第88話. 私をお父様と呼ぶんじゃない!!
──『ベッカード=バーゼルスタイン』、アルテア王国において現在大領主として知られるその名は、かつて領土に侵入し人々を脅かす魔物を自ら斬り伏せる勇敢な戦士かつ冒険者の名であった。
異国の技術を身に纏ったその力は魔物の予想を上回り、己が力以上の力を振るうことで魔物を屠る事ができる上に、人々すらも救う。若き日のその姿はアルテアの冒険者達にとって憧れの象徴であり、ある者はその輝かしい姿を、アストリア全土を危機に貶めた魔の極限たる“マリグナステラ”を討伐してきた“勇者”に重ねる者もいた。
だが、ベッカードの力は先進的な技術を基盤としたところが多く、歴史を塗り替えてきた者程の力をもつというわけではない。それは当の本人がよく自覚しており、歳を重ねるにつれ、やがて自らの力の衰えと限界を思い知った。
とはいえ、自身の限界を知ったとて、圧倒的な力を持つ英雄たちに憧れるその心だけは若き日から変わらないつもりであった。
その意思は冒険者たちにも響き、本物であるかに関わらず、自身を勇者と信じ振る舞い続けることで、歴史的な英雄に近づこうとする若者たちがアルテア王国において続出する。
その結果、現役から身を引いた現在において、若者を中心とし、互いに競い合う冒険者たちからなる部隊と名声を手にした。
(私は……冒険者としてアルテアを駆け巡り、数々の町や村を救ってきた…!)
(勿論相応の対価は受け取ったさ! 宝物に数々の美酒! その価値などわからなくなる程のカネを手にした……)
(だが……今になってわかる。私が本当に欲しかったのはモノや金ではない)
(フィオリナ……! 私にとって愛娘であるお前程私を満たしてくれる宝は他に知らん……まさに唯一無二──! 他のモノなどハッキリいってど〜〜でもよいのだっ)
(それが!!! 何故!? なぜだ!!?)
(なぜ、あのような男に現を抜かした!? 何故私のもとから離れた!? あり得んだろう……! 何度考えても理解できん!)
ベッカードは、鋼鉄の機械鎧に全身を覆いながらも、今まさに苦悩の渦中にあった。そしてその眼前──そこに居るのは、フィルナス=イングス本人である。
(未来永劫日陰者……陽の当たらぬ軟弱な優男が……! どう見ても我が娘とウマが合うはずがない、何かの間違いだ! 我が愛娘を奪ったことは絶対に許さんからな)
ヒトを超えた握力で握られた大太刀。その内なる拳は燃え盛る感情の炎と共に震え上がり、その力はますます強まる。そして、声を張り上げた。
「貴様……フィルナス!!」
「!!」
(スゴイ敵意……! フィルナス先生のコトを知ってる……!?)
(……なんだ……!? ボクの前に現れたこの機械鎧! その“中身”をボクは知っている……間違いない)
その声色は機械を通したものである──が、滲み溢れ出る圧倒的な敵意。フィルナスはその主が誰のものであるか、すぐさま理解した。
「……なぜ貴様がここにいる?」
(この男は……ベッカード……! それはこっちのセリフだ……!)
「なぜ……! フィオリナが拐われているのだ……! ああ!?」
「……!!」
睨み合い対峙する双方。ベッカードはその手に握る大太刀をフィルナスの眼前に突きつける。その切先は怒りにかたかたと震え、次の瞬間には振りかぶりそのままばっさりと両断しかねない程の意思を蓄えていた。
最早、冷静な対話は叶うはずもなかった。
「おい! 先生に向かって何してんだよ!」
フィルナスの危機を感じ、レインが割って入ろうとした瞬間、ベッカードは言葉を重ねた。
「フィルナス……! 娘が拐われた時、貴様は何をしていた!?」
(『娘』……!? このヒト──!)
