第75話. 静かなる蝿のチャリオット モスマンディーノ
──かつて、アストリアに蝿の魔物が蔓延るより遥か昔。
アストリア大陸は幾度となく危機に陥ったことがあった。
──古の竜、ラスタバン=ファフニール──
黒き結晶を核としてその身を宿し顕現した漆黒の異形なる巨龍は、眷属を引き連れアストリアの国々を焼き払い、人々を先の見えぬ恐怖へと追いやった。
やがてその竜は“古の英雄”により討伐される。当時恐怖の対象であったその竜は、やがて時の流れとともに伝説として語り継がれ、逆らうものを有無をいわせず暴を以ってねじ伏せる、力の化身の象徴とされた──
カリストーが片手にもつエンブレム。そこに描かれるのはかつてアストリアを脅かした巨竜“ラスタバン=ファフニール”を示すシンボルであった。
カードを掲げると同時に宙にその紋章が浮かび上がり、ロイヤルレイピアを構える天へと向ける。
「竜の紋章を──心に刻む!」
その直後、“ゴブリンイーター”がその機械剣を振りかぶる。装備に関わらずバッサリと両断する軌道──
「援護!!」
リーレットの銀炎を纏いし矢が放たれる。
──が、虫はそれを読んでいたかのように急加速した弓は虚しくも空中を通り過ぎた。
「逃げろ!! あの武器はやべえ!!」
「必要ない──」
その直後──
蝿の魔物が手にしていた大型の機械剣が鳴り響きながら宙を舞う。
カリストーは外殻と体毛に覆われし蝿の腕を根本から断ち、バッサリと切り落としていた
「勝った!!」
彼がが勝利を確信した……次の瞬間──
「ぐハッ!!?」
白きサーコートに覆われしその身は勢いよく吹き飛ばされ、地に転がる。
「アイツ……いつの間に現れやがった!」
「気づかなかった……カムフラージュ……!?」
ガンザン、そしてリーレットの前に現れた存在。その身体は重く大きく、平たく戦車の様に頑丈な装甲。その巨体に似つかわぬ静かな羽音、その腕には突撃槍として十分機能するに値する鋭い突起を備える──
「アレは、“モスマンディーノ”だ!」
ヴェスパの中には、その身を環境に馴染ませ奇襲──暗殺に特化した個体が存在する
その場に擬態し潜む、ステルスタイプのヴェスパ──それはカリストーに衝突し、”挽いた“。
「っ……! 死角から……卑怯な!」
痛むその身を起こし立ちあがろうとするカリストー。更にガンザンから良からぬ知らせが告げられる。
「やべえぞ……! 新しく出てきたのは一体じゃねえ!!」
「また……! 囲まれていやがるっ!」
四方八方から逃げ場を潰すかのように迫り来る蟲──
“モスマンディーノ”はその重く平たいフォルムをカリストーへと向け、狙いを定める。
「カ……カリストー!」
(来る……! 迎え討たねば……ヴェスパに共通するのは──)
その巨体は翅を振るわせると、加速し一気にその重量とともにその長き槍で貫かんと襲いかかる。
(カウンターが有効……!リーチはあるが、あの槍を制し懐に潜ることが出来れば……!)
「ぐぅっ!!」
カリストーはレイピアを用いてその槍をいなそうとし、その槍の先端により貫かれることは避けることが出来た。
──が、その重量の乗った衝撃を再びその身に受けてしまう。態勢を低くしたまま、その身は大きく後方にノックバックする。
(”重い“……! 避けても体当たりを貰ってしまう!)
(避けたとしても、その背を覆っているあの頑丈な装甲……弱点はおそらく腹だろうが、相当に接近し潜り込まねば……)
カリストーが心に刻んだ紋章から意思の力をその身に宿す一連の魔法によるスキル──
それを行うことを可能にしているのは“完璧なる意思”である。
はじめ、その意思は問題なく保たれており力を維持することが出来ていた。
──が、不意を突かれ、自身の武器の相性と噛み合わないリーチを有する予想外の敵の出現。その身に宿っていた本来強力無比な竜の力は既に大きく剥がれていた。
「ぐあァッ!」
「カリストー! こ、これ以上は……!」
“完璧”を力の根源とするが故に、カリストーは一度崩れると、その出力の立て直しは容易ではない。
再びカリストーは貫かれることをギリギリで回避するも、その身に重い衝撃を食らってしまう。
「くそっ次から次へと、ハエの奴ら一斉に来やがる……!」
「い、いや……こんなの!」
「あ、ああああっっ!!!」
ガンザン、リーレットが狼狽し、その中で一際大きな悲鳴を上げたのはレイスンだった。
包囲するヴェスパはアルコールを十分に浴びた悲鳴の主に狙いを定め、一気に襲いかかる──
(まだだ……! お姉様がご無事である限り、僕達は諦めない!決して──!この場にはどうやら”希望“が残っている!躊躇せず使わせてもらうっ!)
「お姉様! こちらへ! アレはまだ生きています!」
「う、うん──!」
ほんの僅かな猶予。カリストーはフィオリナへ手を伸ばすと、まだ生き残っている機構へと駆けて行く。
(“鉄の馬”……! 一か八か、これで走り抜ける──!)
馬車のキャビンから切り離されたユースタシア製の機械馬。カリストーはフィオリナをその背に導くと、続けて続けて跨り手綱を握る。
二人を乗せた白き鋼鉄の馬はその力強き脚で大地を蹴り、颯爽と駆け出した──
「グあ゛あ゛あああああーーーー!!!」
「レイスン!この、化け物が!!!」
「いやああああ!! こっちに来ないで!!」
駆け出す鉄馬の背後、そこには見るも無惨に八つ裂きとなるレイスン。そして、次なる標的とされるガンザン達。
走り逃げ去るその姿。
平たい重量級のヴェスパ“モスマンディーノ”がその様子を捉え、六本の太い脚を蹴りつけ翅を静かに振るう。それはすぐ様速度を上げ、鉄馬の後に続いた。
その大きな虫は段々と加速し、その大きな身体に似つかわしくない速度で飛来し、恐ろしく静かな羽音で追跡する。
その距離は、徐々に、確実に詰められていた──
(あの巨体で!?この速度でも追いつかれる! ここで終わるわけには……!)
AI非使用




