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ヒトの骨格を持つ蠅の魔物に滅ぼされゆく世界を救う物語/アストリア戦記  作者: シューゲツ
第1章. The Resolve of Freedom’s Amethyst/自由なる紫水晶の決意
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第79話. 人知れず輝き続けるその姿を、きっと誰かが見てくれている

 それから3日──


 授業の時間だというのに、一向に担任のフィルナス先生は教室に現れない。

 はじめははしゃいでいた連中も次第に静かになり、不安が立ち込めてきていた。


 隣ではリリアが自習を続けている。


(こいつ、勉強面はわりと几帳面で真面目なんだよな……)


 こういうところは俺も見習わなければと思うが……今、この状況ではきっと心配しているには違いないのはわかる。そういう表情、雰囲気(マナ)だ。

 互いに、心配でいながらも本で気を紛らわしている。


 ・・・


 結局……この本——


 小説『月のお姫様』。


 あの続きには、確かにおどろおどろしい奪い合いの人間模様が描かれていた


 たしかに、心をえぐるようなおぞましい話には違いない……けど、やっぱりこれを書いたヒトは、きっと誰かが苦痛に傷つく様を書きたかったわけじゃないように思える。


 この話にはトラブルが起こったときや壁が立ちはだかったとき、そしてそれに立ち向かった時……そう簡単にはうまくはいかないけれど、どこかにその『辛い気持ちを受け止めようとする』ヒトが途中から必ず出てくる


 最初は、意見が違うと衝突だった……互いにこうじゃなくちゃいけないと、相手のあるべき姿を決めて縛り合っていた。


 それは場合によっては必要なことかもしれない。だけど……他人はそう簡単に変わるわけじゃなく、この本の世界ではそういう選択は延々と傷つけ合うようになっている——だから——


 かみ砕いてもらうだけじゃ気づけなかった。改めて自分でちゃんと中身を読むと……確かに感じ取れる。


 ——アルテアの王女様、"ヴィスカ"の気持ちが——


 俺は一区切りついた小説の冊子に銀のしおりをはさみ、本をパタリと閉じた。


 ミツキは今この教室には居ない。

 ……けど、また会えたら、あいつに伝えてあげよう。


 とうとう教室は静まり返ってしまった……。



 ──


(フィオリナ……!?)


 彼女からのメッセージに、思わず大きな声をあげてしまった。

 ボクはそこから動くことができずに立ち尽くしてしまう。


 最早、授業どころではなくなっていた。


 状況が、読めない。

 いや、何が起こっているかは予想はできるが頭がそれを必死に拒んでいる。


 とにかく、夢か……なにかの嘘だと信じたい……。


 ”ドンッ“


 通信端末を片手に立ち尽くす僕の横に、何かがどさっとおかれる。

 それは、要塞のように積みあがった書類……。


「これは?」

「"今日の()()の分"です。大丈夫ですか……? いつも大変ですね、先生」


 そう声をかけてくれるのは、パーマの銀髪に、レトロモダンな黒縁眼鏡をかけたベテラン女性事務員のマクゲールさんだ。

 あなたには何の罪はない……。


 ——すまない。


 ”バリバリバリバリッ!“


 ボクは、気づくと積み上がった書類の屋上に乗った紙を片手でぐしゃぐしゃに握り潰していた。

 軍から送られてきた、義務だらけの僕を縛りつけるための書類。

 その内容にリリアは関係ないといっていい。


 ……度を越えている。


「な、何やってるんですかフィルナス先生! ……先生!?」


 周りの”まだ教師を続けている”人たちが駆け寄ってくる。


 目を見開きボクを見つめる、武術教師の"クラムボム"先生。

 あなたのようなタフさがボクの心にもほしい……どうかみんなを導いてあげてください。元気なちびっこを引っ張っていけるのは、あなたが適任です。


 それから、


 心配そうにボクをみつめる、音楽教師の"ナチュリーン"先生。あなたの高貴な曲は珈琲の香りに見事に溶け込む。

 雨の日に漆黒の珈琲と共に嗜む音色……その一時は格別でした。


「……それではボクは失礼します」


 ボクは(きびす)を返すと、忌まわしき部屋から速やかに立ち去ろうとする。


「どこへ行くんですかフィルナス先生!」


「どこへ……? ──ってそりゃあ、決まってるじゃないですか」


 ボクは息を吸い込み、そして吐き出した。


「もう辞めんだよォ!! この異常なクソ学校をよォ!!!」


「ええっ!?」


 職員室はざわつく。本来であれば授業時間で残っているのは授業がない教師で人手は少ないが、十分に不穏な空気(マナ)が形成されていた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 落ち着いてくださいフィルナス先生!」


