20
今日は雲一つない快晴。
私は部屋の窓から外を眺めた。
「お嬢様?
そろそろ、ご準備をしに行きましょうか?」
「ええ、そうね」
私は、見慣れた家具や内装を見渡し、心の中で(今まで、ありがとう)と呟いた。
いつでも帰ってくる事はできるのだが、もう、私の家ではなくなるからだ。
寂しいと思う反面、新しい生活が始まる事への期待に胸が高鳴る。
寺院へ行く前に、軽く何かを食べる為に食事室へと向かった。
私が軽食を取っていると、兄とメルティアがやって来たのだ。
「ティア?体調は平気かい?
無理なら行かなくても良いんだよ」
「何を言っているの?
エルの結婚式に出ないなんて、ありえませんわ!
アディ?いい加減にしてください!」
と2人は朝から揉めているようだ。
実は、メルティアは妊娠二ヶ月だったりする。
妊婦のメルティアが心配すぎて過保護な兄と、私の結婚式に出ないなんて考えられない!と怒るメルティア。
夫婦喧嘩は犬も食わぬとは、よく言ったものだ。
すると、私がいる事に気付いたメルティアが声を掛けて来た。
「エル?これから寺院へ行くのでしょう?
私とアグネスも、後で控え室に行くからね」
「ありがとう。
メルは、悪阻は平気なの?」
「ええ、今日は全然平気なの。
きっと、大事な日だって、この子も分かっているのかもね」
と『ふふっ』と微笑むメルティアは、すでに母親の顔をしていた。
「エルからもティアに言ってくれないかい?
無理はしないでって」
すると、メルティアは兄へと振り返り『妊娠は病気じゃないのよ?悪阻が出たらちゃんと休むから、大丈夫よ』と、また始まってしまったので、私は『じゃあ、また後でね』と言い残して部屋を出たのであった。
私はサーシャと一緒に馬車へ乗り込み、寺院へと向かう。
控室へ着くと、ウェディングドレスが飾られていた。
このドレスは、母と王妃様が一生懸命に考えて、私の為に誂えてくれた物だ。
私がジッと見つめていると、サーシャが促すように声を掛けてきた。
「お嬢様、では湯浴みからしていきましょうか?」
「ええ。お願いね」
サーシャと他のメイド達が準備をしてくれる。
湯浴み後、化粧と髪を結ってもらい、先程のドレスに袖を通した。
「お嬢様、大変、お綺麗でございます。
私は、お嬢様にお仕え出来た事を、本当に嬉しく思っております」
「サーシャ?大袈裟よ。
それに、結婚してもサーシャは付いて来てくれるじゃない」
「それはそうですが、やはり、クリーヴランド家のご令嬢としては、今日が最後です。
これは私のケジメなので、言わせていただきます」
私は姿見鏡に映るサーシャへ、鏡越しに微笑んだのだ。
「私も、サーシャがメイドで本当に良かったわ。
これからも、よろしくね」
「ありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願い致します。
・・・フェアリエル様」
私達が微笑み合っていると、父と母がやって来た。
「エル、とても綺麗だよ。
こんなに素敵な花嫁は、何処を探しても居ないんじゃないか?
本当に、良く似合っている」
「ええ、とても。
・・・とても綺麗だわ。
貴女はもう、立派なレディなのね。
本当におめでとう・・・エル」
と、両親が伝えてくれたのだが、母の私を見つめているその瞳から、涙が流れ落ちたのだ。
私は、母が泣くとは思ってもみなかったので驚いた。
そんな感極まっている母を父がそっと支えている。
母は父より、愛情表現をするタイプではない。
父は泣いても、母は泣かないと思っていたのだ。
もちろん、私の事を愛してくれているのは知っている。
けれど、母より父の方が愛情深いと、ずっとそう思っていた。
けれど、そんな事は無かったのだ。
私は、母の姿を見て、静かに想う愛もあるのだと知った。
それから両親は、準備があるので先に会場へと向かって行ったのである。
そして、しばらくすると・・・。
メルティア、アグネス、兄がやって来た。
「エル、おめでとう。本当に綺麗よ」
そう言うメルティアは、お腹を締め付けないシフォンドレスを着ていた。
傍らには兄が寄り添っている。
そんな兄に付いて来たのか、アルマがアグネスをエスコートしていた。
「おめでとう、エル。幸せにね」
そう言って微笑むアグネスに、アルマも『おめでとうございます』とお祝いの言葉を贈ってくれたのである。
「では、先に会場へと行っているからね。
ウィルフォード殿下と、幸せになるんだよ。
それと、クリーヴランド家は、ずっとエルの家だ。
だから、いつでも帰って来ていいんだからね」
と兄はそう言い残して、退出して行ったのであった。
「フェアリエル様、私は会場の準備が出来ているのかを確認して参りますね」
サーシャが退出しようとしたその時、準備の終わったウィルフォードが入って来た。
「フェアリエル、準備は出来たか?」
白いタキシード姿のウィルフォードは、とても格好良い。
「ええ、いつでも大丈夫よ」
と振り向き答える私と目が合う。
すると、ウィルフォードの息を呑む音が聞こえた。
「・・・とても美しい」
と呟き、まじまじと私を見ている。
そして、近づいて来ると私の手を取ったのだ。
「俺は、この日をずっと待ち望んでいたんだ。
・・・本当に綺麗だよ」
「ウィルも、とても素敵よ。
素敵すぎて、緊張してしまうわ」
そう言い合い、二人で微笑み合ったのである。
すると、サーシャが戻って来て『準備が整いました』と報告をしてくれた。
「フェアリエル、行こうか」
そう言って手を差し出すウィルフォードに、私は、そっと手を重ねて、控え室を後にしたのであった。




