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16. 本当にあなたなの?①

■お詫び

本編第12話「秋祭りは順調?②」(https://ncode.syosetu.com/n2473mo/13/)において、一時、前半のシーンが抜けたまま掲載しておりました。

2026年9月27日以降は完全版に差し替えられています。

重要な要素はその後のストーリーの中で回想・反復されているため直接の影響はないかもしれませんが、差し替え以前にお読みになった方は、もしお時間があれば再読いただけると大変ありがたく思います。

折角お読みいただいているにもかかわらず、大変申し訳ございません。

詳細(活動報告):https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2894815/blogkey/3714595/


本編は最終推理に入ります。お楽しみいただければ幸いです。

※家庭内暴力への言及を含みます。



 アメリアがその男を「ミスター・ブレイク」と呼ぶと、少し距離を空けて立ち止まったミス・エムだけが微かに首を傾げた。

 しかし、ブレイク自身は微塵も動揺を見せなかった。

 

「初めまして、あなたはこの<メラヴェリー・マナー>の女主人レディ・メラヴェルですね?」


 ブレイクは不自然なほど感じよく言った。


「ええ、そうです、ミスター・ブレイク」

 

 そう答えながらアメリアは、さり気なく周囲の女性たちに視線を走らせた。

 ブレイクの向こう側にいるミセス・ブレイクはすっかり怯えきっており、ミセス・グレンロスが彼女をブレイクから隠すように前に立っている。

 また、ミス・エムは落ち着きのない様子で辺りを見回している。


「私、あなたの奥様のミセス・ブレイクとお話ししたいのですけれど、二人きりにしていただけます?」

「それはできません。私こそ妻に話があってきたのですから」


 予想通りの返答だった。

 

 アメリアは表情を変えないまま、改めてブレイク母子のことに思いを巡らせた。


 ——牧師館に籠りきりだったミセス・ブレイクとダニー。

 ——ミセス・ブレイクがいつも着けているチョーカー。


 それらを併せて考えると、ミセス・ブレイクが夫からの暴力に耐えかねて家を出てきたのは明らかだった。

 夫の方が出奔したという話は、牧師夫妻が母子を庇うために作った表向きの説明に違いない。

 アメリア自身は大いに疑問を感じるところではあるが、いくら夫の暴力が理由だとしても自ら家出した妻より、夫に遺棄された妻ということにしておいた方が世間の評判がいくらかましなのは事実だ。


 アメリアは母の方に視線を向けた。


 ——さすがお母様だわ。危険を察知して、先にミセス・ブレイクと話していたのね。


 母はアメリアの視線に応えてしっかりとした頷きを返した。

 これからしなければならないことはわかっている。

 何とかこの場を切り抜けて、ブレイク夫妻を引き離すのだ。


 アメリアは一つ息を吐くと話を続けた。

 

「ミスター・ブレイク、先ほど私は『当家の秋祭りにようこそ』と言いましたが、この秋祭りは当家が計画していたものではありません。あなたもよくご存じですね?」

「何をおっしゃるのです、レディ・メラヴェル?」

 

 ブレイクはにこやかな表情を崩さなかった。


「それを説明するには、まず、あなたがこれまで身元を偽っていたことを明らかにしなければなりません。始まりは先月のことです。8月の初め頃までブレイク家の家族はまだ皆さんロンドンに住んでいたのだと思います。あなた方は普通の一家に見えたかもしれません。しかし、実際は一家の父であるあなたが妻ミセス・ブレイクを虐待していました」

 

 この場にいる者の中で唯一この恐ろしい事実に気づいていなかったと思われるミス・エムが小さく悲鳴を上げ、片手で口元を覆った。

 

「そして、ついにそれに耐えかねたミセス・ブレイクは息子を連れて密かに家を出て、このメラヴェリー村の姉夫妻——牧師のベントリー夫妻——の家に身を寄せました。おそらく、私が二人を日曜礼拝で初めて見かけた8月11日の少し前のことだと思います」


