10. 二人のご意見は?②
アメリアの助言を受けたアルバートとミセス・グレンロスの二人はそれぞれに考えながら話し始めた。
「まず、当たり前のことではありますが、虚偽広告を掲載するには、新聞社に手紙を出さなければならない——つまり、犯人は新聞社への手紙を書くことができた者の中にいるということになりますね」
「そうね。だとすると、新聞社に届いた手紙の特徴から考えた方が良さそうだわ」
二人はまず手紙の特徴を整理し始めた。
朝のうちにアルバートの指示を受けて執事が電話で確認した手紙の主な特徴は、メラヴェリー村の消印、紳士の筆跡、メラヴェル女男爵の正式な紋章が描かれた便箋、メラヴェル男爵家の封蝋——の四点だった。
第一に、消印についてだが——。
「消印はあまり手がかりにならないわね。実際の居住地にかかわらず、メラヴェリー村で投函すれば良いだけだもの」
ミセス・グレンロスが言い、アルバートも同意した。
「しかし、いくら虚偽広告を出さずにはいられない理由——例えば、当家への恨みでしょうか?——を持つ人物がいたとしても、それだけでわざわざメラヴェリー村から投函しようとは思わないかもしれません。差出人の特定を恐れたのなら、もっと交通の便の良い都会から出しても目的は達成されますから」
「だとすると、やっぱり犯人はメラヴェリー村かその周辺に住んでいる可能性が高いのかもしれないわね」
二人は少しの間、議論したが、まずは近隣の人々について検討するということに落ち着いた。
第二に、紳士の筆跡——近隣でこれを書ける者はある程度絞られるので、二人は候補者を一人ずつ挙げていった。
まず、パブリックスクールを出ている紳士たち——アルバート(彼自身が自分を容疑者から除外するのを頑なに拒んだ。「知らない内に加担していたなんてこともあり得るだろう?」)、隣村の准男爵のサー・ジュリアン、牧師のミスター・ベントリー——は、間違いなく書くことができるだろう。
そして、職業柄紳士らしい筆跡を身につけた男性の上級使用人も候補にはなる——ここには別邸の執事ミスター・ウェルズも含まれる。
「准男爵夫妻の食客の画家ミスター・ハンフリーズも書けるかもしれないわ。没落した地主の子息を自称しているようだから、紳士としての教育を受けているかもしれないもの」
ミセス・グレンロスが言った。
「そうですね。加えて、『地主の子息』というのが嘘だったとしても、画家であれば、どこからか紳士らしい筆跡の者が書いた手紙やメモを入手して、自分が作った文章に即して一文字ずつ模写することはできるかもしれません」
「確かにそうね。紋章だけでなく、筆跡も偽造の余地があるということね。もっとも、筆跡を偽造したとしてもプロが鑑定すれば書き手を特定できるのだと新聞で読んだことがあるけれど」
「最近の我が国の科学捜査の進歩は目覚ましいですからね。新聞社には証拠の手紙を取っておくよう依頼してあるので、必要なら後で取り寄せましょう」
アルバートはそう言いつつ、顎に手を当てて考え込んだ。
見逃している可能性がないか考えているようだった。
「あとは、牧師館の子供たちはある程度紳士らしい筆跡を書けるかもしれません。数年後にパブリックスクールに進学させることを見据えてミスター・ベントリーが熱心に教育していますから」
「あら、それは思いつかなかったわ。確かに、三兄弟の一番目と二番目の子はもう11歳と10歳だから、大人と変わらない字を書けるかもしれないわね。三番目の子は8歳だから微妙なところだわ。今は甥のダニーもいるけど、あの子はまだ4歳だから難しいわね」
ミセス・グレンロスの口調は真剣ながらも、口元には笑みを浮かべていた。
「そうですね。ミスター・ベントリーによると、ダニーも文字に関心はあるようで、特に自分に関係ありそうな『お子様』という語に敏感だそうですが、自分で書くのは難しいでしょう。そうなると、子供が大人に騙されて書いたことまで考えたとしても、牧師夫妻の一番目か二番目の子でしょうね。もっとも、可能性は非常に低いでしょうが」
