第4話 ―死に損ない狂騒曲― ⑧
【魔道探偵ナツメ事務所 2階 応接室】
「かのシャーロック・ホームズだったら、服にはねた泥から、依頼人がどこから来たのかを言い当てたりするんだけどなあ」
ユースケがそんなことを言い出したものだから、ナツメは名探偵の威信を賭け、ゴンべの汚れた燕尾服をまじまじと観察した。
「これは……泥!」
「さすがはナツメさん。で、他には?」
「それがわかりゃ、苦労しないよ」
ナツメがぼやいた、その時――
「あ……もしかして!?」と声を上げたのはアイラスだった。
本棚からスクラップブックを引き抜き、小気味よい勢いで頁を捲っていく。
「新聞を整理していたときに……とてもおかしな内容だったからよく憶えています……たしか……ああ、これです!」
そして、この世界の文字を未だ読めないナツメのため、概要を口で読み上げた。
「数日前、この新東京からそれほど遠くない村で、多くの住民が昏睡状態に陥る事件が発生。原因は不明ですが、専門家は、『高位の死に損ないが使う【魔力吸収】の魔道による可能性が高い』と指摘しているそうで――これって、さきほどのナツメ所長のお話と一致しませんか?」
「確かに……そのまんまじゃないか」
「あとは、『魔道士組合が現地に魔道士の一団を派遣した』なんてことも書かれていますよ」
「おいおい、いきなりビンゴなんじゃないの、コレ!? でかしたアイちゃん!!」
棚ボタで情報が出てきたことに、ナツメは喜びを隠そうともしない。
だが、すぐにユースケが水を差した。
「ちょっと待って、ナツメさん。これ『デイリー市民』の記事だよ?」
「んん? その『デイリー市民』だと何か問題あるわけ?」
首をかしげるナツメに、ユースケは何とも言えない微妙な表情で――
「僕たちの世界……いや、僕たちの故郷で例えるなら、『東●ポ』の立ち位置にある新聞だと思ってもらえればいい」
「ああー、競馬の予想以外、ほとんど信用できないってことね」
ナツメの顔がたちまちのうちに曇る。しかし、それも一瞬のことだった。
「だったらさ、この記事を書いた記者に逆取材してみようか」
§ § §
【デイリー市民編集部 1階 受付】
(うおっ、なんだありゃ……ヤベぇのが来た!)
受付の小僧は、思わず体を硬直させた。
来訪者が尋常ではなかったからだ。
容貌が異常だったわけではない。腰まで伸ばした艶やかな黒髪、目つきは若干鋭いが、整った顔立ちで、十分に美人の部類に入るだろう。
服装が特に奇抜だったわけでもない。着込まれた皮のジャンパーにキャンバス地のロングパンツというラフな格好だが、その長身も相まって魅力的ですらある。
――問題は、その両肩に留まる「鳥」であった。
まるで生きているかのように見えるが、よくよく観れば、それは精巧な作り物であることに気付く。おそらくは魔道具、それも飛び切りの高級品に違いない。
(あんなモンを同伴させてるってことは、相当ヤベぇ魔道士に違いないぜぇーッ!)
小僧がそう結論付けたのは、むしろ自然な反応であったと言えよう。
さて、その「相当ヤベぇ魔道士」は、助手らしき少女を従え、カウンターの前にズカズカと歩み寄った。そして、よく通る声で――
「こちらで記事を書いている『早耳親父』って記者さんに会いたいんだけど」
力ある魔道士に対して失礼な対応をすれば命取りだ。無礼を働いた者が「カエルや小人に変えられた」などという噂は、今日でもまことしやかに流れている。
ゆえに小僧は、彼の中で最上級に礼儀正しい言葉で尋ねた。
「失礼でごじゃりますが、あ、アポーイントゥメントゥは侍りますでしょうか?」
「ああ、約束のこと? 取ってないよ、そんなの。ルマルノ村で起きた事件の記事について確認したいことがある――そう伝えてもらえるかな」
(まさか、ウチの記事にクレームつけに来たのか!? ヤベぇよ……)
小僧は戦慄した。『デイリー市民』は世に名高いゴシップ紙である。他のお堅い新聞ならいざ知らず、こんな媒体の記事に真面目に抗議するなんてことは、「私はバカです」と自分から触れ回るようなものである。
とはいえ……
稀に、本当に稀にではあるが、裏付けも取らず適当に書き飛ばした妄想記事が、偶然にも「お偉いさんの急所」をぶち抜いてしまうことがある。
だいたい、そういう記事を書いた者はロクな目に遭わないものだ。
先日だって、ついうっかり某宗教団体幹部の不倫を暴いてしまったシバータ記者などは、「世界最凶地区! ウェスタンブル暗黒街24時!!」という地獄めいた企画を押し付けられ、はるか海の彼方へと消えていった。
(あの人、生前葬まで済ませていったんだよな……奥さん、泣いてたっけ……)
そこまで思い出した小僧は「しょ、少々お待ちを!」とだけ叫ぶと、飛ぶような勢いで奥へと走り去っていった。




