第4話 ―死に損ない狂騒曲― ⑮
【貿易商エリックの回想 その4】
我々が新大陸に到着して、三日目のことだった。
硫黄や水銀――何に使うのか見当もつかない品々を買い集め、私はルマルノ村の工房へと帰還した。するとリオネルが、不機嫌を隠そうともせずに、部屋の中を行ったり来たりしているではないか。
彼の顔色を窺いながら、「どうかしたのか」と尋ねると、警戒のため村に放っていた使い魔が次々と行方不明になっているのだという。
心の中で快哉を叫んだ。
どうやら私は、一世一代の大勝負をものにしたらしい。
あの日、貨物船の船長に渡した心付けの袋には、分厚い札束を忍ばせておいた。その札束の帯封に、リオネルがルマルノ村に潜んでいる旨を書きつけておいたのだ。あれだけ重い袋を受け取れば、船長は驚き、すぐに中を確かめるに違いない。そして、帯封に記された情報が目に入れば、善良な彼は必ずや魔道士組合に届け出てくれる――そう踏んだのだ。
もっとも、その細工には骨が折れた。リオネルの使い魔が、私の一挙手一投足を監視していたからである。
あれは、リオネルを新大陸へ密航させるため動き回っていた時のことだ。銀行で札束を下ろした私は、それを無造作に上着のポケットにねじり込んだ。そして、オリビアを新大陸に送るための棺桶を選ぶ際、あえて執着するフリをして、棺桶の中に入ってみせた――そうして使い魔の視線から逃れた一瞬の間に、帯封にメモを書き込んだのだ。
新大陸に到着してからも、努力は惜しまなかった。
いかに見知らぬ土地とはいえ、私は貿易商である。馬車の調達ごときに手こずるはずがないだろう。リオネルに無能扱いされたのには腹が立ったが、すべては妻のため。あえて愚鈍に振る舞うことで、魔道士組合が出動する時間を稼いだのだ。
「――まったく、貴公にはしてやられたよ」
憎々しげに吐き捨てるリオネル。
私は自らに(騙されるな!)と言い聞かせた。私の仕業だとわかるはずがない。あくまでハッタリに過ぎないはず。だから、わざと弱々しい声で言った。
「勘弁してくださいよ。私が何かできるはずないじゃないですか。ずっとあなたの使い魔が監視していたのでしょう」
「……その通りだ。だからこそ解せん。どんな手を使ったのか見当もつかぬ。それがまた癪に障る」
リオネルは窓から外の様子を窺うと、自虐的に肩をすくめてみせた。
「じわじわと包囲が狭まってきている。これではとても逃げ切れまい」
私は、勝利の喜びを彼に悟られないよう、黙って下を向いていた。
すると突然、リオネルが芝居じみた独白を垂れ流し始めた。
「このリオネル=ロスが、かつてここまで追い詰められたことがあっただろうか? とびきりの窮状、圧倒的な逆境。運命はまさに、私を滅ぼそうとしている」
(さすがの極悪人も、恐怖のあまりおかしくなってしまったのだろうか?)
「だが、私は諦めない。断じて諦めるものか。人間を破滅させるのは、いつだって『諦念』という名の怪物なのだから」
――刹那、異変が私の身体を襲った。
「薄っぺらい商売人ごときが、私を出し抜いたつもりでいたようだが、最後の最後まで気を抜くべきではなかったな」
まともに立っていることができなくなり、床に倒れこんでしまう。
痛みもほとんど感じず、意識はあっという間に遠くなっていく。
「幸い、私の手元には、とっておきの鬼札が残っている。ツイていない貴公には、とことん付き合ってもらうぞ」
遠くから、リオネルのそんな声が聞こえた気がした。




