第4話 ―死に損ない狂騒曲― ⑰
【貿易商エリックの回想⑤】
「やあ、おはよう。気分はどうだ」
瞼を開けると、目の前にはどこかで見たような若者がいた。
「意識ははっきりしているか? 体は動くか?」
彼の言葉にせかされるように、ゆっくりと上体を起こした。動くことはできるが、全身の感覚が麻痺しているようで、どうにも奇妙な感じだった。
その旨を若者に伝えると、彼は興奮を隠せない様子で言った。
「ははは、大成功だ。ぶっつけ本番というやつだったが、上出来じゃないか」
記憶が段々と戻ってきた。私は、ルマルノ村のアジトで気を失って、それから――
(リオネルは? 奴はどこに行った!?)
周囲を見回すと、隣のベッドにはオリビアが横たわっている。
見覚えのある光景だった。ここは、アジトの地下にあるリオネルの工房で間違いないようだ。
そのとき、私は奇妙なことに気が付いた。自分の手が、どうにも自分の手ではないように感じるのだ。私の手には、もっと肉がついていて、血色も良かったはず。自分の顔よりずっと見慣れているものだから、間違いようがない。
私は、目の前の若者に違和感を訴えた。すると――
「なんだ、まだ理解できていなかったのか。体を入れ替えたんだよ。私と貴公の体をな」
彼の声には、あからさまな侮蔑が含まれていた。
「なぜ……?」
「貴公には、私の影武者になってもらう。【北大陸の魔人】リオネル=ロスは、
本日、魔道士組合の犬どもと戦って壮絶な討ち死にを遂げるのだ。それで万事が
上手くいく。めでたしめでたしというヤツだ」
「誰がそんなことをするものか――」
「忘れたのか? 貴公の奥方を無事に目覚めさせられるのは私しかいないのだぞ」
「あなたが約束を守るという保証など、どこにもない!」
「では、見捨てるのだな?」
リオネルは、芝居がかった嘆息を漏らす。
「何の罪もない奥方を……ああ、なんと哀れなオリビア!」
私の声、私の表情のひとつひとつが、私の理性をちりちりと炙る。
気が付いたときには、リオネルに掴みかかっていた。
しかし、どこをどうされたものか、地面に倒れ伏していたのは私の方だった。
「冷静になれ、エリック殿」
死霊術士は、無分別な子供を諭すように言う。
「もし貴公が拒むつもりなら、番の鳥を揃ってこの場で始末せねばならない。だが、私の提案を聞き入れるなら、少なくともオリビア殿の命は助けられるのだぞ」
こんな外道の言葉を、どうして信じられるだろう。
しかし、従わなければオリビアは……
私は、物言わず横たわる彼女を見つめた。
その首元には、ロザリオが掛けられている。
無意識のうちに自分の胸元へと手を伸ばせば、そこにもまた同じロザリオ――
あの時、二人で選んだ揃いの品。それは、愛の証でもあった。
(ああ、天におわします偉大なる神よ! どうか、どうか妻だけは……)




