第83話. キミたちの人生に必要なもの、それは決意と覚悟!
「先生……?だいじょうぶ?」
転送門を介してフィルナスを追ってきたリリア、そしてレイン。仄かな暖色の明かりが灯る地下牢獄の出口間際、2人は立ち尽くすフィルナスの顔を怪訝そうな表情でそっと覗き込む。
眼鏡のむこう、その表情はかたく、こわばっている。フィルナスは子供たちに感謝の言葉を述べたその一方で、内心には揺らぐものを感じていた。
(教職から身を引く覚悟でボクはここへ飛び込んで来た……)
(それなのに、まだ僕のことを『先生』と呼んでくれるこの子たち……。この子たちは、瘴気の中でもかかわらず銀の焔の魔法を使ってフィオリナの救出を……)
(その気持ち自体は決して否定はしない、特殊な状態にあることも。……が、"このまま"ではいけない)
「……ゴホン」
フィルナスは顔を上げ、軽く咳払いすると、真っすぐ二人の瞳を見つめる。
その眼差しは、先程までの狂乱めいたものからいつの間にか冷静さを取り戻し、二人がいつも見知ったものとなっていた。
「……感謝はしましたが、ボクも大人としてヒトコト言っておかねばならないことがあります」
「……!はい!」
リリアは力強く応えた。その表情は即座に真剣なものとなる。
(ボクは、気が動転していた)
(この先には夥しい数の虫の魔物がいる……。尋常じゃない能力の上に、その性格は極めて悪い。弛緩した状態でアテもなく向かい、生徒を殺すわけにはいかない……)
(ここでキミたちに必要なのは、"決意"、そして"覚悟"。どちらも、これからの人生に必要なモノだ——!)
「キミたちが来てくれた、その気持ちは嬉しい。しかし、ここはとても恐ろしく、そして危険な場所です」
「……わかってる」
続けて、レインの表情が変わった。
「見境なく飛び込んだボクが言うのもなんですが、ここに居る怪物……特に上に巣くっている魔物は、この国の誰もがこれまで敵わなかった存在……恐ろしい怪物なのです。これまで討伐してきた魔物とはそれこそワケが違います」
(進めば異次元の化け物……生き残れる保証などどこにもない……)
(つまり、これから僕が行おうとしているのは、教師のボクとして、ありえない選択だ……)
「わかっていますね……?」
(しかし……)
(ボクはそれ以上に、どうしようもなくこの子たちに期待してしまっている……!)
「「もちろん!」」
二人はフィルナスに応える——それは、やはり状況にそぐわぬ、屈託のない表情であった。
しかし、極端な混沌、そして瘴気に抗うには、これくらいでいなくてはならないのかもしれないと、その態度はむしろフィルナスの内にあった揺らぎを払拭し、その背中を押すものであった。
「私たちと一緒にいきましょ、先生!」
「……ええ……!」
(真っ当な教師としてのボクは、どうやらここで死んだ。……が、ボクは何としてもフィオリナを救わなければならない)
(そして、僕自身に倒す力はない……が、責任をもってこの子たちを導くのは僕の役目だ……!)
