第87話. 心ばかりの配慮とすれ違い
(フン、終始偉そうな態度でコトバを並べ立てておいて『上からモノを言うな』だと……? そちらこそアタマを下げて嘆願すれば、もう少しマシな処遇をしてやるというのに……自分本位で自己中心的、所詮人間の言う事──!)
(だが……私はブレない。ここはとにかく生き残ることに徹します)
三人相手とはいえ、純粋な身体能力で言えば、試すまでもなく眼の前の人間よりも優れているという確かな自信がレイオットにはあった。しかし、憤りを感じつつもフィルナスの言葉に対し力で応戦することはなく、つまるところそれだけの窮地に在ることを彼は理解していた。
「……人間などに頭を下げるなど、ごめん被りますね……。しかし、私はあなた方を見届けることにします……」
そう言うと、レイオットは踵を返し、その場から立ち去るかのように、大広間の奥へと静かに歩き始める──
もっとも、先程のように敵意、あるいは殺意が残っているというわけでもなく、その姿が纏う戦意は明らかに削がれていた。
「どうするつもりだ?」
戦う意思の感ぜられないその背にフィルナスは問いかける。
「……」
レイオットは立ち止まり、ほんの少しの沈黙の後、振り返らずに答えた。
「──この上の階までの安全は保証しましょう」
(……やった!)
リリアが小さく声をあげ喜ぶ。
薄暗い大広間──その奥には上階へと続く大階段が真ん中にうっすらと見えている。その間にはペンダントのように連なり垂れ下がる粘糸。巣のような外観を成してはいるが、魔物が彷徨く様子はない。
「ほんの少しでも耳を傾けたコトへの、私からの配慮です。私は人間のことは好きではありませんが、心意気は気に入りました」
「この上まで?」
尋ねるのはレインだ。
「その通り、ただし、あなた方のみ。そして私の制御の外にある者に関しては保証できません」
「レイン君、せっかく通してくれるんだから、もっと喜んで感謝しなくっちゃ!ほら、お礼を言お!」
「あ、ああ……」
(本当に困ってるんだったら、もっとサービスしてくれたっていいのに。もしかしてこの上にはもっと強いのがゴロゴロいたりするのかな?)
小さな違和感──それは、彼自信の立場と窮地に在る状況からすれば『ほとんど最上階まで招くことも出来たのではないか?』というレインなりの期待によるものである。おそらく、彼は何らかの理由でそれが出来ずにいる……とはいえ、彼の判断によりもたらされた好機には違いはない。
レインは礼の言葉を伝えるべく、声をかけようとした──その時、レイオットはふと振り返り、口を開く。
「──あと、もう一つ」
「私の能力、“はかり知る月長石の占星”は、対象者が関係している者が"より近くにいる"ほどに、読み取ることのできる情報は正確になります」
「!!」
「この機会にあなたの不始末と存分と向き合ってみるのもよいでしょう。人間同士の揉め事なぞに巻き込まれるのは御免ですがね。それでは、生きていればまた会いましょう」
言い残した言葉を改めて告げるかのようにレイオットは語ると、そのまま奥へと去っていった。眼鏡を通してフィルナスの目に映るその姿は、視認できなくなるまで意表を突くような様子はなく──ただ静かであった。
「いっちゃった」
「なんか、変わったやつだな、魔物でもイロイロ苦労してそうっていうか……」
「でもあの能力、便利だよね。ちょっと占ってみてほしいかも」
「——何を?」
「ふふーん、ナ・イ・ショ」
「あ~? 何だよ」
「レインくんだって知りたいコトあるんじゃないの?」
「そりゃ、まあ……」
(まったく、この2人は相変わらずだな……)
生徒2人が無邪気に語らう中、フィルナスは思案する。
(しかし、どうする? この辺りは不気味なほどに敵が見当たらない。作戦が功を奏し、ここの魔物が減っているのだろうか? ……ここでの行動によって運命が変わってしまう気がする)
[このまま先を目指す]
[ウィルナード師匠の痕跡を探す]
[レインとリリアに喝をいれる]
[あえて一旦城の外に出てみる]
「……」
(フィオリナは絶対に助けなければならない。……時間もかけられない)
(しかし、このままでは危険だ。当初の予想よりもはるかに危険な存在が待ち構えていると思っていいだろう。そして、瘴気により端末の使用は出来ないが、ここは少しでも味方……情報が欲しい)
(ウィルナード師匠……ここに訪れたハズなんだ。一体どこへ——?)
レイオットと遭遇する前に手繰ってきた残穢──微かにでも残っていないか、フィルナスは注意深く意識を集中させる。
(……ある!自由の意思の残穢がわずかだが……恐らく師匠のもので違いない)
それは、今まさにこの場から消えようとしている、ほんのか細い痕跡──
しかし、彼は確かにそれを認識し、捉えた。
(自由の意思の残穢……!途中で途切れ、そして消えていく——時間の経過による消退か……)
(……途切れている!?まさか……!)
魔法を使用した痕跡、意思の残穢は通常古いものから消えゆく。それを追っている最中では気づく由もない状態であったが、ここでようやくフィルナスは理解する。
(迂闊だった……ボクは、勘違いをしていた……!)
(師匠は……そもそもこちらへ上がってきたのではなく、地下監獄へ“向かった”んだ——! つまり……ボクらは“すれ違った”……!)
(ならば──)
追えば師匠に出会えるかもしれない。地上は瘴気により魔法が制限されている一方で、地下であれば幾らか行動の選択肢も生まれる。
『きっと状況は幾らか好転するだろう』……そういった希望の想いを胸に、フィルナスは2人に声をかけ、再び地下監獄の方へと向かおうとする──
その矢先だった──
「おい」
フィルナスの背後からかけられた、“声”。
それは決して友好的なものではなかった。
レイオットが去り際に残した言葉が、フィルナスの脳裏をよぎる──
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