17. 本当にあなたなの?②
一同が沈黙する中、静かに切り出したのはアメリアだった。
「あなたの言い分はわかりました、ミスター・ブレイク。あなたはミセス・ブレイクに暴力など振るっていないのですね?しかし、それなら何故あなたはメラヴェル女男爵の名を騙り、新聞に虚偽広告を掲載させてまで、当家にこの秋祭りを開かせたのです?本当にあなたの言う通りならば、あなたはただ牧師館に妻子を迎えに行けば良かったのではないかしら?あなたの方に正当性があるなら、ミスター・ベントリーだってあなたの味方をしたはずです。それなのに、何故貴族と問題を起こす危険を冒したのでしょう?」
彼女の問いにミスター・ブレイクは一瞬だけ不意打ちを食らったような表情を浮かべた。
沈黙する彼に代わって疑問を呈したのは、ミセス・グレンロスだった。
「アメリア、どういうことなの?虚偽広告事件の犯人は、ここにいるミス・エムではないの?大事にならないように、あなたとアルバートが注意して終わらせるはずだったでしょう?」
「ごめんなさい、お母様。私は事件の表層しか見ずに結論を出してしまったの。でも、お母様と卿が捜査をしてくれたお蔭でようやく深層にあった真実が見えてきたわ」
アメリアはミスター・ブレイクに鋭い視線を向けた。
「私は当初、虚偽広告事件は、ミス・エムが彼女なりの事情により、引き起こしてしまったのだと思っていました。しかし、つい先ほどあることに気が付き、別の可能性に思い至りました」
ミス・エムが少し身じろぎをした。
俯いて何か考え込んでいるようだった。
「そもそも、この事件は、ミス・エムが一人で考え出したにしては、いくつかおかしな点がありました。例えば、今回の虚偽広告の文面です。普通こうした貴族の家で開催する行事の広告には、せいぜい開催日時と場所、主催者名くらいしか載せません。にもかかわらず、今回の虚偽広告には『地元の皆さまは残らずお越しください。お子様大歓迎』という変わった文言がありました」
「よくわかりませんが、それは、ミス・エムが広告の文面作成に慣れていなかっただけ——」
ブレイクが口を挟んだが、アメリアが視線でそれを制した。
「ええ。最初は私もそう思いました。しかし、ミスター・ブレイク、あなたが全てを計画していたと考える方が、ずっと合理的な説明がつきます」
彼女は改めてブレイクに向き直った。
「あなたは、当初からミセス・ブレイクを家に連れ戻すことを強く望んでいました。とはいえ、真っ当に牧師館に迎えに行っても、暴力に怯える彼女が応じるわけもありませんし、ミスター・ベントリーに阻まれることも明らかでした。かといって、息子の引き渡しを要求して間接的に帰宅を促す気もなかったでしょう。息子のために母親として帰宅させても意味がない——妻として自発的に『戻る』と言わせたかったのです。それで、隣村に潜伏して直接『説得』する機会を窺っていましたが、ミセス・ブレイクはほぼ牧師館にこもりきりで隙がありませんでした」
アメリアは、ブレイクが僅かに顔を顰めたのを見逃さなかった。
「しかし、ミセス・ブレイクには弱みがありました。もちろん、息子のダニーです。愛する息子が強く望めば、外出しないわけにはいきません。この村に逃れてきて色々と我慢させている負い目もあったでしょう。あなたは、それを見越して秋祭りの広告に『お子様大歓迎』という文言を入れました。いくらか文字が読めるダニーが『お子様』という文言に反応して、秋祭りに興味を持つように仕向けたのですわ」
そっと視線を落としたミセス・ブレイクをミセス・グレンロスが気づかわしげに見つめた。
「抜け目ないあなたは、更に『地元の皆さまは残らずお越しください』という文言も入れました。たくさんの人が集まれば、村人ではないあなたも目立たず参加しやすくなるのはもちろんですが、世間の目を作り出す方が主な目的でしょう。衆目に晒された状態で、夫であるあなたが帰宅を促せば、ミセス・ブレイクは『家に戻る』と言わざるを得なくなりますし、ミスター・ベントリーも強く拒否できません。牧師の彼が神聖な夫婦の同居義務を否定しているように見られれば、村人からの信用を失いかねませんから」
「だったら何だというのです?全て憶測ではありませんか」
ブレイクの鋭い視線がアメリアに向けられたが、彼女は動じなかった。