「あの、先生」
「?」
「フィオリナさんの居場所はわかるの……?」
「……」
(子供ならではの純粋で本質を突く質問、それもとても重要なことだ……)
「正直言って、その正確な位置まではわかりません」
「そんな……」
通信端末が全く使用不可能になるほどの瘴気。かつ虫どもの巣と化してている場所、そして何より、先程から試している方法によってほんのかすかに感じ取れる意思。彼女自身はこの場所に居ることは間違いはないと、フィルナスは確信していた。
しかし問題となるのは、その具体的な場所——
「フィオリナさんのところに転送するのは無理なのかな……」
尋ねるのはレインだ。風の魔法には、基本的に意思の力を目印とする必要があり、日常において帰宅の際はフィオリナが目印となっていた。しかし、捕まっているフィオリナの場所に行くことができれば救出ができるかもしれない、という考えである。
「実は、先ほどから試しています。そして、ほんの微かなものではありますが、彼女の意思を感じとることができます」
「!」
どんなに離れていても機能する不思議な現象、"量子もつれ"。
フィルナス、そしてフィオリナは、師匠ウィルナードのもとでそれを"量子もつれの魔術"として学んだ。
それは未だ完璧なものではなく師匠自体の意思も現在見失っているが、強力な減衰により阻まれる中で、フィルナスは"上方"にかすかな意思をぼんやりとひとつだけ感じ取ることができていた。
「じゃあ、やっぱりここに……!」
「ええ、ここにフィオリナが居ることまでは間違いありません。しかしどうやら、その場所を掴むことはできず、妨害されています」
「うーん、厄介だな……」
「この場所は何故か瘴気が比較的薄い。だからこうやって何とか魔法が使えています。しかし彼女はどうやらここよりも格段に瘴気が濃い場所に居る」
「ということは……」
「上階へ上がるしかありません。少なくとも」
(上階……か……イヤな予感がする)
"量子もつれの転送魔術"。仮にそれがないにしても、フィルナスには彼女の居場所にアテがないわけではなかった。
(あの時、学校でアネットに見せられた城内の映像……。あれはアルテア城最上階にある"王座の間"だ。
そこには檻に閉じ込められた魔物たちがいた)
(そして重要なのは、その場に魔物ではない存在もいたということだ。つまり配信はそこで行われた。魔物が何かの目的で、能力を使って上階に捕えていたとすれば、そこにフィオリナが居る希望は一つある……)
(だとすれば、激戦は避けられない——!)
……
3人は地上階へと足を進める。黒紅色をした堅牢な石づくりの城内にはやはり気配が乏しい。螺旋階段を上るにつれ、瘴気は確実に濃さを増していった。
再度かけた"風に溶けなじむ甘き衣"、そして隠密魔法もすぐに剝がれてしまうほどの瘴気。
自身の身が露わになり、一歩一歩進むその足音も硬い石床に呼応するようにして響く。複雑な城内において隠れる場所は無数にあり、何処に敵が潜んでいるやもしれない状況に、フィルナスは動揺する。
そんな中、リリアが背中から彼に声をかける。
「大丈夫だよ、先生」
「……リリアくん?」
「ここには、きっとミツキちゃんがいる」
「……」
——それは、あらゆる意味で"例外的"な存在の名。
彼女がこの場所にいることを、三人はそれぞれ異なる経路で知っていた。
それもまた、彼らにとってひとつの望みでもあった。
「……ええ」
明朗な彼女の様子がふと脳裏をよぎり、フィルナスの表情が和らぐ。
気づけば、地下監獄から地上階への螺旋階段を登り切っていた。
あと少し踏み出せば、アルテア城の大きな広間がそこまで見えている。
そんな折、一体の影が行く手を阻んだ——
(!!)
「ようこそお越しくださいました」
突如現れたのは、礼装に身を包みし黒き長髪の紳士。その顔は彫りの深く目鼻立ちのはっきりとした、ヒトの男性のものだ。
慎ましやかな態度で、もてなすように頭を下げ振る舞うその額には一対の触角、そして背には翅を備えている。
「ようこそ……だと?」
(一方的に奪っておいて……! そしてどこからともなく急に現れたこいつ……ヒトに酷似した姿をしている……!)
(……手強い!おそらく下級の奴らとは段違いに……!)
「リリア……!」
「うん!」
「お待ちくださいませ、私に傷つけあう意図はございません」
「なに?」
「私がもしその気であれば、あなた方は既に死んでいますからね」
「……こいつ……!」
「お初にお目にかかります。申し遅れましたが、私めは、"レイオット"と申す者に御座います」
レイオットと名乗るヴェスパの目元がふと柔和なものになる。そして微笑みかけるようにして続けた。
「"お連れ様"をお預かりしております。私はそのお知らせに参りました」
「……フィオリナの事だな……!!」
あふれ出る感情を、フィルナスは抑えることができなかった。拳を握りしめ、睨みつける彼の様子を見つめるレイオットの表情は尚も穏やかであった。
[AI非使用]




