過ぎになりそうな気配を帯びている。

 アメリアは控えめに咳ばらいをし、二人の注目を集めてから言った。


「二人とも貴重なご意見をありがとう。でも、話を虚偽広告のことに戻しましょう。他に気になる人はいないのかしら?」


 アルバートとミセス・グレンロスは互いに目配せしてから、再度記憶を探り始めた。

 暫くして口を開いたのはアルバートだった。


「そういえば、私にも一人、気になる人がいました」


 アメリアが頷いて続きを促すと、彼は顎に手を当てて何事か思案しながら話し始めた。


「正確にはこの村ではなく隣村の住人ですが、准男爵のサー・ジュリアン・トラヴァーズが——」

「あら、サー・ジュリアンは立派な紳士よ?」


 口を挟んだのはミセス・グレンロスだ。

 アルバートは首を振った。


「いえいえ、私が言っているのはサー・ジュリアン本人ではなく、彼の食客の画家のことですよ。名前は聞いたことがなかったが……」


 アルバートが言っているのは隣村の地主サー・ジュリアン・トラヴァーズが後援している画家のことだった。

 メラヴェル男爵家との付き合いもあるこの准男爵は無名の芸術家の支援をすることが生きがいで、よく芸術家志望の食客を招いている。

 先月8月29日に、アメリアとアルバートがその准男爵家の晩餐会に招待されたときに、数日前から遅咲きの中年の男性画家を屋敷に置いていると聞いたが、その場にその画家は同席しなかったこともあり、アメリアも彼の名前や詳しい素性は聞いた覚えがなかった。


「でも、サー・ジュリアンのお眼鏡に叶った芸術家なのですから、問題ないでしょう?」


 上流中産階級の育ちのミセス・グレンロスは、同じ階級の価値観を共有するサー・ジュリアンと奥方のレディ・トラヴァーズとは気が合うらしく、普段からどうも彼らの肩を持ちがちだ。

 同様に感じていたらしいアルバートがミセス・グレンロスに反論した。


「どうでしょう?サー・ジュリアンは他人の芸術の才を見抜く目はお持ちだが、他人の心根の良し悪しまでは——」

「まあ、わかっていないわね、アルバート」


 再び議論なのか、口論なのかわからないやりとりを始めた二人をよそに、アメリアはこれまでの話に考えを巡らせた。


 ——ここまで気になる人として挙がったのは三人ね。


 アメリアは一人ひとりについて考えを整理しようと試みた。

 

 一人目は、牧師の義妹ミセス・ブレイク。

 夫が蒸発したとして先月前半から息子と共にロンドンから村に移り住んできた20代後半の女性。

 村では他人との接触を避けているように見え、アメリアの母は彼女の時代遅れの趣味を怪しんでいる。


 二人目は、去年アメリアが誘致した養豚農家の女性ミス・ケリー。

 姪と共に養豚業を営んでいる30代の女性で、先月後半に子豚の盗難被害に遭った。

 アルバートが彼女に正式な見舞い状を出し、訪問もしたが、誰にも気にかけてもらえていないと落ち込んでいるようだ。


 三人目は、隣村の准男爵サー・ジュリアンの食客の画家。

 名前はわからないが遅咲きの中年男性画家だと聞いている。

 芸術好きのサー・ジュリアンが才能を見出し、先月末頃から准男爵邸に滞在しているらしい。


 そこまで考えたところで、不意にアメリアのヘーゼルの瞳にほとんど閃きと言ってよさそうなものが映った。


 ——ええ……そういうことかもしれないわ。

 ——二、三確認すれば、解明できるはず。


 しかし、思考の海に沈んでいた彼女は夫と母の声で現実に引き戻された。


「いやいや、お義母さんは、わかっていらっしゃらない」

「いえ、アルバート、あなたこそ——」


 アメリアは思わず眉を寄せた。

 彼女の夫と母ときたらどうしてこうも噛み合わないのだろう。

 世界で最も大事な二人にはもっと仲良くしてもらいたいのに……。


 そのとき、アメリアのヘーゼルの瞳に鮮烈な閃きが走った。

 しかし、それは事件のことではなく——。


「二人とも!」


 アメリアが立ち上がりながら言ったので、アルバートとミセス・グレンロスは口論をやめ、彼女の方を向いた。


「とにかく、今は秋祭りを無事開催することが最優先だわ」

 

 急ではあるがもっともなアメリアの提案に、二人は戸惑いつつも頷いた。

 

「そうすると、私はメラヴェル男爵家の当主として秋祭りに集中すべきだと思うの。だから、悪いけど虚偽広告事件の捜査は二人にお任せするわ」


 アルバートとミセス・グレンロスは同時に何度か瞬きをした。


「逆じゃないのかな?事件の捜査といえば君の領分だろう?マイ・ディア」

「そうよ、アメリア。あなたったら、私が止めるのも聞かず『探偵』を名乗るくらいなんだから……」


 戸惑う二人をよそにアメリアはきっぱりと言い渡した。


「いいえ、今回ばかりは二人に捜査をお願いするわ。虚偽広告事件は、二人で協力して解決してちょうだい」


 そう言って歩き出すアメリアを、アルバートが立ち上がって呼び止めた。


「待って……君はどこへ?」


 アメリアは彼の方に顔を向けて微笑んだ。

 

「私は養豚農家のミス・ケリーのところに行って、事情を話してハムやベーコンの在庫を全て買い上げて来るわ。彼女の自家製ベーコンは絶品だから、お腹を空かせて来る村の皆さんもきっと喜ぶでしょう?」

 

 彼女は更にミセス・グレンロスの方にも視線を向けて続けた。


「その間に二人は事件の捜査を進めてちょうだい。今のところ容疑者はこの村かその近隣の人々。秋祭りの準備をするふりをしながら進められるわ」


 アメリアは明るく言ったが、他の二人は戸惑うばかりだった。

 

「いや、そう言われても……」

「そうよ、アメリア。私たちには全く……」


 しかし、彼らの抗議はアメリアには届かなかった。

 

「とにかく、大事なのは二人で協力することよ。頼りにしていますからね、二人とも」


 そう言って応接間の扉の方へと歩き出した彼女はふと何かを思い出したように立ち止まった。

 彼女は後ろを振り返ると、そのままアルバートの方に歩み寄り、彼にだけ聞こえるように囁いた。


「お願いね、あなた(darling)


 それだけ言うと、彼女は意気揚々と応接間を後にした。

 これで彼女の愛する二人——夫と母——が少しは仲良くなってくれると良いのだが……。

 そんなアメリアの背中を見送った二人は、ただ顔を見合わせるばかりだった。



紋章については深入りするとそれだけで一章分使ってしまうので、心苦しくも浅い説明に留めています。


セッティンガム男爵夫妻の話はこちらです。

「アーサー・スタンリーの愉快な人生」(https://ncode.syosetu.com/n2388lt/)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
Σ ママとアルバート卿、思ったよりバチバチしてる… 偽広告といえば、クリスティの『予告殺人』! でも、ノー死人とのことで、安心して楽しませていただきます。 そして、お屋敷のお祭りイベントが出てくる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