第95話. 窮地に開く風の抜け穴
薄暗い城内を不気味な青白い光がぼんやりと照らし、屍人のような顔が上方に浮かび上がる。おぞましき巨体なる虫の魔物“ハギング・バンシー・アルファ”の前に出るフィルナス。その体格差たるや比較になるものではなかった。
対抗呪文となる魔法をかき消す“対魔の装甲”を備えるベッカードをその手に捕らえ、怪物は眼下のフィルナスを睨む──
不釣り合いな二者が対峙する異様な光景──冒険者からすれば無謀に他ならない。それは自殺行為にも等しい所業であった。
「あの男いったいなにやってるんだ! 殺されるぞ!!」
「先生……!」
冒険者が叫ぶ。加勢しようにも、リリアによって勢いを削がれた周囲の魔物の相手で手一杯であった。
(……これは"賭け"だ……)
(風の魔導士は、大気の小さな揺らぎを聞き取るだけが特技というわけではない……。意思を"共鳴"させることもできる。 隠れることなく前に出ることによりボクの意思が跳ね上がり、共鳴した手応えを感じた……! リスクはあるが、この場を切り抜けねば元も子もない)
フィルナスが手を掲げると、風が舞い、やがて彼の前に小さな渦を形成する。
しかし、その様を眺めているアルファではない。体勢を立て直した魔物は再び一撃を浴びせようとする。魔法を霧散させる鋼鉄鎧は、天井近くまで高く振り上げられた。
「あいつ死ぬぞ……!!」
目を見開く冒険者。
——と、同時に、二者の間を割って入るかのように素早く駆け抜ける一人の影——
「さっきの子供か!? このタイミングを狙って!?」
(チャンスだ……! あのデカブツにまとわりついてたらあっという間に潰されるけど、"カウンター"ならいける! つーか、あのおっさんの魔法を散らす鎧がメンドーだな、あれさえなければリリアが十分力を発揮できるのに)
(……だけど、弱点は見えているんだよなぁ……!)
"アストラルブレード!"
レインは再び剣撃を放つ——その軌道は、またも"足"。
しかしアルファはそれを読んでいたかのように、大きくひらめく翅をはためかせると、その巨体は宙へ浮かぶ。
跳躍、そして振りかぶり攻撃する標的は尚もフィルナスを捉えたままだ。
「そんなことだろーと思ったよ! べつに当たらなくってもいい」
宙を舞う星の刃、その軌道の先に標的はない。
が、そこに新たなる一撃が加わる——
「——俺の攻撃はな——!」
"ゴオォォオッ!"
レインが放った星型の刃、"アストラルブレード"がアルファの足元——宙で勢いよく光を散らすように炸裂する。それは、銀焔の渦に出力を集中させていたリリアにとって全力とはいえない出力ではあったが、アルファの一手を止めるに十分な"反応"を起こした。
(レイン君、ボクの見せた魔法を自分なりに再現している……。ボクの見込み通り、彼には風の魔法に対する素養がある)
(そして、僕の魔法を使いこなそうとしているのは、彼だけではない)
(キミがここに居たと知ったあの時からずっと不思議に思っていた……疑問だったんだ。"彼女"がこの学校と城、どう考えても通常の移動手段でそう簡単に行き来できる距離ではない。"どうやって"移動しているか……その専門たるボクにはよくわかる)
(——キミも、使えるんだろう?——)
(優秀な魔導師なのだから……!)
腕を掲げるフィルナスの傍の渦はより出力を増していた。
その中心は、まるでミニチュアの台風の目のように、ぽかんと静寂した空間を開けている。
——まるで、誰かが通り抜けられるかのように——
"風精霊の抜け穴"——!
この時、ハギング・バンシーの群れを相手する冒険者……そして一手を止められていた親玉である"アルファ"。
マナが上向き銀の焔の力により抑え込まれているとはいえ、ステータスの差は大きく足止めは限界を迎えつつあった。
これ以上、あと少しでも戦えば誰かの犠牲は免れない——そんな瞬間——
「ヤツの動きが……止まった……!」
「なんだ、何が起こっている!? おい!はなせ!下ろさんか!」
長き手足は手指の先まで微動だにせず、屍人にも似た不気味な人面の顔は硬直。
その巨体なる魔物は、完全にその一切の動作を停止していた——
「束縛せし紫水晶の鎖——!」
(!!)
"キイィィィイン!"
静寂を割く、声——そいて結晶の共鳴する音が高く響いた。
「……わ、私を……お……おろすだと!?」
アルファはその拳を握っていたベッカードを丁重に下ろす。それは突如中身が入れ替わったかのような所作であった。親玉は攻撃を止め、それに従うかのように周囲の魔物も攻撃を停止し、隊列を成し宙へと舞い始める。そして、その場に現れた"もうひとり"。それを呼び込んだフィルナスはそれが誰であるかあらかじめ知っていた。
(どうやら、うまくいったようだ……! 意思を共鳴させ緊急事態を伝え、そしてボク自身を"目印"にした……!)
『蓄積した好意に応じて心身の主導権を得る』束縛せし紫水晶の鎖の能力。
魔物の群れを制御するその主は、エオルーンの制服姿に身を包む長きブロンドの少女だった。
AI不使用




