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ヒトの骨格を持つ蠅の魔物に滅ぼされゆく世界を救う物語/アストリア戦記  作者: シューゲツ
第1章. The Resolve of Freedom’s Amethyst/自由なる紫水晶の決意
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第81話. 闇と贄、そして世渡り虫

 フィルナスは監獄を歩き見渡す——辺りは静まり返り、気配はない。


 向かいや周囲には延々と牢が並ぶが、不気味なまでに人の気配は無かった。

 通路の奥には深き闇が果てしなく続き、風が不気味に通り抜け響き渡る。


 この規模の牢獄がある場所、それはアルテアにはひとつしかない。


(ボクがいま現在いる、この場所……)


(恐らく、虫どもの巣と化したアルテア城の地下監獄──ここに師匠が……)


(背後にはあえて閉じないままでいる転送門がある。しかし、ボクは今更アレを使って戻り逃げ帰るわけにはいかない……何故なら──)


 フィルナスがもつ通信端末──それは通信としての機能を失っていた。つい先ほど学校でフィオリナに対し如何なる伝言も通らなかった事と同じ現象が、今まさに自身の端末に起こっている──そして、彼は確信した。


(──この城のどこかにフィオリナがいる──!)


(そしてどうやら、ボクはまだ魔法が使える……!)


 ——現在、アルテア城には極端な負の感情のマナ、“瘴気”が充満しており、通常であれば魔法を使うことはまず不可能となる。


 しかし、実際に魔法が全く使用できなくなるかどうかには、術者がもつ意思の強さに加え、瘴気を形成する意思の種類、魔導士本人がそれに気圧(けお)されているかに左右される。


 日頃からフィルナスが職場で置かれてきた異様な環境——彼自身を長時間"拘束"してきたその環境は、フィルナス自身に"拘束由来の瘴気"による耐性をもたらしていた。


(風に溶けなじむ甘き衣シュガーウィンドケープ──!)


 彼がまとう“自由の意思”は、その姿を珈琲に加えられた砂糖の様に大気に溶け込ませる。

 空気中になじみ……やがて視覚ができなくなった彼の姿。そして更に視覚以外もカバーしうる隠密魔法をその上から重ねた。


(ここはたまたま人気がなく維持できるが、ここから更に瘴気が濃くなれば、このままでいられる保証はない──!が、ボクは進む!)


 目印とするのは、空間を微かに漂う"自由の意思"の残穢──


 各々の力量にもよるが、魔導師は自身の原動力に類する雰囲気(マナ)を感じ取ることができ、フィルナスはそれを敏感に感じ取り拾い上げた。


 その先に彼の師匠、ウィルナードがいると信じ、彼はロープを手繰るようにして暗く冷たい石壁に囲まれた牢獄の世界を進んでゆく。


 彼が警戒する蝿の魔物は未だ現れる様子はない……。


 ──が、どうやら変化が訪れる。


(なんだ、この匂いは!?)


 空気中に漂ってくる、不気味な甘ったるい匂い……。

 珈琲を嗜むフィルナスは、その香りに覚えがあった。


(これは……)


(……蜂蜜の香り……? どういうことだ……)



 ──



 ── アルテア城 上階 月食の間──


 その頃、城の上階には明らかな異変が生じていた。

 最上階の天より除く光を食い散らかす闇の目玉──


 そこから止めどなく流れ溢れ出る漆黒の涙は城の最上階を満たし、尽く覆い潰した。

 ひたすら生贄を求め肥大化する"化け物"を背に佇む魔女——そこに一人の紳士が訪れる。

 それは礼装に身を包みしヒトの姿をしたヴェスパ——レイオットであった。


 彼は魔女の手前で跪き、彼女を見上げると、一言告げる。


「サリアニケス様、侵入者にございます」

「……それはどっちの意味で?」


 魔女の言葉にしばしの間があく。

 その言葉の意味を彼は知っていた。


「”人間”の侵入者です」

「……侵入したのは"両方"でしょう?レイオット。ろくでもない奴が入ってきたようだけど、あなたはそれを知っているんじゃない?」


(……)


「……なんのことでございますか?」

「とぼけて誤魔化そうというつもりかしら。お前が影で隠れてやっていることが私に視えていないとでも思うの?」


 そしてさらに間があく。

 城に進入した、ヒトとは異なるもうひとつの存在。彼がそれに接触していたこと。そして何をしでかそうとしているか、見透かされていることは最早明白であった。


「……」


「これがお前にとっての最後のチャンスよ。さもなくば、誰彼関係なく当然お前も喰わせることになる」

「入ったが最後、絶対に逃がしはない。ここへ侵入した"だらけ切った間抜けとその仲間"もろとも閉じ込める」


 レイオットを見下ろすその目は暗く凍てついている。それは敵同然の者に向ける眼差しであった。


「さあ、あなたはどうするの?」


 彼の周りに魔力が渦巻く。返答を間違えれば即座に拘束されてしまう。追い込まれた紳士がとった選択は——

 レイオットは顔を上げ、真っすぐ目を見開き、応える。


「私にお任せください、サリアニケス様……!」


「——人間どもと"侵入せし異物"、その両方をここへ集め"贄"としてみせます」


 その言葉に揺らぎがないことをサリアニケスは感じ取った。

 レイオット自身当初からそこまで計算尽くし、"この選択"に至ったわけではないが、結果的に生き残るための選択肢を彼はよどみなく選んだことになる。

 その不安定さ——いけ好かない世渡りの男であるということも、月を落とす魔女たるサリアニケスは見抜いていた。


「つまり、お前は私を陰で裏切り、あの間抜けすらも裏切るというのね?どうやら、あなたも先は短そうね」


「返す言葉もございません……!しかし、これが我々の活路になると信じております。そうでなければ、直ちに私を捉え、生贄として捧げて下さい……!」


「結果的にその方が早そうではあるけど……一応お前も視といてやるわ」


(……)


 サリアニケスとレイオットの不穏なやりとりが交わされる一方、それを陰で遠くから覗きみていた者が居た——

 それは小柄な老人のようなヴェスパ……もっとも彼はある禁忌を犯し、その姿を視認することは禁じられている。


(……なんじゃ、あいつら……!)


(城の最上階が、化け物の闇に呑まれ、まるごとつぶれてしまっておる……!あいつらは自分らが助かるために、仲間もろとも化け物に喰わせるつもりじゃ……!)


(逃げなければ……ワシのペットをつれて……!)


 その傍らには、檻に入れられた一匹のアライグマ——

 姿を視認しづらい特性のためか、彼は世話を命じられていた動物をこっそりと下の階へと移していたのであった。

AI非使用

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