第4話 ―死に損ない狂騒曲― ⑭
【魔道探偵ナツメ事務所 2階 応接室】
「やはり間違いありませんぜ。噂に違わぬ風貌、何より左頬の傷跡――」
結局、ナツメ事務所まで引っ張り出されたアルバロ記者。彼は、匿われていたゴンベ氏の顔を一目見るなり、興奮を抑えきれずにまくし立てた。
「これは暴走したナマケモノゾンビにじゃれつかれた痕で、リオネル師のトレードマークとも言えるものです。慢心を戒めるため、あえて残しているのだとか」
「リオ……ネル……? それが、私の名前なのですか?」
名無しのゴンベ氏――
今や【北大陸の魔人】リオネル=ロスであることが “ほぼ確定” した老人は、焦点の定まらぬ瞳のままで呟いた。
「そうです。貴方の名前はリオネル=ロス、高名な魔道士だった。私は、貴方の論文を隅から隅まで読みましたよ。まさか、こんな所でお会いできるとは!」
今にも抱きつかんばかりの勢いで身を乗り出すアルバロ。その襟をナツメがぐいと引き戻した。
「今のあんたは、あくまで新聞記者なんだからね。いいかげんケジメをつけなよ」
「……っと、これは面目ない。憧れの人が目の前に突然現れたもので、つい」
元・死霊術士の熱量とは対照的に、リオネルの反応は乏しかった。緩慢に頷いたきりで、続く声もない。
(このままじゃ、らちが明かねえ……)
そう判断したナツメは、慎重に言葉を選びながらも、リオネルの過去の所業や、ルマルノ村での事件について詳しく語り聞かせた。
すると、どうしたことか――
「私は、なんと恐ろしいことを……ああ、涙すら流せぬこの身がもどかしい……
神よ、偉大なる上帝陛下よ、どうか我に罰を与えたまえ……」
【北大陸の魔人】は深く項垂れたまま、祈りを捧げ始めたではないか。
その姿があまりに真摯だったので、居合わせた誰もが言葉を失ってしまった。
§ § §
しばらくして、祈りを捧げ終えたリオネルが、静かに顔を上げた。
「皆様、これまでありがとうございました。私は、然るべき場所へ赴き、自ら罪を償おうと思います。このままでは、とても耐えられそうもない……」
老人はひとり勝手に宣言すると、おぼつかない足取りで部屋を出ようとする。
――それを押しとどめたのはユースケだった。
「も、もう少しだけ待ってください! ここであなたを行かせてしまったら、何だか……すごく後悔するような気がするんです!」
己が罪に怯える老人を、半ば強引にソファーに押し込むと、
「ナツメさんたちが出ている間、リオネルさんといろいろ話していたんだけど、どうにも悪い人には思えないんだ。さっき聞いた【北大陸の魔人】のエピソードが事実だとすると、『二重人格か?』ってくらい違和感があるんだよ」
アルバロが大きく頷いて「私もユースケさんと同意見だ」と声を合わせる。
「一月分の給料を賭けたっていい。あのリオネル師の辞書に『罪を償う』なんて殊勝な言葉が載っているはずはありませんぜ。……となると、師にいったい何が起きたのか? ジャーナリストとしても、元同業者としても、非常に興味がありますな」
途端ナツメが、チェシャ猫のような笑顔を浮かべた。
「で、有識者のアルバロ先生。この人がどうして記憶喪失なのか、見当ついた?」
「うーん、ここに来る途中、ずっと考えていたんですが……あと、その有識者って呼び方、いいかげん勘弁してくれませんかね」
アルバロは照れくさそうに頭を掻いて、自らの推論を披露する。
「リオネル師は、ルマルノ村で魔道士組合の追手――いわゆる『魔道警察』を一度は撃退しています。新大陸の魔道警察は精鋭揃いですからね。彼らの攻撃を今の状態の師がしのぎ切れるとは到底思えない。つまり、記憶を失ったのは『それより後』ってことになります」
「となると……魔道的ダメージが原因で思考能力を失った、という線が自然なんじゃないかなあ」
魔道オタクの血が騒ぐ。ユースケは瞳を閉じ、頭をコンコンと指で叩きながら、
「魔道警察が得意とする【魔縄束縛】【封印】【暗愚化】【沈黙】……そういった魔道が残留して、悪さをしているのかもしれない」
アルバロは「ふむ」と一声応じると、リオネルの元に歩み寄った。
「【魔縄束縛】はあくまで動きを封じるものですし、像がはっきりとしている。今のリオネル師の体にそいつが見えない以上、除外してよいでしょう。【沈黙】は空間に作用する魔道だから、その場から離れてしまえば効果を発揮することはありません。よって、これも除外できる。さて、【暗愚化】ならば今回の症状にドンピシャなんだが……」
短い詠唱。
次の瞬間、アルバロの掌が青白い光に包まれた。
【感知】の魔道である。
「師よ、少しだけ失礼いたします」
断りをいれてから、アルバロは老人の頭部にそっと手をかざした。悪性の魔道が残留していれば、光は赤い警戒色に変わるはずであるが――
「……変化なし。どうやら【暗愚化】でもないらしい」
アルバロは大きく息をつくと、ユースケを振り返った。
「残るは【封印】でしたか。あれは魔道具を対象にするのが基本ですから、今回の件には関係ない……。いや、待てよ……確か、どこかで……」
突如、何やら考え込んでしまったアルバロ。
「おーい、どうした?」とナツメが尋ねても、
「少しだけ、少しだけ時間をください」とだけ。
すっかり自分の世界に没入してしまった。