アルバートが少し苦笑しながら結論づけた。
第三に、メラヴェル女男爵の正式な紋章が描かれた便箋——ただし、これは紋章が凹版印刷された本物ではなく、手描きの偽物らしいことも重要だ。
手描きで紋章を偽造する場合、まずは手本となる女男爵の正式な紋章の図柄を手に入れなければならない。
「普通、貴族の正式な紋章を知りたいときは、貴族名鑑を開くものだけど、今回ばかりはその方法は使えないわね」
ミセス・グレンロスの言う通りだった。
通常、各貴族の紋章は貴族名鑑に掲載されるが、アメリア——つまり、メラヴェル女男爵——の紋章は今年3月にアルバートと結婚したことで、貴族の女性当主の紋章の規則に従って自身の紋章と夫の紋章が並ぶ形に変わった。
メラヴェル男爵家の正式な手紙用の便箋の紋章は、結婚後すぐに二つの紋章を並置する図柄に切り替えられたものの、貴族名鑑は毎年年初発行なので今年版にはまだそれが反映されていない。
そうなると、現時点で最新の紋章を知るには、男爵家の便箋を見るしかない。
「今朝、フィリップスが新聞社に電話した際に、偽造された手紙の紋章の図柄の特徴が新しい紋章と一致していることを確認しています。本来の正式な紋章には、私の実家由来のモットー『CONSTANTIA VIRTUSQUE VERITATIS(真実の堅忍と徳)』が書かれますが、便箋上は印刷時の美しさを優先してモットーの文字を割愛している点まで同じだったようです。すると、やはり犯人は当家の便箋を入手したとしか考えられませんね」
アルバートの言葉に、ミセス・グレンロスも静かに頷いた。
そうなると、最も怪しいのは、メラヴェル男爵家の家族と使用人たちということになる。
彼らが屋敷に備えられている便箋を一枚持ち去ることは簡単だ。
「それから、養豚農家のミス・ケリーには子豚盗難事件へのお見舞い状を出していますから、彼女も便箋の紋章を目にする機会はありました」
アルバートが言った。
「そういえば、午前中、彼女のハムやベーコンを買いに行ったときに、彼女はお見舞い状をどこにしまったか忘れてしまったようなことを言っていたわ」
アメリアが言うと、ミセス・グレンロスが思い出したように口を開いた。
「ねえ、アメリア。隣村の准男爵夫妻と牧師夫妻にも手紙を出したことはあるわよね?」
「ええ。でも、残念ながら社交関連の手紙だけなの」
「あら、じゃあ、メラヴェル女男爵の正式な紋章の便箋を使ったのではないのね」
母は落胆したようにため息をついた。
社交関連の手紙は、アメリアが男爵家の社交を担う女主人として書くので、アメリアの私的な紋章が印刷された便箋が使われるのだ。
それから、議論は次の段階へと移った。
何らかの方法で見本となる正式な紋章が入った便箋を手に入れた後は、新聞社を騙せるほどの精巧な偽物を用意する必要がある。
これができる者は限られているというのが、アルバートとミセス・グレンロスの一致した意見だった。
真っ先に名前が挙がったのは、画家のハンフリーズ——画家なのだから紋章の模写くらい簡単にできるだろう。
また、アルバートは追加で、養豚農家のミス・ケリーの姪のミス・エムの名前も挙げた。
「牧師館に彼女が描いた素晴らしい水彩画が飾られていました。あの精度で絵を描ける彼女なら紋章の模写もできるはずです」
アメリアもそれに同意した。
「実は、私も午前中にミス・ケリーのところで、彼女の絵を見たの。皇太子殿下を描いていて、彩色も見事だったわ——ただ、殿下の御髪の色だけは、彼女が同じ色調の髪の男性を見る機会がないとかで色が塗られていなかったけれど。逆に言えば、彼女なら見本さえあれば何でも描くことができそうに思うわ」
アルバートもミセス・グレンロスも頷き、ミスター・ハンフリーズに加えミス・エムもまた紋章の模写ができた者に加えることに同意した。
