第4話 ―死に損ない狂騒曲― ⑲
朝にゴンベ氏と名付けられ、
昼にリオネル=ロスの汚名で呼ばれ、
夕に貿易商エリックの名を取り戻した男を背負い――
我らがナツメ所長は、港へと続く石畳を走り続けていた。
幸い、痩せた老人の体は軽かったが、それでもかなりの負担ではある。
「なんだか最近、いっつも爺さんを抱えて苦労している気がするよ」
ナツメがぼやく。
「ご、御面倒をおかけします。どうにも上手くこの体を動かせなくて……」
エリックが恐縮する。
「あー、ごめんごめん。別にあんたを責めてるわけじゃないんだ。ついこないだも、似たようなことがあってさぁ……」
いったいどうして、こんな “泥縄” な状況に陥っているのか?
話は、およそ十五分ほど前に遡る――
§ § §
【エリックとオリビア、病院から失踪】
その報せが、事態を急転させた。
現在、貿易商エリックの肉体は、死霊術士リオネル=ロスに乗っ取られている。
一方でエリックの意識は、あろうことかリオネルの肉体と一体化している。
だが、その事実を知るのは、当のリオネル本人を除けば、今この場にいる面々だけなのだ。
「マズいよ……。魔道士組合は入院患者の中身が死霊術士だなんて夢にも思っていないはず。追跡も本気じゃないだろうから、最悪、犠牲者が増える可能性だってある」
焦燥を隠せないユースケに対し、修羅場慣れしているナツメは幾らか冷静だった。
「それにしても、どこへ向かうつもりなんだろう。オリビアさんまで連れているんだ。そう遠くへは逃げられないはずだけど」
「……おそらく、北大陸へ戻ろうとしているのでしょう」
控え目ではあるが、どこか確信に満ちた声。
エリックだった。
「リオネルは、研究成果の大半を北大陸に残してきました。私を連れ回していた間も、しきりにそのことを悔やんでいまして……ああ!……厄介なことに、リオネルは私の旅券を持っている。さらにオリビアを連れて夫婦を装えば、神聖帝国(※北大陸を支配している国)への入国審査も簡単に通り抜けることができる」
「ということは、新東京港に向かっている可能性が高いわけだ――」
真っ先に反応したのは、土地勘のあるアルバロ。
「北大陸行きの定期船……次の便はいつだったか……毎日は出ていなかったはずだが……」
記者が自問自答していると、傍らからひょいと声が飛ぶ。
「ええと、次の便は……えらいこった! あと一時間もしないうちに出港ッスよ!」
見れば、手紙を届けに来た小僧が、いつの間にか船着き場のパンフレットを広げているではないか。
アルバロは怪訝そうな顔をして――
「なんだお前、まだいたのか。……で、今の話は信用していいのか?」
「ちょっと前にシバータさんから頼まれて、ウェスタンブル行きのチケットを予約したんスよ。その時の案内書きを、鞄に入れっぱなしだったことに気が付きまして!」
小僧はそう言うと、満面の笑みを浮かべて手を差し出した。
「つーわけで、会社から手紙を届けた分と、今の特大のファインプレー。合わせてお駄賃を弾んでいただけると嬉しいなーって、へへへ」
「なるほど、それ目当てで残っていやがったのか。いや、しかしお手柄だぜ」
記者は苦笑しながら、財布からピカピカの金貨を取り出し、少年に手渡した。
同時に、ナツメたちからは見えないような角度で、一枚のメモを握らせる。
【新東京港にて大事件発生 応援を寄こせ ←編集長に伝えてくれ 大至急!】
小僧は一つ敬礼をすると、脇目もふらずに駆け出して行った。
そんな記者たちのやり取りはいざ知らず――
「なるほど、船が出るのに合わせて病院を抜け出したってわけか」
一刻の猶予も無いことを悟ったナツメの表情は、厳しい。
「どうしよう……魔道士組合に事情を説明していたら、間に合わないよ」
右往左往するユースケに、ナツメはきびきびと指示を出す。
「手分けしよう。あたしは港に向かってリオネルを引っ捕まえるから、ユウちゃんとアルバロさんは、最初の予定通り魔道士組合に行って援軍を要請して。アイちゃんは事務所で待機、連絡役をお願いね」
そこまで言って、ナツメは目を見開いた。
「……あ、そういやあたし、肝心のターゲットの顔を知らないぞ!? アルバロさんはエリックさんの顔ってわかる?」
「いや、わかりません。あの事件の被害者は全員、面会謝絶だったものですから」
「おいおい、それじゃあこの中でエリックさんの顔を知っているのって……」
――こうしてナツメは、この場で唯一エリックの顔を知るエリック本人を背負い、港までおよそ5kmの道のりを駆け抜けることになったのである。




