第86話. 占星と教師の意地
人質を盾にとった魔物──レイオットの強気の発言。通常であれば銀の焔を用いての討伐が可能であったかもしれない。
──が、敵の能力を目の当たりにしたフィルナスは踏みとどまる。もしここで強行すれば、彼にとってのそもそもの希望が根本から崩れ去ることに違いはなかった。
(悔しいが、こいつの言い分は筋が通っている部分がある。フィオリナを危険な目に遭わせるわけにはいかない……そして、ボクらはこんなところで消耗するわけにもいかない)
(こいつの性格は信用できないが、相手をはかり知る能力は確からしい。怒りに身を任せるのは危険だ……!)
「フィオリナを傷つけることだけはやめてくれ……」
フィルナスは拳を握り締め、絞り出すように言う。辺りに他の魔物の姿はなく、薄暗い大広間に青白い灯りが静かに揺れ、磨かれた床面に反射する。
すると、レイオットは真顔のまま、静かに言葉を返した。
「それが懸命、それでいいのです。あなたにとっての最大ともいえるリスクの保護──その一点だけは約束しましょう」
「お前の能力はわかった──が、お前の目的は何だ? こちらを襲っておいて、お前を信用するわけにはいかない」
「ハッキリ言って、お互い様ですね。私はあなたのことが好きではありませんが、こうやって互いの力を直接目の当たりにすることで私の考えも多少は変わりました。……質問に対し、少しだけ答えて差し上げましょう」
『人質を傷つけない代わりに新たな無理難題の条件をこちらに突きつける』フィルナスはそう覚悟していた。しかし、どうやら違うらしい事に気づく。レイオットは過度に蔑んだり余裕ぶる様子もなく、淡々と続けた。
「私の目的はシンプル、自らの生存のためです。そしてそのためには、我々を超える力が必要──まずはそれを示して下さい。あなた方が打ち破るに足る存在であるか」
彼が放ったのは、にわかには信じがたい台詞──
人質をとった悪しき所業に違いはない。しかし、その内容は一方的にこちらをねじ伏せる類のものとは異なっていた。
(生存……? 打ち破る……? 人間に対し侵略している者が、いったい何を言っている!? これではまるで──)
フィルナスが見つめるレイオットの瞳はどこまでも暗く、冷たく、光を失っている。はじめはヴェスパであるが故、そういう魔物であるのかと感じていたが、今しがたの奇妙な言い回しにより、想定していなかった可能性を感じ始めていた。
(──まるで人間以外のなにかに脅かされているような言い回し……サリアニケスのことだろうか。いや、ヤツは今『我々を超える』と言った──そしてこの様子……)
彼の暗き表情が指し示すもの、それはフィルナスにとって、最も避けるべきもの。子供たちに決してさせてはならない希望を失った様相──
(この表情……彼は、絶望している……? まさか……)
「この城には、お前らとなにか別の存在がいるとでもいうのか……? お前らを脅かすような、何かが……」
「…………」
問いかけに対し、レイオットは否定もせず目を伏せる。それはフィルナスにとって『助けて』と救いの言葉を素直に乞うことの出来ない、意固地な態度のようにも思えた。
(彼らを脅かすような存在。人間でなければ考えられるのは2つ。更に強力なヴェスパが、まるで蜂が他の集団の巣を襲撃し略奪するかのように強引に乗っ取りに来たか、あるいは──)
フィルナスが知り得る、彼らを脅かしうるもう一つの可能性。 ヴェスパとはまた異なる“異形の果て”の存在──
“マリグナステラ”──
それはかつて、アストリアを脅かした古の竜のように究極の魔物ともいえる、圧倒的な存在──そういった怪物はアストリアの歴史において、ある特定の条件のもとで出現し、報告されてきた。
偉大なる意思が死に潰れ、瘴気化し巨大な宝石を核とするすることで生まれ得る存在──それはまるで、巨大なエネルギーをもつ恒星が壮絶な最期を遂げるかのようにして生じ、際限なく光を吸い込み続けるかのように振る舞う怪物。人々の意思にまで影響を及ぼし際限なく拡散を続ける悪性の意思の象徴たる魔物のことを、人々はマリグナステラと呼んだ。
この場所、アルテアの城において途方もない年月のもとで蓄積され、代々受け継がれてきた正の意思。それをヴェスパは侵略することによって瞬間的に、一気に踏み躙った。それは意思を殺す事にも等しく、マリグナステラが出現してきた状況とよく似ていた。
(仮に、極端な瘴気により“怪物”……マリグナステラを発生させてしまったとすれば、コイツらではどうにもならないだろう……。戦おうとせず試したり読み取ったりするような妙な態度にも説明がつく。フィオリナを拐い利用しているコトは許せないが……)
「──いるんだな? ここに、お前らではどうしようもない化け物が……!」
重ねて問うフィルナスに対し、否定の言葉はなかった。
暫しの沈黙の後、レイオットは静かに頷く。
本来であれば単純な戦いの筈であったところ、城を襲った予期せぬ異常事態──それは、レイオットがこの場で直ちに3人を始末していない理由でもあった。
「正直言って、私には余りあるこの能力です。残念ながら、立ち向かったとてどういう結末になるか、ある程度は予測がつきます。そしてどうやらあなた自身単独では戦う力は持ち合わせていないご様子。下級の者にも一切のダメージを与えることは叶わず、この先すぐに力尽きるでしょう」
その言葉は侮りや嘲笑、挑発の類ではない。ここに居る魔物に風の魔法単独での攻撃能力が無に等しいことはフィルナス自身が最もよく知っていた。辿り着いたきっかけは師匠を追ったこと──そしてこの場に踏み込むことができていたのは、自らを追ってきた者の存在によるところが大きかった。
「しかし──」
(……なんか俺とリリアの方をみてる……?)
レイオットはリリア、そしてレインの方を指差し、続ける。
「あなた方が寄り合わさればその先の運命は私にみることは叶わない。そこに可能性があるか、見極めさせて貰いたいのです」
(……!)
レイオットは、自身の“はかり知る月長石の占星”の能力で、生存の可能性をはかっていた。何度試みても自分の生存する運命を見ることができずにいた、その中においてたった一つ見出したモノ──
(可能性──か、ミツリによると、こいつの占星能力には欠点がある)
(著しい成長途中にある者の運命は未知……。正しくみることが出来ず、読み違えると)
(──まさかコイツ、占星の能力でこの子供たちの未知なる能力に、期待を寄せている……!?)
(……悪魔のような魔物が、ボクの前でそんな態度を……!)
(子供たちの未来を願う気持ちで、教師としてボクが負けるわけにはいかない──!)
「お前なァ」
混沌とした状況──それを正しく伝えられずにいたレイオットに対し、フィルナスは息を吸い込むと、真っ直ぐに言葉を告げた。
「そういう時は、上からモノを言うんじゃなく、相手に向かってちゃんと『助けて下さい』って言うんだ。そして──」
「お前の占星の能力は認める……でも、子供たちの能力を信じてやるのは、教師であるボクの務めだ……!」
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