そして第四に——メラヴェル男爵家の封蝋だが、これは情報が限られていた。
新聞社で開封された際に現物は破られてしまったので詳細はわからない。
メラヴェル男爵家は新聞社に以前にも何度か社交関連の広告——例えば女男爵夫妻のハネムーンからの帰還告知などだ——の掲載依頼の手紙を送ったことがあるので、社員が違和感を抱かなかったのであれば、やはり本物と遜色ない封蝋が使われていたのだろうと思われた。
一応考えられる方法としては、まず、屋敷内の本物の封蝋印を持ち出して封蝋を押す方法がある——これが可能なのはメラヴェル男爵家の家族か使用人だ。
更に、もう一つの方法を疑ったのは、アルバートだった。
「例のレディ・セッティンガムの特技を思い出したのですよ」
そう言って彼は、友人のセッティンガム男爵がタイタニック号の事故を回避した経緯を改めて語った。
男爵の手紙を盗み読みして彼の渡米計画を知った男爵夫人が乗船当日に夫を港で捕まえたお蔭で、男爵はタイタニック号に乗らずに家に引き返したのだった。
アメリアも先日男爵夫妻が<メラヴェリー・マナー>を訪ねてきた際に、男爵夫人がすっかり恥じ入りながら痕跡を残さずに手紙を開封する方法——熱したナイフで封蝋を慎重に剥がし、中身を読んだ後で剥がした封蝋の裏を再度温めて封をし直すらしい——を語っていたのをよく覚えている。
「——つまり、その方法を使って、当家からの手紙の封蝋を剥がして別の手紙に貼り付けたということもあり得るのね」
ミセス・グレンロスが感心半分呆れ半分に言った。
メラヴェル男爵家の封蝋は手紙の種類にかかわらず、同じ図柄の印が使われるので、男爵家から手紙を受け取ったことがある者は誰でも実行可能だ。
ただし、さすがに破ってしまった封蝋を復元することはできない。
よって、一度封を開けてしまえば、この方法を使うことはできないということになる。
最後に、アルバートとミセス・グレンロスは、掲載料の出どころについても議論した。
掲載料の5シリング——ハウスメイドの週給程度だ——は、職がある者であれば何とか用立てることはできそうなので、それ自体による絞り込みは難しい。
ただ、支払いに使われた郵便為替については、郵便局員が購入者を覚えているかもしれないので、後で周辺の郵便局に問い合わせてみても良いかもしれないとの結論に至った。
***
議論が終わる頃、三人には食後の紅茶が供されていた。
「お母様、アルバート。素晴らしい議論だったわ」
議論が止むと、アメリアはティーカップを手に明るい口調で言った。
「犯人を絞り込めたのではないかしら?」
アメリアの問いかけにアルバートとミセス・グレンロスはやや気まずそうに顔を見合わせた。
「残念ながらよくわからない——いや、あと一つ決め手があれば……」
「そうね。もう一つ手がかりがあればわかりそうなのだけど……」
二人が思案していると、朝食室の扉がノックされた。
それが執事ミスター・フィリップスであることを察した三人はそれぞれに目配せをし合ってから、入室を許可した。
そして、姿を現したミスター・フィリップスは、三人が予想していた通りのことを告げた。
「ご歓談中申し訳ございません、奥様方、旦那様。村人たちが集まり始めています。そろそろお支度をお願いいたします」
いよいよ秋祭りの開始だ。
【参考文献】(紋章について)
Charles Boutell「The Handbook to English Heraldry」 (1914)
(https://www.gutenberg.org/files/23186/23186-h/23186-h.htm)
■推理中の方向けのご案内
本作は出題編と解決編の区切りが必ずしも明確ではないのですが、次々回にてアルバート卿の推理が披露されます。
次回までの内容から犯人や動機を考えておいていただけるとよりお楽しみいただけると思います。