 ミセス・ブレイクの震える手が首元のチョーカーを撫でた。


「ミスター・ブレイク、あなたは必死に妻子を探したはずです。そして、8月16日には姉夫妻の元にいることを突き止め、この村まで様子を見に来ました。しかし、すぐには妻子に接触しませんでした。二人はほとんど牧師館にこもりきりで、常にミスター・ベントリーの庇護下にあったからです。ミスター・ベントリーの慈しみを重んじる人柄からして、暴力を受けたミセス・ブレイクの味方をするのは明らかです。おそらく、暴力の証拠となる傷跡も見たのでしょう。彼のような社会的地位のある屈強な紳士が妻子を庇護している限り、あなたは何もできませんでした」


 アメリアがちらとブレイクを見ると、彼はゆっくりと手を持ち上げて帽子のつばに触れていた。


「しかし、あなたにとって運が良かったのは、宿泊していた<アザミ亭>で、私の母の執事ウェルズと話す機会を得たことです。あなたは彼からこの村や周辺の情報を得たのですね?」


 ミセス・グレンロスがすかさず口を挟んだ。


「アメリア、さっきウェルズ本人からも話を聞きました。ウェルズは、色々なこと——メラヴェル男爵家のことも、隣村の准男爵家のことも、町の木曜市のことまで話してしまったらしいわ」

「ありがとう、お母様。それで全てが繋がるわ」

 

 アメリアは深く頷いてから言った。


「あなたはウェルズから話を聞いて、町の木曜市に行ったのですね?木曜市には商品だけでなく情報も集まります。そして、8月22日の木曜市には、自家製の肉製品を売りに来ていたミス・エム・ケリーがいました。そのとき、彼女はスケッチブックを持って来ていたのではないでしょうか——ちょうど今と同じように」


 アメリアがミス・エムに視線を向けると、彼女はハムと一緒に胸の前で抱えていたスケッチブックをぎゅっと握り締めた。

 その頬には微かに赤みが差していた。


「あなたは木曜市で彼女のスケッチブックの絵を見たのでしょう。そして、歓喜したはずです。彼女が牧師館で子守りを手伝っている間に描いたミセス・ブレイクと息子ダニーの絵があったのですから」


 アメリアはミス・エムのスケッチブックの絵を思い出した。

 あるページの見開きの一方には市場の絵が、もう一方には母子の絵が描かれていた。

 木曜市の客足が落ち着いている間に、風景を描くためにスケッチブックを広げた際に、母子の絵も周囲から見えるようになり、通りかかったブレイクが目を留めたのだろう。


「あなたはその場でミス・エムに声を掛けました。最初は単に妻子のことを尋ねる目的だったのかもしれません。しかし、間もなく骨董商としての審美眼により彼女の絵の才能を見抜き、それをウェルズから聞いた隣村の准男爵サー・ジュリアンと結びつけました。ミス・エムの絵を自作と偽って、才能ある画家を度々食客として迎えている彼に売り込むことを考えついたのです。首尾よく運べば、隣村に拠点を置きつつ妻子を監視することができます。絵の仕事をしたいという希望を持っているミス・エムに、『骨董商としての経験を活かして、代わりに絵を売り込んで後援を取り付けてあげよう』などと言えば、スケッチブックの絵を何枚かもらい受けることができたでしょう」


 ブレイクは顔を上げ、アメリアを見つめていた。

 その顔には先ほどまでの愛想のよさはなく、視線も鋭いものに変わっていた。

 秋祭りの喧騒が嫌に遠くに聞こえた。


「そうして、あなたはすぐに准男爵家を訪ね、思惑通り食客として迎えられました。准男爵の後ろ盾があれば自由に行動しやすかったでしょうし、メラヴェリー村まで噂が届いても、牧師館の家族は芸術の才能に乏しいあなたと画家を結びつけることはありません。また、ミス・エムは、准男爵家に週に2度、配達に通っています。その際に彼女に接触して制作を依頼したり、完成作品を受け取ったりすることで、さも自分が絵を描いているように見せかけることもできました」


