第82話. ある特殊なステータス異常
微かに漂う意思の残穢。
フィルナスは縄をたぐるようにしてその先を一歩ずつ追いかける。
曲がりくねる斜面──その先には、ぼんやりとした灯り。
残穢はどうやら地上へと続いているようであった。
(甘い香りはこの上から漂ってくる──?この上から……)
(進んだ先、地上の階にはヴェスパがいるはず……巣であるここでは、いつ現れてもおかしくないハズだが……)
一向に現れない魔物──フィルナスの足を進めるペースが少しばかり、速くなった。
(……)
——そして、遭遇する──
(……!!)
地下監獄をから地上階へと抜けるための、螺旋階段への入り口。
その手前で通路を塞ぐように佇むヒト型のシルエット。
(いた……!)
——それは決して人間ではない。
距離はあれど感じ取れる、彼の身長をゆうに超える体躯。
そして異様に長い手脚。幅の広くない通路ではあるが、目的を果たすにはその傍を通り抜けなければならない。
(大丈夫だ……ボクの"風に溶けなじむ甘き衣"は機能している……通れるハズ……!)
鼓動や足音は隠密魔法により消えている……が、緊張は急激に高まる。
つい先ほどまで妙な安堵を感じていたはずであったが、額には冷や汗を滲むのを感じていた。感覚が揺らぐ足を前に進め、異形の魔物へと向かう。
(どのみちここを通り抜けることが出来なければ先はない。このまま進む……突破する──!)
接近──
魔物との距離は確実に縮まる……。
息を呑み、鼓動が一段と高くなる、そのとき──
(!!?)
「……ぐっ」
呼吸が止まり、心臓が凍てつく様な感覚──
階段前の個体よりも更に近い、すぐ頭上に巨大な個体。
折り畳まれた翅には目玉のような紋様──それは天井に張り付く巨大な蛾の様な虫の魔物だった。
(なんだ!?コイツ……突然何処から現れた!?)
(そして……マズい!!声をあげてしまった……!)
突如気付いたとしても、それがなければ察知されることはなかった。この時、フィルナスは同時に2体の個体に感知されてしまう。
音に対する反応、そして動揺により瘴気に気圧されることによる魔術の減衰。
頭上の個体が大きな翅を羽ばたかせ、フィルナスへと襲い掛かろうとする。同時に槍の如き鋭い突起が突きつけられる──
(──終わった──)
(いったいボクが何をしたっていうんだ……こんなにもあっけなく、ボクの希望は絶たれてしまうのか……)
(すまない……みんな……)
「先生!!」
聞き覚えのある、声——
およそ幻聴とは異なるその感覚……フィルナスは目を開いた。
目の前の光景——自らの命を刈り取る巨大な虫の魔物が眩い輝きに包み込まれている。
それはどうやら自身にも触れてはいるが、熱さは感じない。
「これは……"銀の焔"……!」
その直後、輝きが消退する瞬間、奥に佇んでいたヴェスパがこちらへ一気に距離を詰める。
血塗られた剣はフィルナスの頸へと容赦なく振りかざされた。
「……!」
「ロイヤルブレード!」
一気に駆け込んでくる影——
何者かの掛け声と共に、それは炸裂した。
"彼"より大きな体躯の魔物が振りかぶろうとした矢先に加えられる、剣による連撃——それはヴェスパに対しカウンターとなる形で鋭い初撃が命中し、立て続けに浴びせられた。
その剣は、剣士を志す者が誰もが初めに手にする剣——"ショートソード"。
それは銀焔を纏い、即ち特攻による連撃であった。
魔法の隙を狙ったヴェスパはその剣がフィルナスに届くことはなく、間もなくその場に崩れ落ちる。
それら一連の攻撃を行った者は、日頃からフィルナスがよく知っている人物であった。
「リリア、レイン!?」
フィルナスは驚嘆する。
城を陥落させ、虫の魔物の巣と化した場所——
本来、ここにいるべきではない子供たち。
それが絶望に膝をついていた教師を心配の目で見つめている。
(なんてことだ……転送門を介してボクを追いかけてきたのか……!)
「先生……俺たち……」
(これはボクの責任だ……)
送り返す、それが真っ当且つ、通常の選択である。
しかし——
「俺たち、先生を……フィオリナさんを助けに来たよ!」
(この子たちは、普通ではない……!)
(そして、今のボクも——)
「感謝します、二人にはみっともないトコロを見せてしまいました……」
「いいって!ここの魔物たちはリリアがやっつけてくれるから!」
「レインくん、ひょっとしてふざけてる?」
「軽い冗談だってば!一緒に戦おうぜ」
「……もう……調子いいんだから。ところでレインくん、さっきのどこでそんなの覚えたの?」
「考えて練習してたんだよ。魔法打ち終わった直後に狙われたらあぶねーだろ。てか狙ってきてたし」
「むぅ……ありがと」
明るい表情で朗らかに言葉を交わす二人、それは学校と同じような感覚だ。
しかしこの場所、この状況において——フィルナスにはその様が異様に映る。
(……この二人の会話)
(彼らの会話も、この場所において普通ではない。本来であれば恐怖で一歩も動けなくなるような場所……魔法も、耐性がなければ瘴気によって使えないはずだ……それなのに)
彼らは、拘束された状況下で長時間耐えることによって、耐性を獲得してきたわけではない。それでも、極端な負の空気——瘴気の状況下でも魔法が使用できている。それは、本来であれば不可解な状態。
しかし、フィルナスは教師としてみる彼らの様子から、その理由にたどり着く。
(瘴気の下でも、まだ魔法が使えるそのワケ……恐らくだが)
(この二人は、ある特殊なスタータス異常にかかっている——それが原因か!)
AI非使用