「……まさか、『仕方がなかった』とでも思っているんじゃないだろうな? 貴様はその肝心な時に、傍にいて守ってやるべきだったと、ひとつも思わなかったのか!?」
(……!)
その台詞によりレインとリリアの間に浮かぶ、ある情景があった。
しかし、それを思い起こさせた主であるベッカード本人は、フィオリナが囚われた原因に無関係というわけではない。その事実の詳細は知らずとも、フィルナスは彼が発する言葉に“歪み”がある事を感じ取った。
「そもそも、攻撃能力のない風の魔導士になど何も期待はしておらん。こうなることは見えていた。つまり貴様の責任だ、フィルナス……! ……そうだ……最期に選ばせてやろう」
ベッカードは大太刀を構え振りかざしてみせる。そのまま高くから一気に振り下ろされれば、どうなるかは明白だった。
「この場で斬られるか、もしくは指名手配犯としてアルテア随一の有名人……皆が注目する『星』となるか、だ。無名のまま地味に命を散らすより気分がよいかもしれんぞ?」
「さぁ、答えろ……!」
「……」
重く張り詰めた空気の中、フィルナスは口を開こうとする。
すると、ベッカードの背後から声がかけられた。
「──お待ちください!お父様──」
「私をお父様と呼ぶんじゃない!!……んな!?」
かけられた言葉に対し反射的に振り向くベッカード。
そこには、サーコートに身を包み、ピンクゴールドのなみうつ髪をした長身の男。しかしその姿は純白ではなく、魔物と殺し合い争った痕跡を残していた。
「!!貴様……!!カリストー!?」
(出たな……疫病神……! 私の人生を滅茶苦茶にする悪魔……!!)
(こ、この男は……!!)
「彼女を連れ出したのは僕です」
(……!!)
「お前!!!絶対に許さんぞカリス──」
「僕は、その時のお父様の”願い“に従ったまでです」
空気が凍りつく。
娘とともに過ごすため、風の転送魔法に頼らず私設軍を用いて連れ出そうとしていたことに違いはなかった。配信を行ってそれを告げたこともカリストーは勿論知っている。更に追い詰めれば彼は全てを話すだろう。そうなれば風の魔導士であるフィルナスを責める道理は通らなくなってしまう。ベッカードは奥歯を強く噛み締めた。
「しかし──」
カリストーはベッカードのもとへ近寄り、そして続ける。
装備に負傷の痕はありながらも、その足取りに一切の揺らぎはなかった。
「──お姉様が拐われたすべての責任……それはこの僕にあります」
「……お前!」
「そうでしょう、お父様」
「だから、私をお父様と呼ぶんじゃない!! 何がしたいんだお前は!! お前もなぜここに居る、なぜここへ来た。なんなんだお前らは!」
「ここに来た理由は決まっています!──お姉様を」
「『助け出す』……!」
「あなたも、そうなんでしょう?」
カリストーはゆっくりと歩いてゆき、フィルナスの肩をポンと叩く。ベッカードは鋼鉄の兜の下で、目を大きく見開きその様を見ていた。
「ここに集う者の願いはみな同じですよ、お父様」
「オマエ……! 次にお父様と言ったら斬るぞ……!」
久しぶりの再会を果たしたカリストー、彼が実の父ベッカードを見つめるその瞳。
それはまさしく、純粋な眼差しであった。ベッカード自身も、『斬る』と口走りながらも殺意を込めていたその拳は幾らか和らいでいる。その一方でレインとリリアがひそひそと小声で話す姿があった。
「あの、リリア……先生の隣にいるはヒトは誰?」
(この面子……先生、大変すぎるだろ……。連れ出しておいてよくフィルナス先生に近づけるな)
「さ〜? 知らない……」
「……でも、ここにいるヒトが、今一緒の願いだっていうことは確かだと思うよ」
「!……ああ、そうだな」
(結局のトコロ、今は助け出す以外にないんだ。……そういってリリアも危ないからな。絶対に目を離さないようにしないと……)
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