 アメリアの話を聞きながら、ブレイクは顎に手を当てて思案していた。

 そして、わざとらしいほどに柔和な笑みを浮かべながら明るい口調で話し始めた。

 

「なるほど、お話はよくわかりました、レディ・メラヴェル。私がミス・エムの絵を借りて『ハンフリーズ』として准男爵の家に滞在していたことは認めます。そもそも、今日の午前中に、准男爵家で『ハンフリーズ』としてミセス・グレンロスにお会いしたので、否定のしようがないのです。それに、その際に、くじ引きの景品用に絵画を差し上げてしまったので、それをミス・エムの絵と照合されれば、それが彼女の作品であることも明らかになってしまいます。この点において、私が言い逃れをするのは不可能です」


 アメリアは頷いた。

 先ほど、ミス・エムはくじ引きの景品の絵画を訝しんでいた。

 彼女自身がくじ引きをした際に、自分が「ハンフリーズ」に渡した絵が景品になっていることに気が付いて不審に思ったのだろう。

 景品の絵の画題は、スイートピーにデルフィニウムにラベンダー——どれも夏の牧師館の庭に咲く花なので、ミス・エムが子守りを手伝いに行った際に見た花を描いたに違いない。

 

 暫しの沈黙の後、ブレイクは今度は平坦な声で語り始めた。

 

「しかしですねえ、レディ・メラヴェル。『ハンフリーズ』として、准男爵家に入り込んだのは、できるだけ金をかけずに妻子を近くで見守りたかったというだけなのですよ。准男爵夫妻とミス・エムには嘘をついて悪かったとは思っていますが、全ては家族のためだったのです。最後には、サー・ジュリアンに本当の作者はミス・エムであることを伝えるつもりだった——と言えば大した問題にはならないでしょう?あのサー・ジュリアンが騙されて偽画家を家に引き入れてしまったことを公に認めるとは思えませんしね」


 ブレイクは改めて笑みを浮かべた。

 先ほどまでの柔らかな微笑みとは違うどこか昏い笑みだった。


「ですが、私がミセス・ブレイクに暴力を振るった?それに耐えかねた彼女が家を出た?それは認めません。彼女ではなく、私が家を出たのです。もちろん、妻子を遺棄したわけではなく、借金取りに追われて一時避難しただけですが。しかし、無事に金が用意できたので、こうして妻を迎えに来ました。だって、夫婦には同居の義務がありますから。ドロシー、君もわかっているね?君は私とロンドンに戻りたいはずだ」


 ブレイクはそう言ってミセス・ブレイクに鋭い視線を向けた。

 ミセス・ブレイクの手は震えているように見えたが、ミセス・グレンロスが彼女を守るようにその肩に手を置いた。

 ミセス・ブレイクはミセス・グレンロスに何事か囁いた後、一歩前に進み出た。


「ジェームズ、もう嘘はやめてちょうだい。あなたの事業は順調。取り立てられるような借金などないことは、私がよく知っています。いずれにしても、私は戻りません。あなたが私に暴力を振るったのは事実なのですから」


 そう言って彼女は首に巻かれていたチョーカーをゆっくりと外した。

 チョーカーが取り去られた首には、既に薄くなっているが、何かを押し付けられたような一本線の痕が残っていた。

 秋祭りの喧騒に紛れて、ミス・エムが息を呑む音が響いた。


「あの日、あなたはダニーの食事が遅いからという理由で、私を床に引き倒し、外出用の杖を喉元に押し付けました。ダニーの目の前で……。もうこんなのは嫌です。どうか別居してください」


 ミセス・ブレイクは震える声で言い切った。

 しかし、ブレイクは乾いた笑いを漏らしただけだった。


「そんな薄い痕が何の証明になる?君が自分で転んだときにできたものだろう?正当な理由もないのに家庭を放棄すると君の落ち度になるぞ」


 ミセス・ブレイクは俯いた。

 彼女の顔に浮かんだのは、最早悲しみですらない。深い絶望だった。

 

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