第93話. 抱擁せし蝿の亡霊 ハギング・バンシー
"破軍の明星"
アルテア王国における冒険者のランクにおける頂点にして憧れの存在……。
長き混沌の末にようやく平和が訪れた当時のアストリアにおいて、
その称号が意味するところは激戦を繰り広げていた『かつてのもの』ほどではないかもしれない。
それでも、たとえ戦時中だろうと、人々が和やかに時を謳歌していようと、それは最高の称号——言葉の響きは同じだ。嬉しいものは、やっぱり嬉しい。
『おめでとう、オーニール』
その称号を持つ者に自身の名が連なった瞬間——それは冒険者としての今までの苦労が認められ、『安泰の人生が約束された』のだと……そう信じて疑わなかった。
——だけど、
どうして……。
何故なんだ。
(なぜ俺は、ハエの魔物にここで命を奪われなきゃいけないんだ)
「オーニールゥゥウウウゥゥ!!!」
アルテア城、薄暗い大広間の上方より来訪する蝿の魔物——同胞の戦士"秋桜剣オーニール"が捕らえられ、瞬く間にヒトが上がってはいけない高度へと連れ去られる。
ゼルヌスには成すすべもなく、ただ叫んだ。
(最悪だ……! 本来であればここでやられるのは俺のハズ……! なのに狙われたのは俺じゃなくって仲間のオニール……! コレじゃまるで俺が——)
「させないっ!!」
「!?」
リリアが勢いよく杖を振るう。
同時に放たれる銀焔はその虫を目掛け、宙を駆け抜けてゆく。
——が、
「アイツ、リリアの焔を"避けた"!?」
銀焔が直撃する瞬間、標的はその身を翻し逸らすようにして焔の直撃を避ける。
”ひゅっ”
その瞬間に合わせるように、何者かが空を切る様に腕を軽く振るった。
そして——
(!?)
"ドゴオォォオオッッ!"
——弾ける閃光——
「焔が……爆ぜた!?」
焔に対する合図の様な動作と共にはじけ飛ぶ銀の輝き。
散ったのは、焔だけではなかった。
その焔に巻き込まれたヴェスパはその体躯を削がれ、維持不可能な程の損傷を負い、半分近くが灰と化している。
(……あの力は……"魔導士"……! 遠距離であのバケモノを仕留めることができるのか!?)
(フン……フィルナス……! 銀焔の魔導士本人を連れ出し賭けに出たか。どれだけ危険な行為かわかっているのか? 彼女に何かあれば、アストリアはその場で終焉を迎えるのだぞ……!)
一撃でヴェスパを戦闘不能に追いやる所業——その場に居た者全員はその様に目を奪われ、各々の思考を巡らせる。
(今のワザ……! リリアだけじゃあんなことはできない! フィルナス先生……先生が魔法でサポートして、今のをやったのか!?)
レインが目を見開きフィルナスを見つめる一方、フィルナスは目の端で彼を一瞥し、前方において落下を始めているオーニールへと意識を集中させる。
「レイン君、対象から目を逸らさないように。……まぁいい、"これ"をよく見ていてください」
"カップ・アンド・ソーサー!!"
フィルナスが再び軽く腕を振るうと、包み込むようなカップ状の風の渦、それを乗せた幾重もの空気の層が"落下地点"に出現する。
天井付近の高度より落下したオーニールは柔らかな風により、ふわりとその身を受け止められ、彼は痛めつけることなく着地した。
「先生……!」
(すげえ……! 風の魔法、リリアと相性がむちゃくちゃいいんじゃ……!?)
「まだ終わっていませんよ。ま、これくらいはキミでもできます、ていうかできるようになって下さい」
(……!)
「さあ、構えて……ここからです」
「……はいっ!」
リリアが杖を構える、するとその直後——魔物は次々と姿を現す。
ぼとっ、ぼとっ——と、天井から次々と振りくる魔物。
その体は青白く発光し、長き虫の四肢に屍人の様な顔をもつ。
冒険者たちは包囲される形となりながら武器を構え、臨戦態勢に入った。
「こいつら……虫の癖に人面かよ……とことん不気味な野郎だ……」
「"ハギング・バンシー"、抱かれれば粘糸に絡めとられ行動不能……あの世行きだ」
「こんな気色割い奴ら、趣味じゃねえよ……!」
強がろうとするも、あまりの不気味さに上擦る声——気づけばその虫の数は10を超えていた。
「へっ、ハエの巣にしてはまだ少ねえくれえだな……!」
(いくら魔導士サマがいるったって、多すぎんだろ……とても守れねえ! くそっ、軍の連中はなにやってるんだよ……こんな奴らと戦いたくねえ。 頼む、来てくれ!!)
ゼルヌスの強がりも最早限界まで来ていた。
——そして、
「おい、見ろ……!」
"ドゴオオオォオン!!"
(!!)
(ほんの、微かな……そして短い希望だった——)
地を鳴らす衝撃と共に、ダメ押しの様に飛来する"巨体"なる虫。
そのシルエットはまるで翅と虫の手脚を持つ"巨人"——その身体の特徴は"ハギング・バンシー"に似通った部分はあるものの、より堅牢な装甲を備える。
そして何より、圧倒的な図体——それは周囲の青白きヴェスパが"雑魚"と思えるほどに、比較にならない。
"奴らの親玉"——そう思わせる様な、巨大な蝿の魔物だった。
「ハギング・バンシー・アルファ……とでも呼ぶか? 面白え……こんな化け物、久しく逢っていねえ」
ゼルヌスは剣を構え、それと対峙する。
力強く握っているはずの黒き剣——その切っ先は細かく震えている。
久々の強敵に奮い立っているのか、それとも自身が恐れおののいているのか、彼にとって最早どうでもよかった。
ただ生き残ることができればよい、彼はそれのみに精神を集中させる。
そして、次の瞬間——
"ガッッ!!"
「ぐおぉっ!!?」
「なっ!!?」
"ハギング・バンシー・アルファ" その巨体は一気に身を突進させる。
後ろ脚で地をとらえ、おぞましいほどに長い腕と手指を振るい、獲物を掴み捉える。
「しまった……! アイツ、あの図体で途轍もなく"速い"……!」
「お父様!!!」
鷲掴みにされたその標的……それは、大領主"ベッカード=バーゼルスタイン"だった——
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