「私は先ほどミス・エムにこの虚偽広告事件に関わった動機を確認しました。彼女の目的を果たすだけなら『地元の皆さまは残らずお越しください。お子様大歓迎』という文言は必要ありません。この文言を必要としていたのはあなたです。つまり、あなたがこの広告文を考えたのです。そして、その広告文を新聞に掲載させるために、ミス・エムの才能を利用して当家の便箋の紋章を偽造させました。あくまでミス・エム自身の目的を果たすための計画だと説明し、彼女も自分の目的のために行動していると思い込んでいたのでしょう」
ブレイクはアメリアの語りを聞きながら、奥歯を噛み締めていた。
彼は今や刺すようにアメリアを睨みつけている。
アメリアは、その隙に母がミセス・ブレイクと共にじりじりと後退しようとしていることに気が付いたので、ブレイクがそれに気づかないように彼女たちからそっと視線を外した。
ブレイクはアメリアを睨んだまま唸るように言った。
「さすがレディの身でご自身の爵位をお持ちだからでしょうか。荒唐無稽な話をなさるのに躊躇いがありませんね、レディ・メラヴェル。しかし、あなたの話には一切証拠がありません」
アメリアはブレイクを見つめ返した。
「そうとも言い切れませんわ。虚偽広告掲載にあたって、あなた自身が掲載料分の郵便為替を買っていれば、郵便局員が人相を覚えているかもしれません。それに、今、あなたが滞在している准男爵家の部屋に手紙の下書きや偽造した予備用の便箋があるかもしれません」
「ええ、そうかもしれませんね。でも、それだけでは私が虚偽広告を掲載させたことの証拠にはなりません。郵便為替は、別の用途で購入したかもしれませんし、買い方がわからないミス・エムに頼まれて事情を知らずに購入しただけかもしれません。手紙の下書きや便箋も、ミス・エムから預かっただけかもしれない」
ブレイクは埒が明かないとばかりに深いため息をついた。
「あなたがどうあっても私を悪人に仕立てたいのはわかりました、レディ・メラヴェル。しかし、私は虚偽広告には関係ありません。まあ、ミス・エムに多少知恵を貸したかもしれません。でも、『冗談だと思った』からです。こんな子供が本当に大それたことをするなんて誰も思わないでしょう?言ってみれば、私は利用されたのです。虚偽広告事件を計画し、実行したのは、ミス・エムです。彼女が自分で偽物の手紙を書いて新聞社に送ったのです」
彼は笑みを作り出すように唇を歪ませた。
アメリアは引き下がらなかった。
「そうでしょうか?」
「ええ、そうですよ」
「本当に?」
「そうだと言っているじゃないですか!」
再三の問いにブレイクは目に見えて苛立っていた。
だが、実のところアメリアは彼には問いかけていなかった。
彼女が問いかけていたのはミス・エムだった。
「ミス・エム、あなたは本当に自分で新聞社への手紙を書いたのかしら?」
問いかけられたミス・エムは一歩後ずさった。
心なしかその顔は、先ほど女男爵夫妻から虚偽広告事件の犯人だと名指しされて青ざめていたときよりも、いっそう蒼白に見えた。
「なるほど……レディ・メラヴェル、あなたはそれにお気づきのようだ。しかし、無駄ですよ。彼女は証言しない。認めるわけがない」
ブレイクが嘲笑った。
しかし、アメリアは取り合わず、ただミス・エムに向かって語りかけた。
「どうか本当のことを教えてちょうだい、ミス・エム」
そのヘーゼルの瞳には何かが宿っていた。
いつもの稲妻のような閃きによる一瞬の煌めきとは違う。
何かを信じ、切実に訴えかけている。
一方のミス・エムはその瞳を見まいとするように目を閉じ、ハムとスケッチブックを両手に抱き締めて俯いていた。
「ミセス・ブレイクとダニーを助けられるのは、あなたのその真実しかないのよ、ミス・エム」
その言葉にミス・エムは目を開けた。
そして、躊躇いながらもゆっくりと顔を上げ、アメリアの瞳を見つめ返した。
「『愛し合い、慈しみ合って生きていくことができますよう』……」
遠くに聞こえる秋祭りの喧騒に掻き消されてしまいそうな呟きだった。
「女男爵様、私は……」
彼女は言いかけて、一度黙り込んだ。
しかし、ゆっくりと深呼吸をした後、再度口を開いた——。
女男爵が気づいた「あること」とは?
また、ミセス・ブレイクとダニーを救う手立てはあるのでしょうか?
次回更新で完結となります。




