第4話 ―死に損ない狂騒曲― ⑱
「違う! 私はあの悍ましいリオネル=ロスなどではありません! エリックです。北大陸で貿易商を営んでいて、妻はオリビア、ああ、オリビアが――」
記憶を取り戻した男は、堰を切ったように語り始めた。
死霊術士リオネルによって、妻であるオリビアが人質に取られたこと。
リオネルの魔道によってエリックの体は乗っ取られ、逆にエリックの意識はリオネルの体に宿っていること。
オリビアを救うため、リオネルの影武者として魔道警察隊に特攻をかけたこと。
彼らの反撃を受けたところで思考がぼやけ、さまよううちにナツメ事務所にたどり着いたこと。
――それは、まるで悪夢のような物語であった。
「他人と体を入れ替えるなんて、そんなことが可能なのですか?」
アイラスが疑問に感じるのも無理はない。この世界の常識に照らしても、あまりに突飛で、非現実的なことであったのだから。
「死霊術において、肉体から魂を分離する魔道は【移魂転魄】として確立されています。ただ、そうして分離した魂を誰か他人の肉体と紐づけるとは……勇敢と言うか無謀と言うか、悩むところですな」
死霊術に造詣の深いアルバロの声には、四分の驚きと六分の呆れが混じっていた。
「いちかばちかの賭けだったようです。リオネルのやつ、『ぶっつけ本番』なんてとんでもないことを言っていましたから」
自分の言葉に怯えるように、エリックが身を震わせた。無理もない。生き延びていること自体、奇跡のような確率だということを理解したのだから。
「うーん、でもさぁ」
一同の思いが渦巻く中で、ナツメが不意に声をあげた。
「あんたが本当に貿易商のエリックさんかどうか、あたしたちには確かめる手段がないんだよねえ。もしかしたら、正気を取り戻したリオネルがエリックさんのフリをしているだけかもしれないじゃない」
探偵がそんな穿ちすぎた見方を口にするものだから、全員の視線が一斉に老人の顔に注がれる。
「そんな……信じてくださいよ!」と狼狽えるエリック。
しかし、すぐにアルバロ記者が「この人はリオネル師ではないと思いますがね」と助け舟を出した。
「あ、適当に言っているわけではありませんよ。【移魂転魄】の魔道を行使する際には、魂を納める器に気をつかう必要があるんです。例えばそれは、『魂の拒絶反応』を抑えるために愛用の品であることが求められますし、傷ついて魂が損なわれることがないよう、物理的にも魔道的にも強固な素材にしないと意味がありません」
そこでアルバロは、エリックの魂が入ったロザリオを示して、
「第一に、リオネル師がロザリオを器に選ぶはずがありません。あの方は、神聖教会の教義から最も遠いところに居るような御仁だ。それに、見たところそのロザリオは市販のありふれた品でしょう? 何かにぶつかって壊れでもしたら、同時に魂も消し飛んでしまう。永遠を求める死霊術士が器に選ぶものとしては不適切です」
「……なるほど、それでこのロザリオが私の魂の器となったのですね。これは、妻と初めてデートした時に買ったお揃いの品なのですよ」
そんな惚気を、あろうことか極悪非道の死霊術士の顔で照れくさそうに言うものだから、場の空気は一瞬にして凍りついた。幸い、彼がリオネルではなくエリックであることは証明されたようだが……
ともあれ、アルバロの解説は筋が通っていたので、疑り深いナツメもひとまず納得したようだ。
「……あ、うん。なんとなくわかった。じゃあ話は単純。あとはリオネルが寄生しているエリックさんの体を確保すればいいわけだ。ヤロウは確か、何食わぬ顔して病院に入院しているんだっけ?」
武闘派探偵がボキボキと凶悪に指を鳴らす。
「そうだね。また逃げられないうちに何とかしなくちゃだね」
ユースケが緊張した面持ちで立ち上がった。
「僕、これからひとっ走りして、魔道士組合に事情を報告してくるよ」
「でしたら、私もお供しましょう。死霊術の詳細なんぞは、ユースケさんのような高潔な魔道士が口に出すべきではありませんから」
声の主は、アルバロ記者であった。向けられた純粋な尊敬の眼差しが、なんちゃって魔道士のユースケには心苦しくてしかたない。
「あ、いや、別に高潔というわけでは……その、一人で大丈夫ですから」
「ここまで付き合ったんだ。終点間際で『はい、さよなら』なんて水臭いことは言わんでください。それにしても――」
アルバロが、ふと思案顔を覗かせる。
「こんな荒唐無稽な話、組合に信じてもらえるか……怪しいところですな」
「ああ、そこは大丈夫です。コネをがっつり活用しますから」
「なんと! さすがはユースケさん! 」
ユースケが(しまった!)と思ったときにはもう遅い。
「魔道士組合のトップと親密だという噂は、本当だったのですね。そこらへんのいきさつも、今度詳しく教えていただきたいですな。あ、取材とかではなく、単純な好奇心ですのでご安心を――」
記者からの信奉は、ますます深まるばかり。ユースケの胃にストレスで穴が空きかけたその時、事務所の呼び鈴が騒々しく鳴り響いた。
§ § §
来客は、アルバロの新聞社で受付をしていた小僧さんだった。
『デイリー市民』の編集長からの急ぎの手紙だという。アルバロは、肩で息をする少年から封筒を受け取り、目を走らせた。
「おいおい、なんてこった――」
顔を上げた新聞記者は、興奮を隠せぬ面持ちで一同に告げた。
「エリック氏とその奥方が病院から失踪したってことで、向こうではちょっとした騒ぎになっているそうですぜ!」