 マクゲールさんが慌てて僕の手をひこうとする。

 いつもならにこやかで明るい笑顔を皆に振る舞っているが……彼女の眼鏡の奥には、哀しさがみてとれる。


「先生を大変な目に合わせているのは、ホントにこの学校——エオルーンなんですか!?」


「……」


 それは考えるまでもない、タンジュンなことだ……。


 どうやらボクはわけがわからなくなっていた。


「……それもそうか」


 ボクは足を止める。……冷静にならなければ。

 あやうく敵を見誤ってしまうところだった。


 そして、深呼吸しながら再び職員室へと戻った。

 窓から外を眺め、なんとか失いかけていた理性を紡ぎ、取り戻そうとする。


 ・・・


(!?)


 ——きた——


 フィオリナから新しいメッセージ。


 通信端末の画面に映し出されている、それは一言の短い文字——


『たすけて』


 ……


 それからすぐに、ボクはこちらからできるすべてを尽くした。


 どうやら、一切のメッセージは届かない。


 きっと、伝言を残したあとまもなくして"届かないような場所"にいってしまった。


 端末の通信を遮るもの、それは極端なマイナスの空気(マナ)、"瘴気"だ。


 フィオリナは、しばらく親の元へ帰ると僕へ告げた。


 ……ボクの転送なしに。


 つまり外へ出てしまったということだ。


 恐ろしい、魔物だらけの世界に……。


 その結果は見えている。

 つまり、()()()()()()だ。




(──もう、限界だ──)




 ——もしどうしようもなく困ったら、いつでも私のもとへ来なさい——




 目眩とともに視界が暗転しかかっている中——ふと、師匠の言葉を思い出した。


(……落ち着け……!)


(ボクは、どんなに縛られていても、自由の意思は失わなかった! こんな所で心が折れて魔法が使えなくなるわけにはいかない!)


(ボクは……戦う……!!)



 ——



 フィルナスは、風の魔法を使い、どこかへと自身を転送しようとする。

 その目印は、彼にとって特別な存在が生み出した意思。


 彼をも超える自由の意思に身を任せ、"導かれる"ことにより、フィルナスは本来持ち得る風の魔法以上の力を引き出した。


 とめようとする手はあった——が、彼は最早周りが見えなくなっており、誰にも引き止めることは叶わなかった。


 そして——


『フィルナスの恋人である"フィオリナ"が魔物に連れ去られ、フィルナス自身が転送魔法でそれを追いかけた』


 その事実は、瞬く間に教室……学校中に伝わった——



 ——



「嘘だろ!?フィルナス先生が……!」


 混沌とし、騒然とする教室。


 俺とリリアは即座に職員室へと駆け込んだ。


 職員室の中も外も人だかりが出来ている。


 その奥には……魔法で生成された……"渦"。


 あれはリリアを戦場に送る時のものによく似ている……が、どうやら"あのとき"よりも、もっと強い力で形作られている。


 大人たちに生徒たち……次々と人が集まる一方で、それを目の当たりにしながら、なすすべもなく皆動けないでいる。


「先生……」


 リリアが絞り出すようにして呟く。

 その声、そして表情は切なくて、哀しくて……辛いものだ。


 あまり見たいものではない。


(……フィルナス先生)


(先生は、俺たちのために、ボロボロになりながらも毎日頑張ってくれている)


(誰かのために人知れず身を削り続けてくれている人がピンチに陥った時、必ず誰かが手を差し伸べてくれるとは限らない)


(……だけど)


(離れていても、たとえ立場が違っても、そういう人のことはきっと誰かが見ていて、そしていざってときには救われる世界であってほしいって願うのは──これは、俺自身の願い……)


(無茶なワガママかもしれないけど──)


 無力なのはわかっている。


 でも、体が動こうとする。


 俺の足はそのまま前へと踏み出そうとしていた。


 胸が高鳴り、視界が揺らいでいるような……現実が現実じゃないような異様な感覚。


「……あ……」


 ──と、誰かが俺の手をとり引こうとしている。


 瞬間、不気味に薄暗く淀んでいた視界が、光を溜め込んでいた扉を開いたように真っ直ぐ明るいものになる。


 どうやら、俺よりも先に踏み出していた者がいたようだ。


「レインくん……!」


 まっすぐ、力強く見つめるその瞳。

 こいつ、こんなにも頼もしいやつだったっけ。


 いや、単に俺がまだ知らなかった彼女の一面を、いまになって目の当たりにしただけなのかもしれない。


「いこ!きっと、この向こうにミツキちゃんもいる!」

「……!ああ!」


(やるべきことまで、導いてくれるのか……)


 俺とリリアは風の転送門へと一気に駆け込み、そして飛び込んだ。

AI非使用

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