6:この世界で初めての放課後
――キーンコーンカーンコーン
最後の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。前の席の女子がシャーペンをノートの上に放り出すのが見えた。
「終わったー!」
気の早い男子が、大きな声を出してしまい、教師に注意される。
今日は帰りのホームルームも無いそうなので、これで放課。教師も出て行き、掃除当番がバタバタと走り出す。
「もうみんな写してるー?」
早く黒板をキレイにしたいみたいで、急かしてくる。俺は既にノートに写し終わってるので、黙って席を立った。茉穂の方を見ると、クラスメイトの女子と話している。恐らくだけど、帰りは毎日一緒とかではないんだろうな、この感じだと。
邪魔しても悪いので、軽く手を挙げて挨拶を交わし、教室を出た。
「……放課後、か」
懐かしい響きだ。夕飯までの数時間のみ許された、学生たちのゴールデンアワー。
思い出してきた。この開放感と高揚感。限られた時間の中だからこそ輝くんだよな。たまにバカな男友達たちと無為に過ごした日もあったけど、それすら可笑しかった記憶が蘇ってくる。
とはいえ、この世界での俺の交友関係は決して広くない。きっと新たな出会いが沢山待っているんだろう。ギャルゲーなんだし、大体は女の子だろうけどな。ああでも、大友や他の男子とも仲良くなって、前世と同じくアホみたいなことしたい気持ちもある。
「取り敢えず……今日はどこに行こうか」
口に出すと、実感が更に増した。学生の放課後、アレをまた毎日味わえるんだ。もちろん社会人の休暇みたいに旅行に行けるとかじゃないけど。町内という限られた場所の中でも、楽しいことは追いきれないほど沢山あるハズだ。
そんなことを考えていた矢先、視界の端に何かが浮かび上がった。
「え!?」
地図、か? 校舎の絵が北側にあって、その南に商店街の絵。東側には『自宅』と書かれた家屋の絵もある。
うわ、これ。
「マップ選択画面だ」
あったなあ、このシステム。最初に見た時は「主人公、超能力者かよ」とツッコんだ記憶もあるが……まさか俺自身がその超能力者になってしまうとは。
ただ慣れると、凄く効率的なシステムなんだよな。どこに行けば誰に会えるか、一目瞭然なため、親切でもある。もっと昔のギャルゲーはトライ&エラーが当たり前で、会えるかどうかも運次第だったのを改良して……いや、今はウンチクは良いや。
「……」
改めてマップを見る。校舎の端の体育館に『!』マーク。これがイベントってことかな。正門前にはデフォルメされたピンク髪の少女の絵。茉穂だな。自宅には栗色の髪のデフォルメ少女、こっちは咲和か。それぞれの場所へ行けば、それぞれの子に会えるって寸法だよな。
「うーん、どうしようかな」
茉穂と会って、過去の情報を少しでも聞いておくのもアリかも。半分、記憶喪失みたいなモンだからな。咲和は、まあ家に帰ってからも沢山話せるだろうし、敢えて今は選ばなくて良いかなと。
きっと『!』マークを選ぶと、新たな出会いがあるんじゃないかと思うけど……今は、そうだな。
「商店街に行ってみるか」
特に誰の絵も、『!』マークも出てないけど。この時代の商店街とか、行ってみたすぎるんだよな。
と、選択を終えたところで、マップは静かに消えた。
「…………」
消えたは良いけど、景色もそのままだった。
あ、移動は自力なんだな。パッと瞬間移動してくれるのかと思ったけど。
まあ良いや。とにかく行ってみよう。下駄箱まで下り、靴を履き替えて校舎を出る。正門を抜けるところで、周囲を窺ってみたけど、茉穂の姿は無かった。やっぱり選択しないと、当該エリアに行っても会えない仕組みなのかな。原理は全く分からないけど、もう今更だよな。ギャルゲー世界に転生してる身なんだし、「不思議だね」の一言で受け入れよう。
「ひたすら南だったな」
坂を下りて、進んでいく。しばらくすると、アーケードが見えてきた。少し退色した看板が掛かっていて『茜町商店街』と読める。
ドーム型の屋根がずっと続いていて、その下に商店が建ち並んでいた。
「おお」
今や絶滅危惧種となった、昭和から続く商店街の趣だ。足を踏み入れる。床はタイル張り。野菜が放つ独特の青臭さ。魚屋の親父が「今日はアジが良いよ~」と主婦たちを呼び込む声。
カラカラという微かな音に、左手を見れば、入ってすぐの肉屋がコロッケを揚げていた。
ちょっと誘惑されてしまうけど、今はまず商店街を端から端まで行ってみたい。
俺はゆっくりと歩き出す。和菓子屋に中古CDショップ、肉屋は2軒目も発見した。やっぱり入口の店とはバチバチなのかな。
理髪店から、中年女性が出てきた。バッチリ仕上げてもらってるみたいだけど……パーマというか、ウェーブの掛け方が令和とは全然違うな。
目が合ったので逸らす。と、そちらには小さな洋菓子店があった。近づいて、ガラス扉越しに見やると……ショートケーキ1個400円だった。学食でも思ったけど、物価がヤバいな。俺の所持金2200円でも、結構豪遊できちゃいそうだ。
「……」
ベンチがあったので、座らせてもらう。すぐ脇の自販機でコーヒーを買った。
――ぷしゅ
缶タブは変わらないな。傾けて一口。微糖の甘さと、ほろ苦いコーヒーの味わい。
何をするでもなく、商店街の活気を見つめている。道行く人を見ては「ああ、あんな服流行ってたな」とか。買い物を終えた主婦が急ぎ足で帰って行くのを「まだこの時代は専業主婦も多かったのか」なんて余計な詮索をしてみたりとか。
「……早速、女の子と関係ない時間を過ごしてしまったなあ」
大友が見ていたら、大減点されてただろう。
でも、なんというか、悔いは無いんだよね。この時代の商店街なんて、もう二度と現実では歩けないんだから。
――♪♪
どこからか、ドヴォルザークの『家路』のメロディーが流れてくる。この商店街か、近くの施設か。あるいはゲーム本来の演出か。どれでも良いか。
俺はスッと立ち上がる。空き缶をゴミ箱に入れて、家路へと就いた。




